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4…爆発しない爆弾は、ひたすらに邪魔です。-Part1

 1学期最終日。

 ある人は待ちに待った、またある人も待ちに待った、学生にとってはまさに1年に2回とあるかないかの一大イベントだろう。1回しかないけれど。

 そんな訳で、終業式も無事に済み、私達は自分の教室で帰りのホームルームを行っていた。


「夏休みです」

 吉瀬先生はそんな爽やかな声で大きめにそう告げると、黒板に白いチョークで『夏休み』と書き、夏らしさを演出するためか明るめの青いチョークでぐるっ、とその文字を囲んだ。

 先生は白衣の裾をくるんと翻しながら振り返り、

「約1ヵ月間、ゆっくり休んでください。どこかへ旅行に行くもよし、ひたすらにダラダラするもよし、アルバイトや部活に精を出すもよし。やりたい事をやり残さないように。それが僕からの宿題です」

 そんな漫画じみた台詞を言い終えてから、先生はより一層笑みを深くして、

「あ、あと、宿題なんかしなくてもOKです」

「海吏くんっ」

 隣でクライが思わず、といった表情で高い声を上げた。当然ながら、私達以外には見えていないので、そこまでかしこまって声を抑える必要はないのだけれど。

 しかし先生はそんなクライの声に少し苦笑して、

「では、夏休み――の、前に」

 うげ、と誰かが呟いた声が聞こえた。

 先生の手に握られているのは、何枚もの白い厚紙だ。

「みんなの成績表を配ります。1人ずつ、取りに来てねー」


  ○

「うっへえ……我ながらひどいね、これは」

 そして、例によって『普通の人』のいなくなった教室。今日はこころなし、人がいなくなるのが早かった。やっぱりみんな早く家に帰って夏休みモードに入りたいんだろうか。

 そんな教室で、私、結弦、桐也とそれぞれの守護天使たちで集まって話をしている中、結弦がそんな声を上げてしかめ面をしていた。その手には、白い厚紙が。

「なーなー、星。それ、何が書いてあるんだー?」

 当然、私も桐也も同じ紙を持っている訳で。エルトが能天気にそんな事を尋ねてくると、結弦が私に代わって答えた。

「成績だよ、せいせき」

「せーせきって、なんだー?」

「……どれだけバカかってことっ」

 何故かムスッとしながら、結弦は好奇心の塊のようなエルトを払いのけるようにそう言って、厚紙に顔をうずめてゆく。

「どうした、結弦? そんなに悪かったか?」

 横合いから桐也がいつも通りの無表情で尋ねる。

 結弦は「うう……」と一瞬言うのをためらった後、

「……期末テスト、120人中75位」

 しょんぼり、といった感じでそう告げた。

「うう、結弦さんはこんなに出来ない子だったなんて知らなかったよ……」

「あっひゃっひゃっひゃっ! 結弦んはしょんのぼりしてたもう時分にも、また随分と可愛くやらかしてくれたもうねー! よーしよしよし」

 後ろからラミラミにそんな事を言われて、大笑いされながらばんばん、と頭を凄い勢いでたたかれている結弦。「よーしよしよし」という言葉は頭をなでる時に使うものだと思うんだけど、どうしてその言葉を叩くのに使うのか。

