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4…爆発しない爆弾は、ひたすらに邪魔です。-Part3

「9人兄弟って……」

「珍しいでしょ?」

 結弦が「ほええ」と絶句しながら、口をぱかんと開いている。

 吉瀬先生はそれに苦笑いしながら、話を続けた。

「まず、僕って三つ子なんだよ。下に弟と妹が1人ずつ」

「三つ子……」

「で、今中学3年生だから――三条さん達より1つ下の、双子の姉妹がいて。その3つ下には、男1人と女2人の三つ子がいて、最後になって思い出したように弟がいるんだ」

「……」

「その末っ子が今8歳だから、僕と16歳離れてるんだよね」

「……すげえ、家庭だな」

 桐也が顔の端をひくひくと引きつらせながら、かろうじて、という感じで呟いた。

「そんな大家族で、大変じゃなかったんですか?」

「ん、まあ大変っちゃ大変だったかな。妹とかの連れてくる友達の多い事多い事……」

「そこじゃないです」

 なんだか、大変な事、という話題の焦点もズレにズレている人だった。しかし先生はあはは、と笑って、

「実際、家計はそんなに圧迫されている訳でもなかったよ。昔から残っていた財産もあったし、両親の仕事も上手くいってたしね。ただちょっと田舎の方にあるのが、悩みらしい悩みかな」

「ふーん……」

 私は想像してみた。

 田んぼや林に囲まれた、緑の大地と青い空に挟まれた田舎の大きな家で、9人兄弟、仲良く遊びまわっている――

 兄弟もおらず、ずっとこの街で暮らし続けている私にとっては、やや羨ましいような暮らしぶりだった。きっとそういう自然に囲まれたところでは、夜空も綺麗に違いない。そういう所に住みたいなあ、という願望も、あるにはあった。

