2…一日二秋?-Part/α1
「あれ」
7月31日。従兄弟とその守護天使との生活にもすっかり慣れた朝。
私は朝食の片付けを終えて冷蔵庫を何気なく覗き込みながら、なんだか情けないような声を上げた。
「にいさーん」
「んー?」
私が呼ぶと、兄さんは食器を洗う手を止め、私と同じように冷蔵庫を覗き込む。
兄さんは世間話でもするような口調で、
「どうかしたか?」
と尋ねる。
私は冷蔵庫の扉を大きく開き、その中を指さして、
「食べ物が無くなってる」
「ありゃ。今朝ので切らしたってことか?」
うん、と私は頷く。
「そろそろ切らすかなぁ……とは思ってたんだけど」
「やっぱ人数が増えたからだよなぁ」
「だね。今までの癖で、ついつい2人分の量で計算しちゃってたよ」
私が苦笑すると、兄さんは「おいおい」と呆れるように、
「俺達って、そんなに存在感がないってことかよ」
「ありすぎて逆に気付かないんじゃないかな」
「おおぅ」
大げさにそんな風に言って、
「しばらく会わないうちに、言うようになったなぁ、星」
「うん、まぁ、私も周囲に感化されるくらいはするってことだよ」
「俺の従妹の周りにはそんな人達しかいないんかい」
節約節約、と兄さんは冷蔵庫の扉をぱたむ、と閉めながら、
「ま、星は退屈しないでやってるみたいだなぁ」
「まぁね。特に16歳になってからは」
私はキッチンから顔を出し、リビングでくつろぐ2人の女の子に目をやった。
1人は真っ赤な長髪で、ソファに座ってTVに視線を向けている。
もう1人は緑の短髪に赤い長いハチマキを巻いて、客人だというのに絨毯にごろーん、と寝転がって雑誌を眺めている。
「あー」
長髪の女の子・エルトが先にうだーっと上半身をそらしながら、
「暇だなー」
すると、短髪の女の子・ヒバリが「んー」と口を開かずに声を出し、
「そっすねー。身体がなまるってもんっす。天使だけに羽を伸ばしたい気分っす」
「伸ばし切ってるじゃねぇか」
隣で兄さんが小さくツッコミを入れる。こんなときでもツッコミを忘れないのが兄さんらしい。
それを聞いたのだろうか、ヒバリは「むー」と女の子らしく頬を膨らませ、
「氷室さんも従妹さんも、細かい事を気にしすぎっす。人生は目分量がちょうどいいっす」
「人間でもない癖に人生を語られても……」
「料理で目分量はベテランの特権だしな」
さすが、というべきか。従兄妹同士、ツッコミ属性は変わらないらしい。しかしヒバリはますます気に食わないらしく、「うみゃー!」と桐葉さんみたいな声を上げ、
「だったら暇つぶしをさせてほしいっす! 断固として要求するっす!」
「ヒバリ……お前は星の手伝いで来てるんだろうが。暇も何もあるかい」
「だって自分がいない方が絶対にはかどってるから、邪魔だと考えて自分は第一線から身を引いてるんす。苦肉の策って奴っすよ」
「むしろ俺はお前と料理した方が絶対ぇはかどるよ……星は星で上手だけど」
「う、やっぱり1人料理に慣れちゃってるからかなぁ」
「はは、まぁ仕方ないよ、それは。得意分野の差だからな」
兄さんはひとしきり笑った後、「もとい」と話を仕切り直す。
「そう言う訳で、ヒバリも何か手伝いをしなさい」
「うぇえ~……良いじゃないっすか。エルトさんだって何もやってないっす。人間万事にして、塞翁が馬っすよ」
「ヒバリは人間じゃないだろうが」
「天界ジョークっすよ」
ツッコミとボケの応酬。なんだろう、兄さんとヒバリは似ているような気がしてきた。
すると、ついさっき名指しで怠惰な生活を指摘されたエルトは「むー」とTVのニューズ番組から視線を外し、黒い瞳でこちらを睨むように見た。
「ウチはちゃんと手伝いしてるぜー。なぁ、星」
