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1…一期二会?-Part/α2

「もう……」

 私は緊張が一気に解けたせいか、玄関にへたり込む。

「兄さんが来るなら兄さんが来るって、ハッキリ言ってくれればいいのに……」

「ハハ、まあ美月伯母さんの考えそうなことだよな。驚かせてごめんな」

 氷室兄さんはそう言って面白そうに笑った。そして、傍らに立っていた女の人を振り返って、

「ヒバリ、お前も挨拶しな」

「もう、言われなくても分かってるっすよ」

 女の人はそう言って、私に2、3歩歩み寄って言った。

「初めまして従妹さん」

「はあ……は、初めまして……?」

 気さくというかフレンドリーというか、そんな風に話しかけるこの女の人を見て、まず誰だろうと思った。

 その女の人は笑顔のまま、自己紹介を始めた。

「自分はヒバリっていう者っす。よろしくお願いするっすよ」

「は、はぁ……」

「あ、あと、名前の覚え方はビバリーヒバリで頼むっす」

「びばりぃひばり……」

「不満っすか? じゃあ適当でいいっすよ」

 じゃあなんで教えたんだろう。そう首をかしげつつも、私はもう1つの疑問を解決するべく兄さんへ視線を向けた。

「ねえ兄さん。この人……」

「ああ、ヒバリか? 面白い奴だろ」

 あえて頷かない私、しかし否定をしない私。大人。

「まあ、星みたいに真面目な奴だと信じないかもだけどさ」

 兄さんはそう前置きし、ヒバリの頭に手ををぽん、と乗せて言った。


「こいつ、俺の守護天使なんだってさ」


  ○


 というわけで。

 遠く英国の母より派遣された、私の夏休みの間のお手伝いさん・神原氷室と、オマケ同然についてきたその守護天使・ヒバリを家の中に迎え入れ、私とエルトはとりあえず形だけでもとおもてなしの準備をしていた。

「しかし、星も元気そうで安心したなー」

「兄さんも元気そうだね」

 そんな会話をしながら、私は兄さんと向かい合うように絨毯の上の座布団に正座した。

 兄さんは私が小学4年生になった頃――兄さんが中学に上がるのと同時に、親の都合で東京の方へ引越していた。一度、東京まで遊びに行ったのが中1の頃だったから、もう5年も会っていない事になる。ちなみに兄さんは4月生まれなので、現在は19歳だ。とてもそうは見えないけど。

