プロローグ「あのひのゆめ」-Part/-2
夢を見た。
昔の夢だ。
毎日見ている夢ではない――その夢の、続きのような夢だった。
そこには、いつもの夢で見ているのとは違う、少し背が伸びた……様な気がする『私』と、あの時に出会った彼がいた。
場所はいつもの夢と同じ、あの縁側だ。
いつもの夢と違う点は、もう1つあった。
『私』が、泣いていないということだった。
『私』は彼と並んで縁側に座り、楽しそうに笑いあっていた。
○
『私』と彼は、穏やかに日差しが降り注ぐ中、縁側で花札をして遊んでいた。
彼は山から札をめくり、急に笑顔になった。
「よっしゃ。また俺の勝ちなー」
「あ、ぅぅ……」
対する『私』は少しいじけたような表情になって、彼を見た。
「少しはてかげんしたらどうだ……」
「最初にてかげんするなって言ったの、お前だろうが」
彼は困ったように笑い、懐から4つ折りにされた白い紙を取り出した。それを広げ、サインペンで○をつけた。
「これで、俺が9回勝ったってことだな」
彼は少し意地悪そうに笑い、
「あと1回勝ったら、俺の言うことなんでも1つ聞くんだったよなー?」
「むぅ……」
『私』は苦い表情で彼を見ていたが――不意に、思いついたような顔になっていった。
「どうしてお前は、そんなに花札が強いんだ?」
「ん?」
……今思えば負け惜しみのような言葉だな。私らしくも無い。
しかし彼はあははっ、と面白そうに笑い、こう言った。
「そうだな――お前にどうしても聞いてほしい事があるから、かな」
「……なに、するつもりだ」
どういう心理が働いたのだろうか、『私』は両手で自分の体をガードするような態勢に入った。
「私の体をサトウキビみたいにしぼり込んでも、何も出ないぞ」
「何だよそれ」
彼は一瞬訝しむような表情をして、それから私を優しそうな瞳で見つめて言った。
「俺はさ。もう一回、お前の頭を撫でてみたいな」
「私の……頭?」
「そ。頭」
彼が言った不思議な言葉に、『私』はきょとんとしていた。
彼は笑顔のまま続けた。
「一度、さ――俺がお前の頭叩いたら、すこぶる怒っただろ?」
「頭を叩かれたんだ。暴行罪だろ。怒って済ませてやったのに何か不満か」
「そうじゃなくてさ……お前『私の頭に勝手に触るな!』って言ってたじゃんか」
げんなり、といった感じで、彼は言った。
『私』はそんな彼の様子を見て、
「人の頭に勝手に触るのは、無礼にあたるだろうが」
と言った。
「怒って何が悪いんだ」
「まあ、それは謝るってば。ごめん」
友人の誘いを断るように両手を顔の前で合わせ、彼はそう謝罪の言葉を述べた。
「だからさ、勝手に触ったり叩いたりするんじゃなくて――きちんと勝負に勝ったうえで、それをしたい訳だ」
「断る」
「おま……」
『私』はついっ、とそっぽを向き、不機嫌そうな表情で言った。
「たとえ勝負でも、嫌なものは嫌なんだ」
「勝負の意味ないじゃんか……」
「うっさい」
『私』は子供っぽく言い捨てた。いや、この時は実際に子供なんだが。6~7歳位だったか?
そんな『私』の様子に、彼ははぁ、と溜息をついて、
「じゃあお前は、俺に勝ったら何をさせたいんだ?」
「ん? 私か?」
ややげんなり、と彼が尋ねると、『私』は彼から少しだけ視線をそらして、
「そうだな……わ、私は……」
『私』はやたらと瞬きをして、顔も少し紅潮していた。
……昔の私ながら、なかなかに無様な姿だな。今の私は、こんな顔をするのだろうか?
