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エピローグ

『何か用? ですって。口の悪い娘ねえ』

 そう言って、母さんは呆れたように電話越しで笑った。

 母さんの名前は、三条美月(さんじょうみづき)。職業は大学教師。現在はイギリスの……。……。

 ……うんたら大学というところに父さんと一緒に勤めていて、電話の反応が若干遅いのはそのためだ。

『折角3年ぶりに会話したんだから、もっと気の利いた言葉をかけられないのかしら?』

 母さんは笑いながら言っているのがバレバレな口調でそう付け加えた。私ははぁ、と静かに溜息をついて、

「ごめんね。最近、いろいろあってさ……」

 と、私の隣、ソファで静かにテレビを見ているエルトを一瞬だけ見てから、

「ちょっと疲れちゃってたかも」

『そ。いろいろ、ねぇ。まあ星も女の子だし、そういうこともあるでしょ』

「何の話? 失恋とかじゃないからね」

『あら、あなたと桐也君が失恋するだなんて――』

「もう寝るね。おやすみなさい」

『ジョークよ、ジョーク。ブリテン・ジョークよ。全く、星は昔から冗談の通じない子よねぇ。悪い癖よ?』

 母さんは諭すような声で続けた。

『まあ、冗談はこの辺にして――ちょっとお知らせしたい事があってね? 電話したのよ』

「お知らせ?」

 3年ぶりの会話でお知らせとは、よっぽどの事なのだろうか。私が軽く首をかしげていると、母さんは楽しそうに、

『星、明日から夏休みに入るんでしょ?』

「うん、まあ……って、どうして知ってるの?」

『ふふ、私だって娘の学校行事くらい、心得ているわ』

 妙なごまかし方をしながら、

『でも、最近の日本って暑いでしょう? 白人(パパ)の血をひいてる星は、さぞ冷蔵庫にへばりついて勉強どころじゃないと思ったのよ』

「冷蔵庫にへばりつくって……磁石じゃないんだから」

 私がそう返すと、『あら?』と母さんは驚いたように、

『星もきちんと冗談を心得ているじゃない。感心感心』

「……まあいいから。それで?」

『ああ、夏休みの話ね』

 こほん、と電話の向こうで分かりやすく咳払いをして、

『で、勉強が手に付きづらいと思い……それでもあなたは高校生なんだし、暑い中で勉強、家事と続けていれば、いつか倒れるんじゃないかと心配したのよね』

「そっか……」

『それでね』

 そこで母さんはさらりと、


『あなたにお手伝いさんをつけてあげることにしたわ』


「お手伝い……さん?」

 言葉の意味が分からず、再び首をかしげる。隣ではエルトが「ん?」とこちらに視線を向けている。

「お手伝いさんって……」

『言葉のままに思いなさい。星が過労死しないように、料理とかを手伝ってあげる人の事』

 娘に対してサラッと過労死なんて言葉を使うのはちょっとどうかと思ったが、私が聞きたいのはそこではない。

「誰なの? そのお手伝いさんって」

『内緒』

 はぁ? と、思わず変な声を出しそうになった。

 母さんは私をからかうように――というか実際、からかっているのだろう。楽しそうに続けた。

『ただ教えるんじゃつまらないじゃない。明日か明後日にはそっちに着くと思うから、その時を楽しみにしてなさいな』

「うぇー。やめてよ、怖いなあ。最近の世の中、物騒なんだからさ……」

 まあ、今はエルトがいるから、イザという時はなんとかなるのだろうが……それでも体感するとなると、怖いものは怖いのだろう。

 母さんはそんな娘の警戒心を電話越しにも感じ取ったか、『しょうがない子ねえ』と前置きして、

『じゃあ、ヒントをあげましょう』

「ヒント? 是非お願いします」

『うふふ。星もよ~っく、知っている人のはずよ』

 私のよく知っている人、か。それならだいぶ絞られるなあ。これで桐也が来たら、笑う前に窓から突き落としてやる。