 しかし、当の結弦は慣れっこなのか、ケロッとした顔で、

「あはは……ま、まあ補習とかある訳じゃないし、なんとかなるかな。ねえ桐也君?」

「まーなー。俺も似たようなもんだし、そんなに気にすることじゃないだろ」

 そういって、桐也も自分の成績表に目を落とす。

「じゃー、桐也の『せーせき』って、どんなんなんだー?」

 エルトの問いに、桐也はご丁寧に成績の書いてある面をこちらへ見せて、

「60位」

「ギリギリ半分、か……凄いなあ」

 結弦が若干恨めしそうにそれを眺める。桐也は「んー」と特に何も考えていないような表情で、

「やっぱり、高校の勉強は難しいなー。ついていけない」

「と言いながらハーフポイントをちゃっかり通過している……やっぱり桐也君は凄いなあ」

 今度は単純に納得しつつ呆れるようにそう言った。

 そして、結弦、桐也と公開したからには――

「じゃあ、星は?」

 結弦は最後の希望を求めるように、瞳を輝かせてそう尋ねてくる。

 私は自分の白い厚紙を見て、

「えーとね――」

「うっわ……すげえな、これ」

「ほんとだ……星、すごい人なんだね……」

 ……横からのぞいている桐也とアリィが、なんだかぶつぶつと言っている。あんまりいい気分じゃないなあ……。

「な、なに? すごく悪いって?」

 結弦が冷や汗をかきながらそう言った。

 私はそんな様子を見て――

「……エルト。何かあったらお願いね」

「はぃ?」

 わが守護天使様に臨戦態勢を伝えつつ、私は自分の成績を短く言った。

「――7位、だけど」


  ○


 そして、その間の30分間、何があったのかは想像に任せるよ。

 ただ、1つだけヒントを上げるなら――

『天使と一緒の、地獄絵図』って感じかな。


「でも、凄いなあ星は」

 そんな『何か』があった後。私達は家に帰る前に、原河さんたちのいるであろう旧生徒会室へ向かっていた。夏休み前に挨拶くらいはしていこうと思ったのだ。

 その道中で、結弦がそんな事を言った。

「7位なんて、ヒトにとれる点数だったんだねぇ」

「私が人間じゃないみたいな言い方やめてよ……」

 隣の天使を見ながらそう言うと、エルトが「そうだぜー」と同意を示してくれた。

「星はいちおー人間だからなー」

「いちおーってなによ、いちおーって。ちゃんと人間だから。どこからどう見ても人間だから」

「まーまーまままーまーっ」

 少しやけになって反論しようとすると、間にラミラミが強引に割って入り、

「姉さんは姉さんできちんと人間の形づくりされてたまわりて。心配これすなはち、のー・ぷろぶれむ、なのだよー」

「人間の形って……それと、私はあなたの姉さんじゃないから」

「ぶー。姉さんは姉さんなんだから姉さんなのだよー。ほんにゃわーん」

 最後に妙な擬音をつけながら、ラミラミは笑顔にムスッとしたような色を浮かべるという器用な表情を見せ、結弦の後ろに移動してゆく。

「結弦ーん。姉さんがいぢめてはうえばー、私はるーじんぐ、しないたきにだよー」

「星や……結弦さんの守護天使様を、いじめないでね?」

「ええー……いじめてないし」

 げんなり。ああ、私は今げんなりしているんだろうなあ。

 そう思いながら歩いていると、いつの間にか、というほどすぐに旧生徒会室にたどり着いた。

「なんか久しぶりだね」

 私は呟きながら、木で出来たドアを開けた。

「おじゃましまーす」


 中にいたのは吉瀬先生とクライだけで、原河さんと桐葉さんたちはいなかった。

 そして中にいた2人は、長テーブルの中央に何か紙のようなものを置いて、手には文庫本のようなものを持って、何かを相談し合っている。

「ルーンですか……興味深いです」

「知ってるのかい?」

「北欧神話で出てくる文字ですよね。今でも石碑とか残ってるはずですけど……」

「ふーん。で、そのルーン文字とやらを使って――」

「魔術、ですね」

「天使には魔術は使えるのかい?」

「人によって――ああ、人じゃないから……それぞれで異なります。使えるか使えないかは、各々次第ですね。私はその中でも得意な方だったので、『(魔術師)』を貰ってるんですけど」

 ……とまあ、何やら胡散臭い事を真剣な表情で話し合っていた。

「なんだろ、アレ」

 なんだか集中しているようだったので、音をたてないようにそっと扉を閉めながら、私達は部屋に入った。

「先生?」

 結弦が遠慮気味に声をかけると、先生はゆっくりと振り返って、

「やっぱり来たね」

「何してるんですか?」

 結弦が当然の疑問を投げかけると、先生は「これだよ、これ」と、手に持っていた1冊の文庫本をこちらに見せた。

 桐也がそれを見て、

「禁書目録ですか……それを見て、何をしようと?」

「ホラ、最近暑いじゃない?」

 先生は世間話をするように気軽な声で、

「なんでもね。クライが魔術って奴を試してみたいって言うからさ」

『はぁ?』

 人間3人の声が一斉にハモる。すると、クライがやや遠慮がちに、

「あの、天使(わたしたち)にとって、魔法とか魔術とかって、結構身近なものなんです。せっかく役に立つのなら、やってみようかなと思って……それで、この本に魔術のやり方がついてたので……」

