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4…爆発しない爆弾は、ひたすらに邪魔です。-Part2

 クライが言った瞬間からだった。

「…………おょ?」

 と、結弦の口から声が出た。

「……しゃっこい?」

「ん?」

 サインペンで書かれた、やけに安っぽい魔方陣に手をかざして結弦が言った。

「ホントだ、冷たい!」

「マジかーっ!?」

 エルトも手をかざして確かめてみる。すると、

「おおーっ、マジだ! つめてー!」

「……ホントにぃ?」

 私も気になって、魔方陣の上に手をかざしてみた。

 すると――スーパーの冷凍食品売り場に手をかざしたみたいに、ひんやりとした感触が伝わってきた。

「……なんで?」

 紙の魔方陣を、まじまじと見る。ドライアイスのように白い煙が出ている訳でもなければ、魔方陣が光ったりという演出もある訳じゃない。ただの黒い落書きがそこにあるだけだ。

 なのに、ひんやりしている。

「すげえな……そのうち、魔女狩りの王、出てくるんじゃないか?」

 桐也も手をかざして、驚いた表情でそう呟いた。周りも「うん、うん」と頷いてあるあたり、意味が分からない私は少数派みたいだ。

「凄いなあ……クライ、これは本当に魔法なのかい?」

 吉瀬先生が尋ねると、クライは「はい」と頷いて、

「あと5分もすれば、部屋中が涼しくなると思います」

「へぇー……」

 やけに満足げなクライの笑顔を見て、私はほとほと呆れていた。

 天使がいるなら、魔法もありか。結弦の頭だけじゃなくて、世界も現実と虚構の区別をつけられなくなったんだろうか。

 しかしまあ――と、私は思う。

 旧生徒会室の開け放たれた窓から、ギラギラと入り込む熱気と強い日光。そして、外のグラウンドから聞こえてくるのは、陸上部やら野球部やらの声。

 汗水流して、炎天下の猛特訓を続ける『普通の人達』を見て、私は思った。

 ――私って、勝ち組?


  ○


 バァン! といういつも通りの音とともにドアを乱暴に蹴破って入ってきたのは、どんな時でも涼しげな表情の原河さんと、いつも通り巨大な鎌を携えたイロウだった。

「ん? 何やら空気が冷えているな」

 原河さんはずけずけ、といった感じでいつも通りの上座へと移動しながら、部屋の隅々を見回すようなしぐさをして、

「冷房でも持ってきたのか?」

「それだよ、それ」

 と、吉瀬先生はテーブルの上の魔方陣を指さし、

「それで魔術を使って、部屋を冷やしてるんだ」

「魔術?」

 ぴくり、という感じで原河さんの瞳が、一瞬だけ開いた。

「それは私の思い浮かべる通りの『魔術』の解釈で構わないか?」

「たぶんね。まあ誰かを傷つけたりする訳じゃないし、快適だからいいじゃない」

「良い計らいだな」

 原河さんは鞄からガサガサ、とコンビニの袋を取り出した。その中からおにぎりを1つ取り出して口に運びながら、

「最近の暑さには、さすがの私でも辟易していてな。絶好のタイミングだった」

「あ……ありがとうございます」

 かなり偉そうに礼を言われたクライは、あわて気味にそう返事をした。

 それに対して微笑みながら、原河さんは2つ目のおにぎりを口にとる。

 と、ここで思い出した。そう言えばご飯を食べていない。今日は早く帰るだろうと思って、お弁当も持ってきてないし……というか、ご飯の事でエルトが怒らないのも珍しい。私はたいしてお腹減ってないからいいけど……。