「星って、意外とロマンチストなんだね」

 結弦が私のそんな話を聞いて、そう言った。

「結弦さんは、ここにいられれば満足だけどなあ」

「ホラ、私って天体観測とか好きだしさ。そういうところって植物とかも多いと思うから、きっと空気がきれいだと思うんだ」

「へぇー」

 結弦は笑いながら相槌を打って、

「やっぱり、ロマンチストなんだねえ」

「まあ……こんな名前だしね。母さんに付き合わされて、よくやったもんだなあ」

 そう思いながら、私はふと昔の事を思い出してみた。

 あれはそうだなあ……私が、5歳くらいの頃かな。


『ねえ、星? おほしさま、見てみない?』

 ある日、私の母さんがそう言ったのだ。やけに上機嫌だったのを覚えている。

 私もその時は純粋な子供。好奇心というものもあったのだろう、

『うん!』

 と、元気いっぱい返事をした。

 すると母さんは、どこからか望遠鏡を持ってきて、まだ小さい私を抱えてベランダから夜空を見せてくれた。私の目には、それはきっと今以上に美しく見えていただろう。

『おほしさま、きれい!』

『そうね、きれいね。星、あなたもあのくらい、きれいな女の子になるのよ?』

 そう言って、母さんは思わせぶりに笑った。

 私が星なら、母さんはそれに寄り添って優しく輝く――そう、まるで月のようだった。

『いいわね?』

 最後に母さんは、念を押すようにそう語りかけてきた。私はその言葉に、子供ながらに、

『はぁい!』

 と、近所迷惑上等な大声で返事をしたのだ。

『わたし、きれいなおんなのこになる!』


「……あのときは良かったなあ」

「ん?」

 小さい頃の事を久々に思い返して、私が呟くと、隣のエルトが不思議そうに首をかしげる。

「何かあったのかー?」

「いや、ちょっとね……小さい頃の事を、思い出しててさ」

「ふーん。ま、いいけどなっ」

 じゃあなんで聞いたの……そんな野暮な事を言うような、今の私ではないやい。

 エルトは「それよかさー」と悪戯っぽく笑って、

「星の小さい頃って、どんなんだったんだー?」

「うぇ……そ、それを自分で言うのはちょっとなあ……」

 なんだよー、とむくれているエルトには悪いんだけど、やっぱり自分の小さい頃のことは自分で言うのは照れる。というか、恥ずかしい。

 すると、パイプ椅子をずざああああ、とスライドさせてこちらに顔を近づけてくる顔が2つ。

「星、星。恥ずかしがらないで教えてくれよう、親友に免じてさ」

「私も姉さんのりとるがーる、時代をぜひぜひ非常口にしりたまわりたいのだよぅ」

「ううう……は、恥ずかしいからいやだ」

「ちぇー。星のケチ。甲斐性なし。リア充」

「最後の2つは明らかな罵詈雑言じゃあ……あとリア充じゃないし」

「姉さんはあいかわらずきーぴんぐ、などどどどどどどどどどどケチなんだねえー。がっかりんぐ」

「どこまでケチだと思われてるの、私……」

 どケチの『ど』をここまで連発されると、私は本当に1円落っことしただけで大騒ぎするような、そんな人間に見えているんじゃないのかという疑念が生まれてくる。確かに私はあんまり生活費以外にお金出さないけど、それはケチなのとは違うんであってだねぇ――

「ねえ桐也君。星の小さい頃って、どんなんだったの?」

「んー。まあまた今度ってことでな」

「桐也君もケチだなあ」

 ……背後でそんな会話が聞こえる。流石は我が幼馴染、私の感情はちょっとした雰囲気で察してくれるようだ。

 器用な幼馴染でよかった。これがエルトみたいな奴だったら、私はきっと付き合っていけなかっただろう。


  ○


 がちゃり、と丁寧に扉を開けて入ってきたのは、予想通りというべきか桐葉さんとヒエンだった。

「おろ、皆さんそろってるにゃ……ん?」

「あ、なんかめっちゃ涼しいな」

 2人が来た頃にはすっかりこの旧生徒会室と外の熱気は別々の世界となっており、それほどまでに涼しくなっていた。この涼しさの元凶たるクライにいたっては、「ちょっと寒いですね……」と、吉瀬先生から白衣を借りて羽織っている位だった。

