1…一期二会?-Part/β3
私達はテーブルを4人で囲んで、それぞれ違う種類のカップ麺を食べていた。
姉さんはうん、と頷いて、
「たまにはこういう食事もいいわねぇ」
「ん? そう言えば姉さんって、普段は何を食べてるの?」
私が尋ねると、姉さんはクスクスと笑って、
「仕事仲間の妹さんが、料理の上手な子でねぇ。いつも食べさせてもらってるの。姉さんは東京では、職場が寝床みたいなものだしね」
「ふーん……」
料理が上手、かぁ。私はカップの中の春雨を覗き込みながら、
「ねぇ姉さん」
「何かしら?」
「やっぱり女の子って、料理が出来ないといけないのかな?」
何気なしにそう尋ねると、姉さんは「んー……」と口元に人差し指をあてて、
「そうねぇ。出来て損はないし……ゆうちゃんなんかは可愛いんだから、結婚した時に料理が出来ないのは致命的じゃないかしら」
「結婚……ねぇ」
確かに女の子の夢ではあるかもしれない。しかし三次元にそこまで興味のある訳ではない結弦さんにとって、それはあまり重要な要素では無かったりする。
「もっといい事ない? 料理が出来て得をすること」
「んー、そうねぇ……」
姉さんはさっきと同じポーズで悩みながら、
「やっぱり、お嫁に行った時に役立つかどうかじゃないかしら?」
「さっきも聞いたから、それ……」
「あらぁ……」
姉さんはあからさまに肩を落としながら、
「ゆうちゃんは、姉さんのことが嫌いなのね?」
「違うって……」
「だって……姉さんの話を聞きたくないんでしょ?」
「だから違うってば」
姉さんの隣に座っているトゥルーがはぁ、と声を出さずに溜息をついたのを見ながら、私は姉さんに言った。
「姉さんの事は好きだし……姉さんの話を聞きたくない訳じゃないし」
「そうなの?」
きょとん、とした表情を見せる。
「だって、姉さんの話を聞きたくないんでしょ?」
「そうじゃないってば」
私はなるべくイライラした心境を隠しながら、
「たださ。姉さんのその同じ事を何回も言う癖、治した方がいいよ? っていうことさ」
「?」
姉さんは首をかしげて、
「姉さん、同じ事を何回も言ってたかしら?」
「うん。ねぇトゥルー」
「ああ」
トゥルーも塩ラーメンのカップを手に持って、
「青嵐。あたしさ、何回もお前に注意したよな?」
「そうだったかしら? 記憶にないわ……」
「……あんなぁ」
トゥルーはキッ、と目つきを厳しくして、カップを机に置いて姉さんにぐいっと顔を近づける。
「いい加減にしろよ」
「トゥルー、目つきが悪いわよ?」
「生まれつきだ」
生まれつきなんだ……げふんげふん。
「青嵐はマイペースすぎだ。もっと他人に気を使う事を覚えろ」
「マイペースが悪い事なのかしら? だったら私は今すぐ睡眠薬を飲むべきかしら」
にこやかに姉さんはさらっと物騒な事を言う。そこまでマイペースにこだわるのか。
「私は他人に合わせて生きる気なんかないわ。何事も自分のやりたいように生きるのが一番よ」
「だからって他人を蔑ろにすることが正当化させる理由にはならねえだろうが」
「もう……トゥルーは気を張りすぎなのよ。一緒にいると疲れちゃうわ」
「こっちの台詞だ、バカ」
お互いに一歩も譲り合わない言いあい。
すると、今まで静かにそれを見ていたラミぃが私に話しかけてくる。
「あそこにおわすコンビの方々、面白きに面白いねぇ」
「コンビじゃないから。あんまり面白くもないし」
むしろ大変なんだけど。しかしラミぃはにへらっ、と笑みを浮かべ、
