2…一日二秋?-Part/α3
そのままエルトに引きずられるように私はスーパーの中を移動していた。とにかくこの子、私よりも背が低い割に力が強い。本当に。だんだん引っつかまれている腕が痛くなってきた。
「こっちだー、こっちっ」
「ホントにぃ? って痛たたたたた! そろそろ離してってば」
「ホントだっつーのー。こっちだって絶対ぇ」
「……」
ああ、もうなんかどうしてわかるの、とかツッコミ入れても答えてくれそうにないな。今は別行動をとって買い物をしているであろう、兄さんとヒバリが羨ましい。のんびりできてそうだなぁ。
そんなこんなでずるずる~と引きずられるがままに、私は2階に辿り着いていた。食品売り場は1階に集中してるから、もう本来の目的もへったくれも無い。
「ねぇ、エルト……そ、そろそろ離してよ。お願いだから」
「んお?」
私が言うと、エルトはそういえば、といった表情で歩みを止めて振り向いた。
「ああー、悪ぃ悪ぃ」
ぱっ、と今まで私を掴んでいた手を離し、苦笑しながら頭をかきかき。
「いやー、つい夢中になっちまってさ」
「もう……。……ん、ところで昴は?」
ずっと掴まれっぱなしで痛くなっていたところをさすりながら何気なしに聞いてみると、エルトは「ん?」ときょとん、とした後にばっ、と後ろを振り返って、
「あそこだっ、あそこ」
「ん?」
エルトが指さした先にあったのは、雑貨店ばかりが並ぶ2階の中でも、一際古風なお店だった。
出入り口には紺色の暖簾がかかっており、店舗の壁は焦げ茶色の木製。そしてガラスケースに入っているのは、マネキンに着せられた黒い服。
「仏具店……?」
私が首をかしげると同時に、ああなるほど、と納得した。
「そろそろお盆だしなぁ」
「おぼん?」
エルトが隣で私と同じように首をかしげている。
「おぼんって何だよー」
「お盆っていうのは、ご先祖様の魂を供養すること」
「ご先祖様の魂だぁ?」
エルトは訝しげな表情でこちらを見る。
「ご先祖様って、死んだ人間のことだろー? どーやって供養すんだよーっ」
「どーやってって……お墓に水をかけて、お供えして、お線香たいて……?」
多分、こんな感じだろうか?
疑問形なのは、私には経験がないからだ。生まれてこのかた、お墓参りなんてした事ない。日本人としてはどうかと思うけど、した事ないんだから仕方ない。
「ていうか、死んだ人がどーとかいうけどさ。天使がいるんだから魂だってあるんじゃないの?」
「ん」
天使、というのは、死んだ人を導くものじゃないのだろうか。そんな偏見が入っている私は、ふと天使に尋ねてみる。
エルトは「んー」と腕を組んで首をかしげる。
「わっかんねーなー」
「そんなもんなのかなぁ」
「うっせーなーっ。ウチだって死んだ人間にあった事ある訳じゃねーもん」
何故かムキになられて怒られた。
「天使だからって何でも知ってると思うなよなーっ」とは本人(人?)談。そりゃ何でも知ってる訳じゃないだろうけど、人間の知らない事くらい知ってるんじゃないかなーと思った私。誰が責められよう。
まぁ、かくいう私も霊魂とか信じている訳じゃない。死んだらどうなるのかは死んでみないと分かんないからね。自殺願望とかじゃない事は誤解しないでね。
私は今の人生、結構満足してるし。死んだら悲しんでくれる人もいるつもりだ。
「ところで、昴は?」
私は話を元に戻そうと、エルトにそう声をかける。
エルトは「さぁー」とどうでもよさそうな声を上げ、
「まだ中にいるんじゃねぇのかー?」
「んー……そうかもね」
……。
…………。
……………………。
「ねぇ、エルト。飽きない?」
「飽きたー」
だよねー。
「だって昴の奴、いつまで経っても出てこねーじゃんかー」
「じゃあ、兄さんのところに戻ろうか?」
「だなー」
エルトはそう言っていひひっ、といつもの笑い。
「早くいこーぜー」
「はいはい、急がなくても兄さんは勝手に帰ったりしないから、多分」
……いや、あの人ならやりかねないかも。勝手に遊びに出てたりするかもしれない。その横でヒバリが「案ずるより産むが易しっす!」とか言ってる姿がありありと想像できる。こういう場合、兄さんは産む前に案ずる事をしないだろうけど。
そんな思考を辿っているうちに、とてつもなく不安になってきた。割と早く合流した方がいいかもしれない。
「ちょ、ちょっと急ごうか」
「おーいえあー!」