「ちょっとやりすぎました……そろそろ止めますね、これ」

 そういってクライはテーブルの中央の紙に手を伸ばすと、手にとってビリッ、と2つに破いた。ちょうど魔方陣が2等分されており、変なところで器用だなあと思った。

 桐葉さんはその光景も軽くスルーして、私が初めてここに来た時にも座っていた席に座りこむと、

「いやー、学期末の会議も終わったし……いよいよ夏休みって感じだんにゃー」

「そうですねー」

 結弦がにこにこと答える。

「でも今年は暑いからなあ。いろいろな意味でへたりそう」

「宿題とかか?」

「ちょ……やめてよ桐也君。なるたけ思い出さないようにしてたのに……」

「だからさぁ」

 学生特有の会話をしていた2人の間に、相変わらず立ったままの先生が口をはさむ。

「言ったでしょ、宿題なんかやらなくてもいいから」

「だ、だから……! そういうの、よくないと思います!」

 隣で憤慨しているクライをまあまあ、と片手で制し、

「せっかくの長期休暇なんだから。勉強からは離れて、ゆっくりリラックスするための時間に使った方が、2学期からの授業に集中できると思うんだけどなあ」

「いや……授業を進めるからこそ、内容をおさえるために宿題があるんじゃあ……」

 私が言うと、吉瀬先生は「それじゃあさ」と前置きし、

「三条さんは、夏休みも学校に来て勉強したい?」

「それはいやです」

「でしょ? そういうことだって」

 どういうことだろう。やっぱり良く分からない人だった。言いたい事は分かるけれど、いまいち話が噛み合っていないような気がする。

「まあ、私は別にあってもいいと思うがな。宿題」

 と、ここで上座から原河さんが口を開いた。

「どうも長い休みというのは暇でいけない。良い暇つぶしにはなるだろうからな」

「宿題=暇つぶしっていう考え方がすごいなあ……」

「なんだ三条よ。お前は夏休み、暇じゃないのか? 中学時代はどう過ごしていたんだ」

「中学時代の夏休みかあ……桐也、どうだったっけ?」

 覚えてるっちゃ覚えてるけど――結構、充実してたから、何を話せばいいのか。ここは中学で3年間、クラスも部活も一緒だった幼馴染に尋ねてみた。

 桐也は「そうさなあ」と4秒ほど考え込み、

「俺はあんまり覚えてねえなあ……部活の練習が凄え大変だったのは覚えてるけど」

「そういや……部活ってなんだったの?」

 結弦の問いに、桐也は少し声の調子を上げながら答えた。

「テニスやってたんだよ。なんか星が親から影響されたとかなんとかって言って、せっかくだから俺もやろうと思ってさ。うちの学校、部活強制だったからな」

「ふーん、テニスかあ」

 吉瀬先生が笑顔で頷く。私は少し恥ずかしいような気持ちになりながら、

「ほ、ホラ。私ってイギリス人の血が入ってるじゃん? だからやってみてもいいかなって」

「星はなんだかんだで運動神経良いからな。お前、1回個人戦で全国大会行ったよな?」

『全国大会……』

 結弦、桐葉さん、吉瀬先生があぜん、といった顔をしている。

「き、桐也……余計なこと言わないでよ。恥ずかしいから」

「もっと誇れよお前。その気になればテニスで推薦行けただろ?」

『推薦……』

「ほ、ホラ! なんか変な空気作ってるじゃん!」

 きっと今、私の顔は真っ赤になっている事だろう。……今まで誰も突っ込んでくれなかったから、自分でも忘れかけていた。

 よく桐也の表情を見てみると、ちょっとだけ顔がニヤついている。こいつめ、分かってやってるな。後でエルトの力を借りておもっくそぶん殴ってやる。

「ホラホラ。喧嘩なら表でやれよお前ら。私がここから見てやるから感謝しろ」

 ぱんぱん、と面倒くさそうに手を叩いて原河さんが場を仕切り直す。

「激論を交わすのも良い事ではあるが、お前らの守護天使どもが完全に蚊帳の外なのを忘れるなよ?」

「あ……」

 ……完全に忘れていた。

 ふと後ろを見てみると、エルト、ラミラミ、アリィ、ヒエンはとっても暇そうに何をするでもなく佇んでいる。

 イロウは鎌を窓に掲げて「きれい……」とかうっとりしていて、クライはついさっきまで見ていた文庫本を静かに読み込んでいる。

 確かに、人間だけで騒ぎすぎてしまったかもしれない。これからは気をつけよう。天使もちゃんと会話に入れよう。

 冷静になって考えると、結構怖い事を考えているという事にこの時は気付かないまま、話は進んでいった。


「さて」

 原河さんは思わせぶりにそう言って、

「明日から夏休みに入る訳だが――どうも暇でいかん。暇でいかん」

「2回言わないといけないくらいにはアレなんですね」

「そういうことだ。そこで、私なりに暇つぶしを兼ねて、可愛い後輩たちにプレゼントをやろうという計らいだ」

「ぷれぜんと?」

 エルトが久々に声を上げた。そして私に顔を近付けて、

「なー星、ぷれぜんとってなんだー?」

「なんだろう……なんなんですか、プレゼントって?」

 私は尋ねながら、ちょっとした不安に駆られていた。この人の事だ、何かよからぬ事をたくらんでいるに違いない。

 原河さんはいつも通りの余裕ある笑みを浮かべ、