「なににかみんぐ、したりとて、まず楽しみにしたまう心の意見と気持ちが大事なのだよー。ふにゅう」
両手をグーにして両方の頬をぐりぐりとしながらラミぃは妙な擬音を発し、そんな事を言った。
私はそんなラミぃの台詞を軽く飲み込んで、姉さんとトゥルー、2人の言い争いを見ていた。相変わらず姉さんはきょとん、とした表情、トゥルーは熱心にそんな姉さんに言葉をこびりつけるように投げかけている。
なんだか2人は本当の姉妹みたいに打ち解けていて、口では喧嘩しつつもとても仲良く見えた。トゥルーだって、さっき私と初対面の時に発していた攻撃的なオーラが完全になくなっている。
御琴先輩たちともすんなり仲良くなれたって昔言ってたし、姉さんは実はすごい人なんじゃなかろうか? などと考えていると、
「もう、分かったから」
と、姉さんが目つきを鋭くするトゥルーにやんわりと、諭すように言った。
「確かに私も悪かったわ。教えてくれてありがとうね、トゥルーも。ゆうちゃんも」
「……気ィつけろよ?」
疑り深いトゥルーの視線を姉さんは簡単にスルーし、
「という訳でゆうちゃん」
「ん? どしたの?」
「姉さんたちはこれからしばらく、こっちで暮らすからね。いろいろ面倒かけるかもだけど、よろしくねぇ」
「よろしくねぇ、って。ここは姉さんの家でしょ……」
やっぱり姉さんはこの性格を改善する気はないらしい。もう天然とかそういうレベルじゃない。
ふと、持病、という単語が頭に浮かんだ。あえて深くは追及しない、結弦さんはそんな女の子だった。
姉さんはそんな私の思考をやっぱり読んでいるのか、少し含みのある笑みを一瞬だけこちらに向けてから、
「ごちそうさま」
と手を合わせて、カップ麺を片付け始めた。
「ゆうちゃん、このカップはゴミ箱に捨てればいいのよね?」
「そりゃそうだよ――あっ、中のスープはゴミ箱に捨てちゃだめだよ」
「分かったわ」
頷いて、姉さんはキッチンへ綺麗な姿勢で歩いて行った。
「……結弦。なんか、悪いな」
トゥルーが苦々しい、といった表情で私に語りかける。
「何がだい?」
「その……あんなのを上がらせちまってさ」
「あんなのって……まあ、とにかくさ」
私は内心で凄く分かるよ! と言い張る脳内人格59番を押さえつけ、トゥルーに言った。
「姉さんは姉さんで――私の、頼れる人だから。家族なんだよ?」
「かぞく……?」
「そ、家族」
言いながら、私はなんだか誇らしいような気持ちになった。
「だから、トゥルーも遠慮なんかしないでさ。ゆっくりしていってね」
「おうどんたべたーい!」
ラミぃの絶妙な合いの手。私は大きくバンザイしているラミぃにガシッ、と抱きついて、
「いい子だねぇ、ラミぃや。今日は一緒に布団で寝てあげるからね」
「おおぉー。あい・む・きゃっち・あ・こぅるどー!」
いぇーい、とバタバタ私の腕の中で暴れまわるラミぃ。「やったー、風邪ひいちゃうー!」と叫んでいる。Mなのかな。
ふふふ……可愛い奴め。今晩は可愛がってやろうじゃないか。
「……姉は姉で、妹もコレか……」
視界の端っこで頭を抱えて頭痛に必死に耐えるような表情をしているトゥルー。
しかし、結弦さんは細かい事を気にしない、そんな女の子だった。
こうして。
私は1年ぶりに再会した精神的持病のある姉と、そのお目付け役と言わんばかりの守護天使・トゥルーと一緒の生活を始めた。
私はトゥルーに改めて挨拶をしようと、彼女の服を見て思った。
「トゥルーってさ、バストっていくらくらい?」
「ん? 80くらいだな」
サラッと言ってくれた。とりあえず感謝。