『星なら安心して甘えられる相手だと思うから、3年間の疲れを思いっきり取っちゃいなさい』

「……一応、聞いておくけど」

『ああ? 桐也君じゃあないわよ』

 さすが母親。娘の思考は地球の反対側からの電話越しでもバレバレらしい。

「じゃあ、いよいよ誰なんだろう……?」

『これ以上のヒントは無しね。ま、せいぜい楽しみにしてなさい』

「ごめん、素直に楽しめそうにないよ、このクイズゲーム」

『じゃあ不安なまま1、2日待ってなさい』

「もっと嫌だっ」

 さすが母親。娘の御し方を、よっく心得ていらっしゃる。

 母さんはあははっ、と年甲斐も無く笑って、

『ま、星と結構親しい人だから安心なさい。これは保障するから』

「はぁ……」

『そうね。優しい人だから、そっちに着いたら思いっきり甘えちゃいなさい。3年分の疲れをなすりつけちゃう感じで』

「いや、それはさすがに……でも、本当に誰なんだろう?」

 いろいろと話がはずむけど、結局のところ、一番の疑問はそれだった。私が甘えられるような相手……?

 しかしこれ以上は教えてくれないのか、母さんは『じゃあ』と前置きして、

『私は仕事があるから、切るわね。何かあったら……そうね、葉月(はづき)叔母さんに電話なさい』

「う、うん……」

『じゃあ、また暇が出来たら電話するわ。バァイ♪』

 ぶつり、と乱暴に電話が切れた。なんだったんだ。

「年甲斐のない……」

 私は子機を元の場所に戻しながら呟いた。母さんは今年で40になるのだけれど、小さいころから若い外見をキープしていたし、電話越しの声も小さい頃と全然変わってないような気がする。それでも、40歳の夫人が『バァイ♪』で電話を切るのは正直どうかと思う。

「星ー。さっきの、何だったんだよー?」

 エルトがうずうず、と膝を貧乏ゆすりしながら言った。私はエルトの隣、ソファにぼすんっと腰掛けながら、

「私が聞きたいくらいだよ……」

「んー?」

「でもね、なんか明日あたりからお客さんが来るみたい」

「おきゃくさんだあー?」

 エルトが疑り深い視線で電話機を睨みつける。

「だれなんだよっ、それー」

「知らないよ……でも、私の知ってる人みたいだから安心して」

「……んー?」

 エルトはブレザーの前で腕を組み、

「ホントに安心できんのかよー?」

「だから分かんないって……」

「まあ、イザとなったらウチが守ってやるから。安心しろよなー」

 そう言ってビッ、と親指を立てて見せるエルト。私よりも背が低くて子供っぽいくせに――こういうところは、妙に頼もしく見える。原河さんじゃないけれど、雰囲気というかオーラというか。

 私は彼女の言葉通り、どこかホッとして、

「うん、任せたからね」

「おーうっ!」

 元気に返事をして、エルトは無邪気に笑った。


  ○


 その日の夜中の事だ。

 エルトも布団で寝静まっているであろう頃、私はそっと布団を抜け出して、寝巻のままでベランダに出ていた。時刻は午前0時すぎ。夏の夜の風は冷えるくせに、妙に生ぬるい空気があって、いかんともしがたい肌触りをしている。

 特に理由はないのだけれど、なんだか1人で夜空を見上げようと思ったのだ。

 今日はちょっとばかし雲が出ているけれど、天気は良い方。月も星も、真っ黒い夜空の中でとても綺麗に輝いている。

「はぁ……」

 私は手すりに乗せた両手に溜息をかけた。

 やっぱり1人はなんだかんだで落ち着くものだ。3年も1人暮らししてたんだし、まあ当然かな。

 それはともかくとして、明日――いや、今日か。今日来る『お手伝いさん』という人の事が気になってやまないのだ。当然、落ち着いて寝てもいられない繊細な女の子たる私である訳で――こうして星空のもと、夜更かしを決め込んでいる訳だ。