「なに、大したことじゃないさ。ただ、家に閉じこもっているのが一番嫌だとは思っていてな」

「私は家でダラダラするのが好きですけど」

 結弦の声に原河さんがちら、と鋭い視線を向けて、

「だから、ダラダラする場所をちょっとばかし変えてやろうと思っていたのさ」

「はぁ?」

「まあ、吉瀬は実家に帰るだの何だのと言っていたから来れないだろうが――」

 そこで間を置き、原河さんは告げた。

「私の家に泊まりに来ないか?」

「ん?」

 結弦が興味津々、という感じで尋ねる。横合いから桐葉さんが「ああー」と声をもらし、

「御琴りんの家、懐かしいにゃー。そういやしばらく行ってないにゃ」

「ああ。だから今度は天使どもと、可愛い後輩の面倒もついでに見てやろうということさ」

 なんだか『可愛い後輩』の部分がオマケみたいだった。

「どうだ? こう見えても私の家は旅館でな。費用は私が持ってやる。温泉もあるし、飯も美味い。なんせ、私のような美人が育った場所だからな。どうだ榊よ」

「そこで男に話を振られても、リアクション難易度高いです」

「よい切り返しだな」

 なんだかよく分からない言い合いをしていた2人。結構いいコンビなんじゃなかろうか。付き合ってみるといい。

 そんな事を考えていると、またしても原河さんに察知され、

「おいおい三条。こいつはお前の男だろうが」

「窓から落としますよ」

「冗談だ、冗談。まあそうカッカするな」

 肩をすくめながら「で」と話を強引に仕切り直す。

「嫌なら来なくていいが、どうだお前ら」

「私は行きまーす」

「いえーい! 私もー」

 と、結弦とラミラミが賛成の意を示す。

「じゃあ私も行くにゃー」

「おー、じゃああたしも行こうかなー」

 桐葉さんとヒエンも同じように言い。

「さぁ……どうするんだい? 三条さんや」

「結弦……なに、そのあくどい顔」

「ふっふっふ……さあ、こっちへ来るのだ~」

 妙な動作で手招きする結弦に、賛成派の他の3名が同じ動作をしているのはちょっと疑問だった。みんな凄く雰囲気が出ていたのが印象的だった。

 私は特に断る理由もなく、

「じゃあ……行きます。よろしくお願いします」

「おお、どんどん来い。榊はどうだ?」

「んー……じゃあ行かせていただきます。いいよな、アリィ?」

「ん、うん。桐也がいいなら、いいよ」

 なんだか曖昧な返事をしたアリィの声を皮切りに、

「僕は仲間外れだね」

「あはは……」

 と、部屋の隅っこで苦笑いを交換し合う先生とクライがいた。なんだろう、この2人はある意味でまともな方だと思うのに、不憫さが否めない。周囲が特殊すぎるせいかな。

「では、8月1日の10時、駅に集合だ。いいな?」

 原河さんの一声に『はーい』とみんなで返事をして、私達の1学期は終了した。


  ○


「星ー。ウチ、なんか今が一番落ち着くぜー」

 その日の夜。夕食を食べながらテレビを見ていると、向かい合って同じメニューを食べているエルトが、急にそんな事を言い出した。

「やっぱ人が多いと、ダメだよなー。人間どうしでたくさん話しちゃってるから、天使(ウチら)が入っていけねえよー」

「う……ゴメンね。気をつけるから」

「だから、星と2人でいるこの時間が、一番落ち着くんだよなー」

 うんうん、と頷きながら、ご飯を口に運ぶ。

 まあ、私も同感だ。どっちかと言えば、人が多いよりは少なめの方が落ち着く。まあ、元々一家族住めるくらいの大きさの部屋に、天使と2人暮らしというのもどうかと思うけど。

「ごちそーさまーっ」

 エルトは胸の前で十字を切るお決まりの動作をして、食器を片付ける。もちろん、運ぶ時はふわふわと浮かんだままだ。もうなんかいちいち気にならないくらいには見慣れたことだ。

 私もそろそろ片付けて、せっかくの夏休みだしダラダラしよー――と、思った時だった。

 プルルルル、プルルルル、と。珍しく部屋に備え付けの電話が鳴った。

「?」

 私は少し驚いた。普段から私に電話をかけてくるとすれば、結弦か桐也くらいだし、それでも回数は少ない。加えて今は携帯電話という便利な機器があるので、家の電話ともなれば最近はあんまり触ってすらいない。

「星ー。あれ、なんだよー?」

 エルトが能天気に尋ねると、私は電話の子機を手に取りながら、

「これは電話」

「でんわー?」

「そ。電話。今からお話しするから、ちょっと黙っててね」

「うぇえー。折角2人だけなのに、また黙らないといけねーのかよーっ」

 不満げながらも静かにしてくれたエルトに少し安心し――私は相手を大方で予想しつつ、耳に受話器を当てて通話を開始した。

 そこからは、やっぱり、というか、予想通りの声が聞こえてきた。


『ハロー、ハロー?』


「ハロー。星だよ」

 私が返事をすると、5秒くらい遅れて、

『あら、声が少し大人びたわね』

 という女の人の声が返ってきた。私はそれに対して、ソファに腰掛けながら、


「で、何か用? 母さん」

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