 兄さんは座布団に私と同じように座りながら、

「せっかく向こうで高校を卒業したんだし……いい機会だと思って、遊びに来てやった訳だ」

「ふーん……あ、そう言えば大学とか言ってないの?」

「ん? ああ、行ってないな」

 ちょっとだけ苦笑いしながら、兄さんは遠慮がちに言った。

「……落ちちゃってな」

「あらら……やっぱり大学受験って難しいの?」

 私とて高校生。大学受験は常に頭に置いておくべき話題だろう。年長者の意見を参考にしようと思い、私は尋ねてみた。

 氷室兄さんは相変わらずの苦笑を浮かべたまま、

「ちょっと……アレは無理だと思った。難しいのレベルじゃない。特に、俺みたいに真面目に勉強してない奴にとってはな」

「うっへぇ……」

 ちょっとした絶望感に襲われた。やっぱり、大学受験って難関なんだなあ……私も今のうちから頑張らないと。

 しかし、氷室兄さんは一転して笑顔を取り戻し、

「まあ、俺の場合はまだ働き口あるかもだし。東京(むこう)でも1人暮らしなんとかなってたしな」

「アルバイトとか?」

「ん、ちょっとした居酒屋みたいなところでな。厨房任されてた」

「厨房?」

 私が尋ね返すと、兄さんは「ああ」と口にしてから、

「向こうで通ってた高校、調理科があってさ。頑張って3年間やってたら、卒業と同時に調理師免許もらえたんだ」

「調理師免許? 凄いじゃん」

 私の言葉に、兄さんははははっ、と屈託なく笑って、

「まあ、趣味で覚えてきたようなもんだしな。一応、就職とかには役立つと思ってさ」

 と言った。

 私が普段やっている料理の殆んどは兄さんから教えてもらったものだ。1人暮らしを始めるから、という理由で教わったけど、やっぱり兄さんは凄い。

「ね、今晩でいいから、また料理作ってよ」

「ああ、いいよ」

 そう言って、兄さんはそのまんま『お兄さん』って感じの笑みをこぼした。


「それにしても……星の守護天使さんは、元気がいいなあ」

「兄さんだって人の事言えないでしょ」

 兄さんと私はアイスのコーヒーを飲みつつ、2人でじゃれ合う天使を眺めていた。2人はあははっ、とお互い笑いあっているあたりから察するに、早くも打ち解けているようだ。

「なあヒバリー。お前、料理できんのかー?」

「もちろんっすよー。氷室さんからしっかり教え込まれてるっすからね。子孫伝来って奴っすよ」

「おーい、ヒバリー。お前は俺の子孫じゃないんだぞー」

 兄さんはやや遠巻きからツッコミを入れるも、2人は全く気にせず(というか気付いていない?)に話を続ける。

「でも、星の料理も美味いんだぜー。今度食ってみろよー」

「まあ、かくいうエルトさんは、自分で料理できないんすか?」

「ん? まあ……できねーなー」

「はぁ。ダメっすよ、折角女として生きてるんすから、料理を覚えて損はないっす。従妹さんに美味しい料理、作ってあげたいと思わないっすか?」

「ウチが、星に、料理……かー」

 と、そこでエルトはいったん言葉を切り、私の方へ視線を向けた。きょとん、という効果音が聞こえそうな表情と、それを引き立てるような一瞬の静寂の後――エルトはひひっ、と笑って、

「ウチには星がいるから、いいやっ」

「いや、そう言う問題じゃないっすよー。自分で覚えることに意味があるんす。唯我独尊って奴っす」

 唯我独尊ってどんな意味だったっけ。ことわざとかあまり詳しくないけど、とりあえずこの場で言うべき意味合いではないのだろうということは察せる。

 すると、ヒバリが不意にこちらに視線を向けてきた。

「従妹さんも、エルトさんの料理、食べてみたいっすよねー?」

「へ?」

 にへら、と笑みを浮かべるヒバリ。なんだか意地悪そうな輝きが瞳に宿っている。

「まあ……ちょっと食べてみたいかも。天使の作る料理」

「そうっすよね? やっぱりそうっすよね?」

 必要以上にがっついてくる人だった。ラミラミがもうちょっと(主に言葉遣い的な意味で)まともになった感じの人だ。人じゃないけど。

「じゃあ、せっかく氷室さんがいるんすから、教えてもらうといいっすよ。子子孫孫まで教え込むっす」

「ヒバリー。だから俺の子孫はまだいないってーのー」

 隣から兄さんが遠い目でツッコミを入れていた。その後、ははは、と力なく笑って、

「面白いけど……変わった奴だろ、ヒバリ」

 私にそう問いかけてきた。

「ずっとあの調子でなー……大人しい時は大人しいんだけど」

「ふーん……まあ、私も似たようなもんだけどね」

 私も自然と笑いながらそう言うと、エルトが「しっつれいだなーっ」とやや不機嫌に。

「ウチはきちんと節度つけて日々を過ごしてるぜーっ」

「……」

 毎日「腹減ったー。星、なんか作ってくれよー」とのたまうニート同然の天使が何を言う。ややカチンときたけど、そこはそこ、私は学習している。ここで口を滑らせたら、ロクな事にならない。

 一生懸命に言葉を飲み込んでいると、私の代わりと言わんばかりにヒバリが口を開く。

「エルトさん、『節度ある』って言うのと『落ち着きがある』って言うのは別物っすよ?」

「ほぇ?」

「つまり、エルトさんは従妹さんにあまり『節度ある』天使には見えてないってことっす。芸は身を助けるっす」

「節度あるのは芸じゃねーよ」

 無駄だと分かっているのか否か、3度目のツッコミを入れる兄さん。するとヒバリはその時になってようやく兄さんの方を向き、

「氷室さん、しては聞くっすけど。芸ってなんすか」

「面白い事だろ?」

「節度ある事は面白い事っす! 普通ののっぺらーっとした人よりは面白いに決まってるっす!」

 何故かヒバリはムキになって御琴さんみたいな事を言い出した。

 ……どうでもいいけど、普通って悪い事なのかな。私は見た目が突飛な分、内面的には結構普通に育ってきたと思っているけど、それっておかしいのかな。最近では私の周りの人が口をそろえて言うから、ちょっと不安になってきた。

 ぼんやりとそんな風に考えていると、兄さんがヒバリに言った。

「そんなにムキになるなって。他の人の意見を聴く余裕を持てよ」

「む」

 ヒバリは一瞬だけ10分間探していた品物を見つけた時のように驚いた表情をして、すぐにその表情のまま軽くうつむいて、

「分かったっす」

 と、声の調子は変えずに言った。

「ちょっと場所が変わったから浮かれてたっすね。灯台もと暗しっす。ちょっと落ち着きます」

「よし、落ち着くと使い方もあってるじゃんか」

 灯台もと暗しって、こういう場面で使うんだっけ?

 私はふと疑問に思ったけれど、やっぱり知らないものは知らないので傍観者を決め込んだ。

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