「その……私は、そうだな……」
「……そこまで悩むほどの事か?」
彼は挙動不審な『私』を見て、心配するように『私』を見た。
すると『私』は「い、いいや!」と誤魔化すように言って、
「べ、別に大丈夫だから……だから、そうだな……そ、そうだ!」
『私』は何かをひらめいて、それを彼に言った。
「お前が、その……私においしい物の1つでも食わせてくれればいい!」
「おいしいもの?」
「そうだ。おいしい物だ。お前、料理作れただろ? だから――」
「何だ、そんな事かよ」
あっははは、と彼は大層笑った。
「そんな事なら、わざわざ勝負なんかしなくても、直接言ってくれりゃよかったのに」
「だ、だってホラ、お前はわざわざ来てくれてるんだし……迷惑掛けられないから……」
『私』の顔はもう真っ赤になっていた。視線はあちらこちらを彷徨い、あぅあぅ、と言葉にならない言葉を口から発し続けている。
そんな『私』の様子をどう思ったか――彼は静かに笑って、
「じゃ、まずはもう1回やるか」
どむ、と山札を床板に叩きつけるように置いた。
「俺においしいもの、作ってほしかったら、まずは勝たないとな」
『私』は彼の様子を見て、元気にうなずいた。
顔からは赤い色がなくなっており、代わりと言わんばかりに挑戦的な笑みが浮かんでいた。
○
私はまた、あの白い空間にいた。
目の前には、ちまん、と座布団に正座をしている『私』がいた。かしこまった態度で座っているが、視線は専ら下に向いていて、こちらを見ようともしない。
私は何も敷かれていない、白い床に正座した。まるで空中に座っているような、不思議な感覚になった。
「あの頃は楽しかったね」
『私』が口を開いた。私はすぐに返事をした。
そうだな、楽しかった。
「将棋も教わったよね」
ああ、あれはまあ――ルールを覚えるのに苦労したな。
「麻雀だって教わったし」
1割も理解できなかったけどな。今では覚えているが。
「いつもいつも、遊んでくれてたよね」
そうだな。他に何もしていないのか、と思うくらいに、私と一緒にいてくれたな。
「結局、料理、作ってくれなかったね」
負けたからな。頭は死ぬ気でガードして、諦めさせたが。
「あの時の彼、凄く悔しがってたよね」
まあ、約束を破って諦めさせたからな。悪いと思っている。
「頭、なでてあげさせた方が良かったんじゃない?」
今ではそう思っている。お前と違って、歳をとったからな。
「大人ぶらないでよ。伸びたのは身長だけでしょ?」
笑うなよ。だが、お前よりは美人になっているだろうな。
「彼、会ったらきっとびっくりするだろうね」
ああ、会ったらな。
「……まだ、怖い? 彼に会うのは」
少しな。まだ少しは思っている。
「彼が、あなたの事、嫌いだって?」
……何も言わずに、突然だったからな。奴が消えたのは。
一言くらい欲しかった。
引っ越すなら住所くらい、教えて欲しかったな。
目の前の『私』はうつむいたままで、表情までは窺い知れない。
だが――
「そうだね」と短く返した声は、震えていた。
○
目を覚ました時、私は布団を頭からかぶって横になっていた。
「……」
私は少しだけ頭を覚醒させる時間をとると、そのまま両腕で曲げた足を抱え、安座をするような態勢になった。
「……怖い、か」
顎を曲げた膝に当て、私は再び目を閉じた。
私にも怖いものがあったのかと、少しだけ驚愕の気持ちを孕ませながら――
心の中が、悲しみの青で染まっていくのが、痛いほど分かった。
行間に入るプロローグです。
えー……なんだか訳分からないと思います。
登場人物位は大方の方が察してくださっているでしょうが――
内容に関しては「?」と思っている方が多いかと。
特殊な書き方なので、やや混乱するかもしれませんが、頑張って纏められるように頑張ります。
次の話からは、ついにあの人が登場です……?