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1…一期二会?-Part/γ1

 早朝7時。

 俺は何も言えないまま、あんぐりと所長を見た。

 所長とは、俺の家計を支えているアルバイトの新聞配達で俺を雇ってくれている人だ。もう4年以上、お世話になっているのだが――

 その人に向かって、俺は言った。


「……クビ、っすか」


「そうなんだよ……」

 所長は本当に困ったような顔で、

「うちも経営難だった上に、今度から近くに大きな新聞社の支店が出来ちゃって……」

 白髪頭を右手で手持ちぶさたに掻きながら、

「そろそろ引いとくべきかと思ってね。君がクビになるんじゃなくて、この店自体がクビみたいなもんなんだ……」

「……そうっすか」

 俺は軽くうつむいて、そう呟いた。

 所長はやがて笑顔を見せ、俺に茶色い封筒を差し出した。もう見慣れてしまった給料袋だ。

 封筒には『榊桐也』と、俺の名前が丁寧に流れるように書いてある。

「これ、今月と――一応、8月分のお給料も入ってるから」

「え……でも」

「いいのさ。君には本当に働いて貰っちゃったし、退職金だと思って。受け取りなよ」

 所長さんは最後に柔らかく笑って見せた。

 俺はその笑顔に、少しだけ名残惜しいような気持ちになりながら、

「ありがとうございます」

 と、あえて過去形にせずに言って、頭を下げた。


 帰り道。

 袋の中を覗き込んで見ると、なんとたっぷり20万。普段では月給は5~6万だったから、これは俺にとっても大金と言える。

「よかったね、桐也」

 横合いから白いセーラー服を着た、涼しげな水色の髪をした少女が俺に話しかける。

「そんなにお金あったら、なんでもできちゃうよ」

「違うだろ」

 俺はその声にピシリと突っ込み、考えたくはないが考えないといけない事を考えた。

「……20万だけで、今後永遠に暮らせる訳じゃないだろ」

「あ……」

 傍らにふよふよと浮かんでいる俺の守護天使様は、はっと申し訳なさそうに面を伏せ、

「……ごめんね」

「いや、気にするなって」

 俺は面を伏せていた天使の頭を罰あたりにもぽんぽん、と叩くように撫でてやる。

「まあ……確かに、少しは贅沢できるだろ」


  ○


 俺こと榊桐也は、少し前から同居している俺の守護天使・アルルスタこと通称アリィと一緒に、のんびりと夏の朝を過ごしていた。

 しかしまあ――

「……どうすっかなぁ」

 俺の頭の中は、不安が密集して容器そのものが破裂しそうなほどに混乱していた。

 前にも話したと思うが、俺の家計は半分程度がアルバイトで占められていた。そのアルバイトが無くなってしまったら、今後の生活の術がない。いや、ギリギリで生活はできるかもしれないが、他の色々なところが貧しくなってしまう。

 帰り際のコンビニで買ってきたおにぎりを口に運びつつ、そんな事をぼんやり考えていると、

「きーりやっ」

 ぼん、と背中になにかがぶつかる感触。それと同時に、俺の首の前あたりで交差される2本の細い腕。

 アリィは俺の耳元で実に満足そうに笑いながら、

「元気だして、ね? ボクがついてるから」

「分かったからひっつくな」

 アリィの手をほどきながら、

「夏くらい、くっついてくるな。暑苦しいわ」

「う……ごめんね、桐也」

「分かればよし」

 俺はアリィの頭をさらさらと撫で、

「……次からは気をつけろよ?」

「うん」

 にっこり、と微笑むアリィの表情や態度は、決して人慣れしていない俺から見ても、可愛いと分かるような清楚な印象だった。天使、という比喩表現がそのままあてはまるだろう。本物の天使なんだが。

 俺はふぅ、と溜息をついて、

「……まあ、クサクサしてても始まらんな」

「?」

 横で首をかしげるアリィ。

 俺はおにぎりを手早く咀嚼して飲み込み、

「今日は2人でどっか出かけるかぁ」

「ほんと?」

 アリィは目を大きく見開いて、

「桐也、いいの? さっき、お金がないって……」

「たまにはいいだろ、パーッと贅沢すんのも」

 でも……、と口ごもるような台詞を呟きながら、顔からは笑みがこぼれている。やっぱり楽しみにしていたのだろう。

 アリィは俺の家に来てからは、俺の貧乏(まあ殆んど趣味のせいだが)な生活に付き合わされ、バイトやら何やらでなかなかどこかに出かける、という事が出来なかった。

 もちろんながら、俺の家には女物の服なんかは置いていないので、アリィにはずっと白いセーラー服のままで生活させてしまっている。本人が嫌がっていないので、俺も気を揉む事はなかったんだが――せめて人並みくらいに、私服を持たせてやりたいという気持ちはあった。

 ……ぶっちゃけてしまおう。俺も、アリィがセーラー以外の服を着ている所を見たい。

 初めて会った時から、アリィには俺のどこかが惹かれている感覚があった。恋愛感情とはまた別なんだろう、しかし――なにかこう、小さい時からずっと一緒だったような、そんな落ち着きを与えてくれる。