意味のわからない返事をしながらエルトは小走りに駆けだす。
「星ー、早く来いよー!」
「え、いや、そっちは道違うし……」
まったく逆方向に走り出した。しかもめちゃめちゃ速い。電圧の人もびっくりの速さかもしれない。
くだらないことを考えているうちに、あっという間にエルトを見失ってしまった。
「……はぁ」
彼女は果たして守護天使としての自覚があるのかな。要人警護の途中に「いえあー!」と言って走り去るボディーガードってどうだろう。私、そんなに偉くないけどね。
とにかく追いかけよう、と私が小走りに一歩踏み出すと、
「こんにちは」
真横からいきなり声をかけられた。
「わぁっ?」
思わず喉の奥から変な声が出た。
「わぁって何、わぁって。ひどいなぁ」
くすくす、と彼女は笑う。
「でも面白いからいいよ。許したげる」
「昴……?」
私の横で、昴が無邪気そうに笑っていた。ついさっき見たばかりの服装、表情。
1つ違うのは、手にぶら下げている紺色の紙袋だ。入り口で見かけたときには、持っていなかった物だ。
「それって……」
「うん、そこで買ってきたんだ。ついさっき」
昴は仏具店に一瞬視線を向けて、すぐに私に視線を戻す。綺麗な顔に綺麗な微笑みをたたえて、
「もうすぐお盆だから」
「そっか……」
やっぱりあそこにいたんだ。よく分かったなぁ、エルト。女の勘というやつだろうか。
ところで、と昴が私に尋ねる。
「星はなにしに?」
「私? えっと……家の食材が切らしてたから、買い出しにね」
「ふぅん?」
何か面白い事でも言ったのか、くすくす、と昴は笑う。
「それって明日からの準備?」
「明日って……あ」
そういえば、と思いだす。
今日は7月31日。明日から御琴先輩の家に泊まりがけで遊びに行くのだ。
「その準備もしないといけないってことかぁ……忙しいなぁ」
「ふふっ、でも楽しそうじゃない? あの原河御琴さんの家にお泊まりだなんて」
「そうかもね。面白い人だし……ところで、どうして昴はその事を?」
「会長から聞いたの」
ああ、と納得する。桐葉さんはこういう賑やかなイベントとか好きそうだしなぁ。
「昴も来るの?」
「ううん。ちょっとアルバイトが忙しくてさ」
「そっか」
苦笑する昴の表情はどこかさみしそうだった。ちょっと残念。
私はそんな昴の様子を見ながら、ふと本来の目的を思い出す。
「ご、ごめん。私、そろそろ行くね」
「うん、また。……あ、星」
「?」
彼女に背を向けるとほぼ同時に、昴は私に呼び掛ける。
「御琴さんのことは、氷室さんには言わない方がいいよ。楽しみが減っちゃう」
「……?」
どういうことだろう――
そう尋ねようとして振り返ると、昴の姿はもうなかった。
とーくー♪ とーくー♪ はーてーしなくつーづーくー♪
どこからともなく聞こえてきた歌。
昴の歌声だ。
まるで子供が歌っているような、それでいてきちんと伸びのある綺麗で無邪気な声だった。
「『スターゲイザー』……好きなのかな?」
前も歌ってたし、スピッツのファンなんだろうか。
私はどこかしっくりこないものを感じつつ、影を踏まれているような気持ちでエルトの後を追う。
○
「ふーん……変わった子だな、その昴っていう女の子」
その夜、4人で囲む食卓で兄さんが言った。
私は茶碗の白米を口に運び、しっかり飲み込んでから、
「でも、なんかこう……雰囲気があるっていうのかな」
「んー。まぁ、変な奴ってことだよなー」
エルトが隣から余計な事を言う。こら、ちゃんと飲みこんでから喋る。
「まぁ、変わってるっちゃ変わってるのかな」
「へぇ。星には面白い友達が多いんだな」
兄さんはにこにこと笑いながら言う。
「俺にも、ちょっと変わった知り合いはいるけどさ」
「むしろ氷室さん自体が変わり者って感じっすよねー。自分もさじを投げるっす」
「俺ってそんなに救いようない奴なのかよ」
苦笑いしながら兄さんが答える。
「で、明日だっけか? その先輩の家に行くってのは」
「うん。兄さんも一緒に来るといいよ」
「えー。楽しそうだけど……俺が行ったら迷惑じゃないか? 後輩の従兄って、結構複雑な位置だぞ」
「じゃあ来なきゃいいじゃん。留守番お願いね」
「ごめんなさい。連れてってください」
「……ヘタレっすね」
ヒバリがボソッと呟いたその言葉に、兄さんは「ぐっ」と苦々しく反応する。
それを見て、私とエルトは顔を見合わせて「あはは……」と苦笑しあった。
いよいよ明日、お泊まりだ。