1…一期二会?-Part/β2
姉さんは私を見ると、ふふっ、と笑って言った。
「ゆうちゃん、大きくなったわねぇ。たった1年しか離れてないのに」
「そ、そう……?」
私の遠慮がちな返事に、姉さんは微笑みをたたえたまま、
「とりあえず、姉さんたちは長旅で疲れちゃっててね……家に入れてくれるかしら?」
「自分の家なんだから、遠慮なんてしなくていいのに――って、いうか」
相変わらずの姉さんの調子に私が呆れかけたその時、私は姉さんの隣にいる、もう1人の女の人が目に入った。白い髪といい、水色の瞳といい、つん、という落ち着き払った態度といい――とても涼しげな人だった。
「姉さん。その人は――」
「ああ、こちら?」
姉さんはその女の人に一瞬だけ視線を向け、
「彼女は、私の専属ボディガードさんよ」
「ボディガード?」
「ええ」
姉さんが笑うと、その女の人の頭がピク、と動いた。
「トゥルー、挨拶なさい」
「ああ」
やる気のなさそうな冷たい返事をして、その人は私に氷柱のような鋭い視線を突き刺した。
「お前が青嵐の妹って奴か」
「……うん、そうだけど」
ふん、と息を短く吐いて、その人は続ける。
「あたしはトゥルー。青嵐の守護天使だ」
「守護天使?」
涼やかな表情のまま、トゥルーは頷いた。
姉さんはくすっ、と笑い、
「かっこいいでしょう? 私の専属ボディガードなのよ」
「もう聞いたから」
トゥルーは特に照れるような様子も無く、表情を一切変えぬまま胸の前で腕を組んでいた。
私はそんなテンションの全く違う2人を見て、
「と、とりあえずさ……中に入ってよ」
そう言って、私は2人を家の中へと促した。
○
「およぉ? そちらにおわしけるおふたびと、ふー、なりけりー?」
居間へ2人を通すと、ラミぃがはしゃぎながら私達を見て言った。姉さんはそれを見て「あら?」と首をかしげ、
「ゆうちゃん、妹なんていたかしら?」
「いないでしょ……姉さんが一番分かってるじゃん」
「そうよねぇ……」
む~、と考え込む姉さん。ラミぃはきょとんとしてそれを見ている。トゥルーは姉さんの横で、頭を抱えて溜息をついた。
……姉さん、いざとなると真面目なんだけどなあ。こういう『気の抜けた』場面では、どうもこういう状態になる。
すると、姉さんは思い立ったようにラミぃに向かって、
「あなた、お名前はなんていうのかしら? ぜひ聞かせてほしいわぁ」
「むむぅ? 無礼に然り、よかろうともー。うんうん」
ラミぃは浮かびあがって、姉さんに向かって大仰に両手を広げて、
「私はラミラミと申しけるのだよー。結弦んの守護天使をわーきんぐ・うぉーっち、現在進行形だよぉー」
「あら、そうなの? いつもいつもゆうちゃんがお世話になってるわねぇ」
「ふむふむ、そう申して早幾年。そんなあなたは何者も何者なのだい?」
「あら、私? 私は水嶋青嵐っていうの。かっこいい名前でしょ? 青い嵐で、せいらんって読むのよ」
そのまま会話を続ける2人。
「……」
「なあ、青嵐の妹……結弦っていったか?」
私と同じように取り残されていたトゥルーが、声をひそめて私に話しかける。
「な、何か?」
「青嵐は、昔からあんなんなのか……? あたしもあいつに会ってからは、気苦労が絶えないんだが……」
つん、としていた態度が嘘のよう。分かりやすく不機嫌そうな表情で彼女は問いかけてきた。
私は姉さんの昔からの姿を頭の中でスライドショーしながら、
「まあ……そうかも。でも中学校に入ってからはひどくなったかな……」
御琴先輩や桐葉先輩にあった頃だしね。いや、でも桐葉先輩は当時は入院が多かったのかな?