 そんな妙な感情もあって、俺はアリィとはなんとか仲良くやっていた。アリィはアリィで、スキンシップが激しすぎることと、誰彼構わず不審な人(アリィの主観)には銃口を向けること以外は、だんだん俺の家での共同生活に慣れてくれているようだった。

 そのアリィはそわそわ、と身体を揺すりながら、

「ね、ね、桐也。いつでかけるの?」

「落ち着けって。10時くらいからでいいだろ」

 言いつつ、俺は部屋の時計を見た。現在時刻は午前8時40分。

「まだ時間はあるだろ? ホラ、お前も食えよ」

 俺がそう言っておにぎりを1つアリィに差し出すと、「うんっ」と頷いてそれを食べ始めた。

 俺はふぅ、と意味も無く溜息をついて、TVの電源を点けた。

 TVでは、夏場に早めの帰省ラッシュが到来し、新幹線が混み合っているという事を伝えていた。まだ7月にも入っていないのに、そこまでして先祖の墓参りに行きたいもんなのかね。行って何が楽しいのか。

 呆れたように俺が考えていると、隣にいたアリィが、

「ねえ、桐也」

「んー?」

「お墓参りって、なんのためにするの?」

 アリィのそんな問いに、俺は「んー」と少し悩み、

「やっぱり、死んだ奴の霊を供養するためじゃねーの」

「れい?」

「そ。霊」

 ポカーン、としているアリィに対して、俺はなんと声をかけてやればいいのだろうか。

 しかし、天使がいるんだから霊魂がいてもよいような気がするのだが、どうやらアリィの反応を見るに、そういうわけでもなさそうだな。やっぱり死ぬまで、人生は楽しまないといかんな。

 改めて人生の価値を確認していると、横からアリィが呟いた。

「れいって、死んだひとなの?」

「人だけとは限らないと思うけどな。ペットとかだって霊になるかもしれない」

「ふーん……」

 そこでアリィはにこっ、と笑って、

「あってみたいね、れい」

 そう言いつつ、アリィは指をぐっぱぐっぱ、と開いたり閉じたりしている。

 これはアリィの癖のようなものらしい。なにか自分の知らない事を見たり聞いたりすると、こうして指ならしするように手を開閉する。俺はこの仕草を見るたび、こいつが拳銃を抜く事を危惧しているのだが……幽霊のなんたるかを、本能的に察しているらしい。

「会ってどうするんだ?」

 俺は試しに聞いてみると、アリィはうん、と頷いて、

「おはなししてみたい」

「どんな?」

「たとえば――」

 

 ぴーんぽーん。


「?」

 ここぞ、というタイミングでチャイムが鳴った。

「……だれ?」

 言ったのはアリィだ。ただでさえ話の腰を折られたうえに、滅多に人の来ない俺の家のチャイムが鳴った事に対しての不信感が見て取れる。

「ちょっと待っとけ」

 俺はアリィに言って、玄関へと歩みを進めた。

「桐也、気をつけて」

「わぁってるよ」

 アリィは相変わらずの心配性だな、と呆れつつも感謝のような気持ちを持ちながら――

「どちら様ですか?」

 丁寧に、俺はドアを開けた。


 立っていたのは2人の男女。


 まず1人目。男の方だ。暑いのに黒いスーツを着込んで、攻撃的な赤いネクタイを締めている。背は180㎝後半くらいか、とにかく高い。顔立ちはけっこう整っていて、優しそうな笑みを浮かべている。傍らにはいかにも、というサラリーマンの持っていそうな片手持ちの鞄を携え、これから営業に行きますと言った営業マンのようだ。

 こっちはまともだ。

 もう1人――女の方に目を向けた。こっちは何から何まで、おかしい。

 背はアリィよりも、もっと低い。10歳くらいだろうか。黒いつやのある短い髪に、男物の学生帽を乗せている。白いシャツに、長袖の明らかに大きさのあっていない紺ブレザーを羽織り、黒い短めのスカートをはいている。

 何より――

 目だ。目が、おかしい。

 向かって右側は、星と同じような青い瞳。だが向かって左側は、白目の白いところが黒く、黒目の黒いところが赤いような、禍々しい、という言葉そのもののような瞳。

 そして、ブレザーから覗く右手。

 それは、まるで悪魔のような、歪な真っ黒い手だった。日焼けにしては黒すぎる。焦げだ、アレ。

 そんな奇妙な2人組に目を向けていると――

 男の方が、笑顔のままで口を開いた。


「初めまして。榊……桐也君?」


「……どちらさまで?」

 俺が尋ね返すと、男の方は「ああ」と笑い、

「失礼した。初対面だしね。でも、どうか疑わないで欲しい」

 男は恭しく、挨拶を口にした。

「俺は、来宮槍介(くるみやそうすけ)。よろしく」

「はぁ」

 槍介、というらしい男はより一層目を細めて、

「君に、用があってきたんだ。上げてもらっていいかな?」

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