「……ライトノベルと書籍の違いをつけられないのか」

 桐也は頭を抱えながら、痛々しい声でそう呟いた。結弦も「うっわー……」という感じの表情でそれを見て、

「さすがに無理があるよ……今の結弦さんたちは、結構寛容な精神力を持ってるつもりだけど……ラノベに影響されて魔術って言うのは、いくらなんでも……ねぇ?」

「何事もチャレンジ精神が大事なんですっ」

 何故か笑顔でそう言って、クライは手に持ったサインペンできゅっきゅ、と何かをテーブルの紙に書き始めた。

「へーっ、魔術か。おもしろそうだなーっ」

「ボクもみたいなぁ。桐也もいっしょにみようよー」

 魔術とやらに関してなかなか乗り気な様子の天使2名は、上機嫌でそれを見ていた。桐也はアリィの言葉に「遠慮しとく」とけだるそうに言って、手近なパイプ椅子に座りこむ。私達もそれにならって、それぞれ近いところにあるパイプ椅子を引き寄せて座った。

「さて、本当だったら面白いけれど……どうかなぁ、桐也君?」

 結弦がもう何か吹っ切れたような苦笑を浮かべてそう尋ねると、桐也は、

「……どうだかなぁ。これで出来てしまったら、俺の世界観はまたしても大きく揺らぐな」

「だよねぇ……ラミぃ、実際のところどうなんだい?」

 結弦は唯一、魔術を見ていないラミラミに尋ねる。ラミラミはにへらーっ、という笑みを浮かべて、

「まったくあい・どん・のー、なのだよー。私達の世界にたまわりて知りはしためず、私達には知る由もどんと・きゃっち・あ・こーるど、だよー」

「……?」

 私達は首をかしげた。主にラミラミが何を言っているのか、分からなかったからだ。

 その間にも、後ろから「おおーっ」とか「わぁー」とか言う天使たちのきゃっきゃっ、という声は聞こえてきていた。何が楽しいんだか。

「何事も、まずは楽しんでみようと思うことだよ」

 吉瀬先生が高い背で立ったまま言った。

「それで楽しめなかったのなら、その時はその時さ」

「はぁ……」

 私が溜息みたいな返事をすると、結弦がきょとんとした表情で尋ねる。

「でも先生、化学の先生なのに……魔法なんて信じるんですか?」

「魔法が進化して出来たのが、今日の化学の礎になっている錬金術さ。とあるシリーズが売れているのもあるし、意外と切っても切れない関係なんだよ」

「そう……なんですかねぇ?」

 なんだかよく分からない話だった。

「できましたーっ」

 すると、後ろからクライのそんな声が聞こえてきた。「わーっ」「おーっ」という歓声もあがっている。

 みんなでそっちへ行ってみてみると、そこには白い紙の上に黒いペンで書かれた、魔方陣のようなものがあった。

 円の中に逆さまの五芒星が描かれ、その星の内側にさらに小さな円が描かれている。その縁の中には縦に直線が1本、浮かぶように描かれており、大きな円の周りにはアルファベットと数字が等間隔に並んでいた。

「真ん中のこれは?」

 結弦が尋ねると、クライは「あ、はい」と丁寧に返事をして、

「これは『氷』を表すルーンです。本当は『物事の停滞』とかを表すんですけど」

 ここです、と言って、クライは円の周りのアルファベットを指さして、

「この文章に従って――この『氷』の意味の中から、『冷たさ』だけを取り出します」

『……』

 やっぱり良くわかんなかった。天使ってのは、こんなもんばっかなのか。

「と、とにかくさ」

 しかしそこは流石というべきか、結弦が上手く仕切り直す。

「どういうことなの?」

「はい。要するにですね」

 クライはそこでにっこり、最高の笑顔を浮かべて、


「この部屋を、涼しくしたいと思うんです」

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