 そしてまあ――

 なんだかこの夏休みには、妙な事が色々起きそうで。休みらしい休みを過ごせないんじゃないか、なんて疑問も生まれているのだ。

「はぁ……」

 私は再び溜息をついて、続けて呟いた。


「エルトが来てから、本当に毎日大変だよぅ……」


 彼女と偶然に出会い、家に住まわせてしまったが故に精神的な疲労がたまってきている。こうして余計な不安に苛まれる事も、以前にもまして増えた。

 まさしく爆弾だ。天使なんて名ばかりの、爆弾だ。

 拾い上げてしまったが最後、落っことして誰かになすりつけることもできず、爆発するその時をおっかなびっくりしながら、それでも抱えて走り続けるしかない。

 嫌な意味で充実している日常に、私はみたびの溜息を夜空に吐きだした。

「毎日毎日、疲れるなあ……」

 最後に、私はそう呟いて部屋に戻った。


  ○


 部屋に戻ると、エルトが布団をかぶったままで横になって待っていた。もう目を覚ましているみたいだ。顔は布団で隠れているけど、真っ赤な髪に包まれた頭のてっぺんだけが布団からはみ出ていた。

「なー星」

 エルトは布団越しにくぐもった声で、

「ウチがいると、迷惑か?」

「……さっきの独り言、聞いてたの?」

 おー、と平坦な声でエルトは言った。

「もし迷惑なら、ウチはいつでも出て行くぜーっ」

 どこか諦めのような色を混ぜたエルト声に、私は布団の横に座りこんで、

「バカ言わないでよ」

 と言って、布団からちょっとだけ出ていた頭をなでてやった。

「確かに、いろいろ大変だし、疲れるし……でもね」

 私はあえてそこで言葉をいったん切って、

「だからって、エルトがいらない子ってことはないんだよ」

「……」

 ずる、という布ずれの音とともに顔を出したエルト。瞳にはいつも通りの真っ直ぐな色があって、泣いたりしている訳ではなかった。

 私はそのまま横になって、エルトと体を向き合わせた。いつもの寝る体制だけど、今日は寝る前に少し、エルトと話をしないといけないみたいだ。

 エルトのほっぺたを左手でなぞりながら、私は言った。

「エルトは私の――いや、私達の、かな? どっちにしても、大切な家族なんだよ」

「かぞく?」

 と、エルトは好奇心に満ちた瞳で私を見つめた。

「ウチが、星の……家族?」

「うん。血がつながってる訳じゃないけど……それでも、私はそう思うよ」

 ――昔、桐也にもこう言ってやったっけ。

 昔の事をコンパクトに思い返しながらそう言うと、エルトはくすぐったそうに笑って、

「じゃあ、ウチはここにずっといさせてもらうぜー。だって、星の料理、美味いもんなー」

「食べ物が目当てなのか……ま、まあいいや」

 私は布団を丁寧にかぶり直すと、エルトを自分の体に抱きよせた。

「さ、また大変そうだし、もう寝ちゃお」

「そうだなー……ん~……」

 すると、エルトは物の5秒程度で声を眠そうにして言うと、次の瞬間にはついにすぅ、すぅ、と寝息を立てていた。

「……これからもよろしくね、エルト。おやすみ」

 私はエルトの幼い顔にそう言い残して、目をゆっくりと閉じた。

 せめてこれから妙な事が起きるのなら、今日くらいはエルトと2人きりの時間をゆっくりと過ごしたいと思った。

 という訳でございまして。

 長かった第1章、終了です。次の話から新シリーズに入りたいと思います。

 次からはとにかく新キャラの数が半端でないので、文章力のない私めの小説では混乱することも多いかと……

 それでも見てくれている人がいるのは、もう感謝の気持ちでいっぱいです。どうぞ、これからもよろしくお願いします。

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