トゥルーは私の話を聞いて、「そうか……」と再び溜息。
「結弦、お前も苦労してたんだな。今のあたしなら分かる」
「ま、まあね」
「しばらく厄介になるけど、まあ、よろしくな」
最後に困ったような笑顔をうっすらと浮かべて、トゥルーは私に言った。
なんだか、意外と優しそうな感じで良かったな、と私は思った。初対面では怖い感じだったけど、話してみるといい人だ。人じゃないけど。
私が「よろしくねー」と返すと、姉さんが笑いながら私に言った。
「ゆうちゃん、この子、とっても面白い子ねぇ。知ってたかしら?」
そういってラミぃの頭をぽんぽん、と撫でてやっていた。ラミぃはいつも通りに笑いながら「やっほー、やっほー」と私に山びこを叫んでいた。
私ははぁ、と溜息をついて、
「知ってたかしら? って……私の方が一緒にいる時期長いんだし……」
「あら?」
姉さんはきょとん、とした表情で、
「長い間一緒にいたからって、それがその人の本性だとは限らないじゃない」
「それってまんま姉さんの事じゃん……」
「もぅ……ゆうちゃん、冷たい子ねぇ。わが妹ながら」
今度はしゅん、と肩を落とし、ラミぃの横に座りこんだ。
「ラミぃちゃん、私は悲しいわ……ゆうちゃんがこんなに悪い子になっていたなんて……」
そして、目を指で拭う動作。
ラミぃはそれを見て、「きゃっははは」と姉さんを指さして笑う。
「青嵐、面白しにごーいんぐ・あわー・うぇい、にありけるねー! きゃははっ」
「……私、疲れたからいい加減に朝ご飯食べるね」
私はどっと最後に溜息をついて、キッチンの中へと逃げるように歩みを進めた。
去り際に、私の隣にいたトゥルーが
「……手伝うか?」
そう言ってくれたので、私は素直にうなずいた。
少しは心強かった。
○
「正直さ」
カップ麺を棚から漁りながら、私はトゥルーに言った。
「昔からちょっと苦手なんだよね、姉さんは」
「青嵐の昔、か……」
トゥルーはポットの中の水がお湯になっていく様子を見ながら、湯気に向かって呟いた。
「どんな奴だったんだ?」
「んー……小さい頃は、まだ良かったかな。おっとりしてて、ちょっとドジの多い優しい姉さん」
「今でも似たような気はするけどな」
もうもうと昇る白い煙を見ながら、トゥルーは言った。
「青嵐はな……掴みどころって言うか、掴めない奴だよな。マイペースすぎて」
「そうそう、そうなんだよね」
私は少しくすぐったいような気持ちになって、
「昔からあんな調子でさ……優しいには優しいんだけど、一緒にいるのには精神力を消耗するよね」
「そうだなー……」
流石に暑くなってきたのか、スーツの上着を脱ぎながらトゥルーは答えた。
私はそれを見て、ふと気付いた。
姉さんもトゥルーも、スーツを着ている。ということは……?
「ねえトゥルー」
「ん?」
「姉さんの仕事って知ってる? なにをやってるのか、教えてほしいんだけどさ」
私はカップ麺を4つ取り出し、棚の扉を閉めてから彼女に尋ねた。
本人にいくら聞いても『人には言えない』の一点張りだった。そんな姉さんの守護天使だ、何か知っているかもしれない。
トゥルーは上着を脱いで腰に巻き付け、白いシャツのボタンを首が見えるくらいに開けてから言った。
「人には言えないんだ。悪いな」
「……それってさ。合言葉かなんかなの?」
ん? とトゥルーが視線を向ける。私は続けた。
「姉さんも同じ事言ってたし、何をしてるのか気になるんだよ……家族にぐらい、教えてくれたって……」
「ノーコメントだ」
トゥルーは再び氷柱のような視線をこちらに刺し、
「とにかく、人には言えない。……悪いな、結弦」
最後に少し申し訳なさそうに言って、ポットに視線を戻す。
「なんなんだろう……?」
とりあえず、人には言えないような仕事らしい。いったい何なんだろう?
そうしてしばらく考えているうちに、ポットのお湯が完全にわきあがった事を知らせるアラームが鳴った。