「うん、まぁ……洗濯物たたんだりとかね」
「うげ。そうなんすか?」
ヒバリは驚愕したようにエルトに視線を向ける。エルトはその視線がさも心地よいかのように「へっへーん」と胸を張っていた。
「ウチだって、星の手伝いくらいするんだぜー」
「うう……だって暇なんす。しょうがないんすよ」
ヒバリはいじいじとそんな事をぶつぶつ呟いている。
兄さんはヒバリのもとに歩み寄って、頭にぽん、と手を置き、
「心配すんなって。今日は4人で買い物にでも行くからさ」
「か、買い物っすか?」
ヒバリは困ったような表情を浮かべている。
私は確かに良いアイデアだと思った。買い出しにもいけるし、みんなの暇つぶしにもなるし。割といいタイミングかもしれない。
「星、いいよな?」
兄さんはどこか自信を持った声で私に問いかけてくる。私も迷わずに、
「そうだね。気分転換にもなるし、買い出しもできるし」
「決まりだな」
そう言って立ち上がる兄さん。こういうところはやっぱり子供っぽいなぁ、と思う。見た目は大人っぽいのに。
「星ー。どうかしたのかー?」
ソファの上から、エルトがのんびりと声を上げる。
「ん。今日はどこかに買い物に行くから」
「かいものー?」
「そ。だからエルトも準備して」
「んー」
エルトは分かっているのかいないのか、そんな適当な返事をして私の部屋に入って行った。
「ホラ、ヒバリも準備しな」
「はいはいっすぅー」
兄さんがせかすと、ヒバリもやれやれ、といった感じで返事をした。
私は思う。天使というのは、みんな面倒臭がりなのだろうか。三条家に目を向けると、そんな気がしてならない。
クライやヒエンはきびきびっとして、しっかり者って感じなのにね。
○
街で一番大きなお店があるのは、街で一番大きな駅の向かいだ。
地上8階、地下2階の大型ショッピングモールで、だいたいの物はそこに行けばそろう。駅から近いという事もあって、休日は人でごった返している。
しかし。
私達が買おうとしているのは、あくまで食料だ。自宅から徒歩10分程度のスーパーで事足りる。
「とりあえずそこに行こうか」
「だなー」
私の提案に兄さんは頷きながら、アパートの駐輪場に停めてあったバイクにキーを差し込んでいた。いつからあったんだろう。
「兄さん、まさか東京からバイクで来たの?」
「ん? ああ。結構楽しかったぞ。なぁヒバリ」
「楽しかったっすねー」
見れば、ヒバリも兄さんから投げ渡されたヘルメットを頭にかぶり、慣れてますと言わんばかりに「よっ」と後部座席に飛び乗った。
「従妹さんも乗るっすか?」
「いや……2人乗りで限界でしょ。……というか、私達はどうやって移動するの?」
兄さんは上機嫌でバイクのエンジンを温めているが、あくまで2人乗りだ。私達はどうやって移動しようというのだろうか。もちろん、私にも、恐らくエルトにもバイクに追いつけるような移動手段はない。
兄さんは「あ、」という表情を見せ、
「忘れてた……バイクで4人乗りなんか出来ねぇしなー。どうしようか」
「……歩いていこうよ」
私が言うと、兄さんは「しゃーねぇな」と苦笑しながらバイクを降りる。しかし、
「うぇえー。ウチもそれ、乗ってみてぇよー」
ここでも好奇心旺盛なエルトは、兄さんのバイクに興味津々の様子。
「歩いていくなんてやだぜー。面倒くせぇし」
「じゃぁ留守番してたら?」
「う……」
留守番はいやらしい。私は溜息をつきながら、
「だから、歩いていこうよ。ちょうど退屈しのぎにはなるでしょ?」
「うー……しゃ、しゃーねーなー」
頭をがしがし、と掻きながら、それでもエルトは納得してくれた。
私はそれを見てうん、と頷き、
「じゃ、行こうかー」
『おー』
暇つぶしの旅が始まった。