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プロローグ「あのひのゆめ」-Part/-1

 夢を見た。

 昔の夢だ。

 私のそばに守護天使という存在が現れてからというもの、毎日のように見ている夢だ。

 

 そこには小さい頃の私がいた。

 どういう理屈なのだろう、私は第三者の立場からそれを見ていた。

 ああ、私はこの時――こんな顔をしていたのか。普通なら夢というのは自分の立場になってみるものだろうが、今は天使という存在がいるのだから、何が起こっても不思議じゃない。

 改めて、私は目の前の『私』を見た。

『私』は、泣いていた。


  ○


 そこは、縁側のようなところだった。魚のエンガワではなく、家の縁側だ。

 そこで『私』は、黒い服を着て、目をこすりながら泣いていた。

 ふと『私』から視線をそらして奥の座敷を見ると、そこにいる人間はみな、黒い服を着ている。私と同じように涙を流すもの、ただ暗い表情を落とすもの、様々だったが――共通した点としては、誰も明るい表情をしている者がいないということだった。

 夢の中の私は、『私』の正面に立って、『私』が泣いている様子を見ていた。

『私』はこちらの様子に気付かない。

「……うう……ひっく、うう……」

 ただ、面を伏せて、ぽろぽろと涙を流しながら泣いている。

 私は『私』に話しかけてみようかと考えたが、相手はこちらに気付いていない様子だ。それに、こんなに悲しんでいる女の子に無闇に話しかけて驚かそうとするほど、私は外道ではない。

 同じような考えなのか、『私』に話しかけようとする人はいなかった。

 ただ、奥の座敷から黒い服を着た者達が、こちらを見てひそひそと何かをささやき合っているのが見えた。声までは聞こえなかったが、表情にははっきりと哀れみの色が見て取れる。

『私』は、まだ泣いている。

 私は、覚えている。

 この日がどんな日か、しっかりと覚えている。1日とて、忘れた事はない。

 これは、私の父の葬式の日の夢だ。


 父の名前を、私は知らない。

 お母様に聞いても答えてくれないのだ。何を必死になって隠しているのかは知らないが、私もなんだかんだで深く知ろうとはしなかった。

 父の顔を、私は覚えていない。

 遊んでもらった記憶はある。花札もやったし、挟み将棋も教わった。とても優しい父親だっただろう。だが、何故か顔だけが思い出せない。声を覚えているのに、顔を覚えていない。

 しかし、それは些末な事実に過ぎず――

 父が死んだ、二度と会えない、と知った時は、ひたすらに泣いた。悲しくて泣いた。

 もしかしたら、あのまま一生ふさぎこんで、もっと根暗な人間になっていたかもしれない。元々友人の少ない私は、ずっと1人で寂しい人生を送ることになっていただろうか。

 彼に会わなかったら。


「ねえ」

 彼は、ずっと泣いていた『私』に、場違いな笑顔で話しかけた。無礼にも右手を『私』の頭にぽん、と乗せ、底抜けに明るい言葉だった。

『私』は驚いて、しかしゆっくりと顔を上げた。

 そこにいたのは、初めて見る男の子の顔だった。

 初対面では年までは分からなかった。しかし、『私』よりは背が高く、幼かったのもあっただろうか、中性的な顔つきをしていた。

 澄んだ瞳は柔らかく光を放っていて、目を合わせると自然に心が落ち着いた。『私』には、良い意味で強烈な印象を与えた。

 彼はにっこり、と温かく笑って、

「どうして泣いてるの?」

 と尋ねてきた。どこまでも純粋な、そんな言葉だった。

『私』はしばらく呆けたように目を見開いていたが――やがて再びうつむいて、

「お父様が、なくなられたの……」

「……そっか。だから泣いてるの?」

 うん、と『私』は頷いた。瞳にはまた涙が浮かんでいる。

「もう、会えないの。お父様」

「そっか」

 彼はもう一度言って、何を思ったか私の隣に座りこんだ。同じように黒い服を着た彼は、黒は黒でも『明るい』黒のように見えた。落ち込んでいる様な素振りが、全くないからだ。

 彼は『私』の頭に再びぽん、と手を乗せ、くしゃくしゃと黒い髪をなでた。

 彼は言った。

「お父さん、いい人だった?」

「うん」

「……でも、もういないんだよね?」

「……うん」

「大丈夫だよ」

 彼は優しく言った。

『私』が驚いて顔を上げると、そこには楽しそうに、くすぐったそうに笑う彼がいた。

「これから、俺がいっしょだから。だから泣かないで」

 優しく微笑むその姿は、『私』にとっては太陽のように感じただろう。

 今、私が見たなら、その姿は3文字で表現できる。

 天使、だ。

『私』はうんっ、と大きくうなずいた。瞳に浮かんでいた涙は、いつの間にか乾いていた。


  ○


 次に気付いた時、私は何もない真っ白な空間にいた。

 目の前には『私』が立っている。何も言わずに、私を見つめている。

 すると、不意に『私』が口を開いた。

「あいたい?」

 何に。

「彼に」

 もちろん。しばらく会っていないからな。話したい事、山ほどだ。

「ほんとうに?」

 嘘をついてどうする。

「こわいんじゃない?」

 ……。

「こわいんでしょ」

 ……まあ、それもあるな。

「あってもいいの? 彼にあって、後悔しない?」

 もちろんだ。後悔をするつもりはないからな。

「……そう、なんだ」

 そうだ。

 覚えておけよ貴様。これがお前の未来だからな。


 何かしないと、何も変わらない――

 そう教えてくれた奴は、お前もよく知ってるだろう?


  ○


 そして、今日も目を覚ます。

 強い日差しに、反射的に目を細める。そう言えば今日から夏休みだったか――半覚醒の頭で、ぼんやりとそんな事を考える。

「……本当に、いつになったら会えるんだろうな、お前とは」

 傍らに眠る天使を起こさないように、そっと上体を起こす。

 そして、太陽に向かって呟いた。

「もう8年も待ってるんだぞ……たまには戻ってきても良いだろうに」


 私はとりあえず顔を洗おうと起き上がり、目をこすった。

 目が涙で濡れている事には、その時気付いた。

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