 ぼんやりと考えていると、やはり原河さんには鋭角なシックスセンスがあるらしい。意地悪そうな笑みを浮かべて、

「なんだ三条。この飯はやらんぞ」

「いや、いいですけど」

「そうか? いかにも物欲しそうな眼をしていたのでな。てっきり私の飯を横取りしようとしているのではないかと思っていたんだが」

「うぇ、そ、そんな眼してました?」

 あわてて自分の顔をぺたぺたと確認してみる。結弦はそれを見て「あっはは」と笑い、

「星は自己主張少ないから、それが分かるのは御琴先輩のみになせる技だとおもうよ」

「じゃ、じゃあ原河さんは私ですら気付かなかった感情を読み取って?」

「常人には見ることすらできない感覚だな」

 しれっと言い放って、原河さんは3つ目のおにぎりを取り出して口に運ぶ。

「つーか、いくつ食ってんだよー?」

 エルトが尋ねると、原河さんは「ああ」と一息置いてから、

「あと10個ほど入っているな」

「ほええー……う、ウチでもそんなに食えねーと思うぜー」

 エルトは若干引き気味にそう言って、空中であとじさる。

「あはは。御琴先輩は、昔からそんな感じで食べてましたからねー」

「む、昔から?」

 私が思わず返すと、原河さんが4つ目を食べながら、

「元々、私は背が低い方でな。いわゆる成長の遅い奴だった。だからたくさん飯を食って、ここまで成長したということだ」

「変に痩せの大食いなせいで、必要な部分に脂肪が行きわたってないですけどね」

「黙れ。黙れ」

 結弦の言葉に、苦々しげに言いながら5つ目を食べる原河さん。

 これは本物かもしれない。たくさん食べるだけじゃなくて、そのスピードも早い。あの細い体のどこに収まっているのか、疑問だった。

「そんなに食ってて、家の食費とか大丈夫なんですか?」

 と、桐也がなんだかとっても桐也らしい質問をすると、原河さんはそれに目をちら、と向けて、

「その辺は困っていない。私だって、食事で実家をつぶすような親不孝者じゃないさ」

 そう言って、6つ目――いや、ゴミの量を見るに7つ目だろう。しかしどちらにしても、たくさん食べているのは一緒。

そんな『必要以上な痩せの大食い』原河さんを見て、

『親不孝……ねえ』

 桐也と吉瀬先生が、ほぼ同時に呟く。

 それを聞いて、桐也の事情も知っているのであろう、アリィが先生の方に、

「なにかあったの?」

 と尋ねる。先生はうん、と頷いて、

「いやね……最近、実家の方に連絡、取ってないからさ」

「そういえば……海吏くんの実家の話って、前にもちらっと聞いたような……」

 クライも不思議そうな表情で呟く。

 すると、いつの間にか、全てのおにぎりをたいらげた原河さんが両手を合わせてから、

「そうか、お前は吉瀬の跡取りなのか」

「うん、まあ……父さんに、やれとは言われてるけどね」

「?」

 なんだか意味深な会話に、私は首をかしげる。

「なになにー? 何かびっげすと、な事情がおわされたり、しちゃいましたのかねー?」

 結弦の頭の上に両手を乗っけて器用にバランスをとるラミラミが、そう無邪気に尋ねる。

 すると、吉瀬先生が笑顔で説明を始めてくれた。


「僕の家ね。自慢じゃないけどさ、結構な名家なんだよ」

「名家?」

 結弦がそう返すと、うん、と先生は頷いた。

「昔――この辺を治めてた『御三家』っていう3つの大名がいてね。吉瀬(きせ)原河(はらかわ)来宮(くるみや)の3つが、それぞれ協力し合ってこの辺一帯を支配してたんだ」

「私はその原河の、吉瀬はそのまま、吉瀬の跡取りになるべき奴なんだ」

「はぁ……」

 私がなんとなく返事をすると、原河さんはこちらを睨むように見て、

「三条。貴様、人の話を聞いているか?」

「いや、聞いてますけど……いまいち、分かりにくいです」

「ウチもわかんねー」

「う。正直言うと、結弦さんも……」

「私も実に、じっつに、あい・どんと・のう、なのだよー」

「……俺も、かな」

「ボクも~……」

「……まあ、仕方ないかな」

 吉瀬先生が苦笑いを浮かべる。しかし、私が少数派ではない立場にいるのは、それなりに珍しい事だ。少し嬉しかった。

 まあとにかく、と先生は話を纏め、

「僕の家は、その吉瀬の流れを継いでるんだけどさ。父さんにしつこく『跡を継げ』って言われててね?」

「はあ……」

「正直面倒くさいからさ、今まで断ってたんだけど……たまには、話し合ってみても、良いかなってさ」

 流石というかなんというか。名家の跡を継ぐ、という事まで『面倒だし』という理由で断ってしまう先生は、ほとほと凄い人だと思う。

「でも、跡を継ぐって……なにが面倒なんですか?」

 結弦がそう尋ねると、吉瀬先生はあはは、と笑い、

「なんかこう、精神的に疲れそうじゃない?」

「そんな理由で?」

「まあね。毎日忙しいし、これ以上、変な疲労が増えるのはちょっと……ね?」

「いや、疲労がどうのと言ってる割に、椅子にも座らずに立っているのは何でなんですか?」

「運動不足解消、かな? なんとなく、座ってるよりは立ってるほうが落ち着くんだよね」

 なんだか色々噛み合っていない理論だった。この人はこの人で、原河さんと並ぶくらいの変な人なんじゃなかろうか?

 というわけで比較対象の原河さんを見ると、吉瀬先生を見て、

「ま、吉瀬はいい方だな。私は一人娘だから、否応なしに跡を継がないといけない」

「ああ、そうだね。僕はまだ兄弟がいるから、選択の余地があるもんね」

「兄弟……ですか?」

 クライが尋ねると、「ああ、話してなかったっけ?」と吉瀬先生は言った。


「僕さ、9人兄弟の一番上なんだよね。だから跡を継げ、なんて言われるんだけど」

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