3…爆弾は手にくっついて離れません。-Part3
「あなた……」
「ふふ、天使が見えるのは自分達だけだって思ってた?」
昴の笑みはどこまでも悪戯っぽくて、それだけにとらえどころのない不安が襲う。私達を襲おうとしてるのか、とか。
彼女はまだ続ける。
「例え使役者じゃあなくても――天使が見える人って言うのは、世界中にいるものなんだよ」
「そう……なの?」
「そうなの」
浅く、浅く笑顔を作る昴は、失礼だけどとても不気味だった。人間にこんな笑顔が作れるのかな、と思った。
「だから、私はあなたの守護天使様に、ご挨拶させてもらってるの。構わないでしょ?」
涼しげにそう言って、可愛らしく首をかしげる。
私は少し怖いな……とか思ってたけど、エルトは違ったようで。
「へーっ、お前、ウチが見えんのかよー?」
「うん、まあね」
などと気さくに会話をしている。
私は少しだけ安堵していた。エルトが大丈夫というなら、大丈夫なのだろう。
「じゃあさー、お前にも守護天使がいるのかー?」
「ん。いないよ」
「はぁ? なのにウチが見えんのかよ? 変な奴だなー」
「ふふふ、変な奴の方が世間で受け入れられやすいんだよ」
「へぇー」
と、そこでエルトはくるん、と空中で身体をねじるように回転させ、こちらを向く。
「だから星は、世間に受け入れられてんだなー」
「うん、エルトありがとう。とってもリアクションがしづらいんだけど」
変な奴と言われたことを怒るべきか、世間に受け入れられているということを喜ぶべきか。とっても微妙な隙間を突いてくる言葉だった。
やっぱりエルトはなんだかんだで私の心を折ることに心血注いでるんじゃないだろうか――
ん? と、ここでふとした疑問。
天使って、心臓とか血とか、人間と体のつくりって一緒なんだろうか? よく考えてみたらエルトの肌はとっても白い――ちょっと悪い言い方すれば、血の気がない。
もしかして、本当に神話の世界みたいに、血も何もない、ただそこにいるだけの不思議な生命体なんだろうか?
「そうでもないんじゃない?」
私の疑問に、昴は笑ってそう言った。
「私は、血や心臓だってあると思うよ」
「そう?」
「そう。後で心臓の音でも聞いてみたらいいんじゃない? 今この場だと恥ずかしいだろうしね」
何かをさとすように昴は言った。なんだか私の行動が見透かされてるみたいで、ちょっと恥ずかしかった。
「んー」
そんな会話の横で、エルトが腕を組んで神妙に考え込んでいた。
「よくよく考えたら、ウチ、あんまり自分のことについて考えたことなかったなー」
「そんなもんだよ」
昴は私に話したのと同じ口調で、エルトにも声をかけた。
「そんなもんか?」
「そんなもん」
「……そっかーっ! なら、いいやー!」
ええー……私はなんだか妙な気持ちになった。いくら何でも、大雑把すぎるんじゃ……。この分じゃあ、折角エルトに対して寄せていた信頼が揺らいでくる。何か細かいとことかいちいち見逃してるんじゃあ?
やっぱりやはり、エルトは私の心を折ることに全身全霊を寄せているのでは――と、思った時だった。
「あーっ! ようやく見つけたにゃー!」
入口――つまりは私の背後から、やけに甲高い声が響いてきた。ちょっとびくっ、とした。
すると、私の正面の昴が「あちゃー」といった顔で後頭部を手でさするような動作をした。
「ごめんなさい、会長さん」
「にゃーっ、会議の休憩中に生徒会室から出るとは何事にゃー!」
声のする方向、つまりは真後ろに振り返ると、そこには私より20cmくらい低い背に白いブレザーを着た、桐葉さんがいた。隣にふわふわ浮かんでいるのは、桐葉さんの守護天使なるお方・ヒエンさんである。
桐葉さんはたいそう憤慨なさっているようで、昴に対して失礼にも人差し指をビシィ! と向けて、
「今さらだけど、昴りんは放浪癖が強すぎなのにゃ! もっとその場その場で落ち着いて行動するという、節度をわきまえるのにゃ!」
「いやです」
「むっ。い、言わせておけば~……!」
いや、一言しか喋ってないけれど……という突っ込みは空気を読んで心の中にしまいつつ、私は大声でお説教を続ける会長さんと、いかにも適当そうに返事をする昴を眺めていた。
すると、横からヒエンが申し訳なさそうに話しかけてくる。
「ごめんなー。桐葉の奴、今は結構怒っちまっててさー」
「う、うん、見ればわかるけど……でも、どうしてなの?」
「あー、昴な」
少しだけ表情を明るくして、
「あいつさ、生徒会の書記やってんだよ」
「生徒会?」
「ああ、今日は会議があるんだけどさ。休憩時間に入って桐葉とあたしが席をちょっとはずした隙に行方不明になりやがってさ」
「で、今探しに来たってことかー?」
エルトの間延びした言葉に、ヒエンはうん、と頷いて、
「あんまり怒ると体力使うからやめろって言ったのになー。しょうがない奴ぜよ」
「まーそういうもんだよなー。ウチだって、たまには星に怒りたくなるときはあるしなー」
というか毎日怒ってるような……こほんこほん。
「っていうか、星たちはどうして学校に来てるんぜよ? 制服も着ないで」
「うぇ。こ、これにはちょっとした訳があってね……」
「ふーん」
ヒエンは心なし素っ気なく返事をして、
「なら、深くはきかねーよ」
と笑った。
うーん、どうしてだろう。私は考える。
エルトとヒエンはどっちも元気っ娘でタイプが似てるのに、ヒエンの方がエルトより4~5歳くらい大人っぽく見える。背が高いのとか、スタイルが良いのとか、そういう外見的な要因もあるんだろうけど……なんか、エルトは子供っぽい、ヒエンは悪戯っぽい……うーん、何とも言えない。
私はふとヒエンに、気になって尋ねてみた。
「ねえヒエン。天使と人間って、どこまで一緒なの?」
「ほぇ?」
「あの、体のつくりとかさ。内臓とか、血液とか」
「んー」
少しだけ呼吸をおいて、ヒエンは語る。
「ほとんど同じはずだぜ」
「そうなの?」
「おー。心臓は動いてるし、血も流れてるし……女の天使だったら、子供だって産めるはずだなー。確か人間の中には、天使と人間の血が混じった子孫だっているって、聞いたことあるぜよ」
「ふーん……天使と人間の子孫ねえ……」
「ま、あたしらはいろいろ人間とは違うわけだし。比べることが間違いかもなー」
最後はやけに大雑把にまとめ、ヒエンは屈託ない、という言葉を表現するように笑顔で言った。
それにぴったりと合わせるように、「と・に・か・く!」という桐葉さんのより一層大きな声が聞こえた。
「今後は注意して欲しいのにゃ! ささ、早く戻って続きにゃー!」
「お、おい桐葉? あんまり全力疾走したらいかんぜよー?」
ヒエンの忠告もむなしく、どこにそんな力があるのか、自分よりも背の高い昴を引きずるように教室を出て行った。
「うう、痛いです痛いですよ会長」
「うっさいにゃ」
昴はそんな不満をもらしながらも、しぶしぶといった感じで教室を出て行く。その間際にこちらを向いて、
「またね」
と小さく呟いた。
やがて3人がいなくなり、廊下の先からやんややんやと騒ぐ声だけが響いてきた。
「にぎやかだな、桐葉は」
「ぅおわう!?」
いきなりの声に、私は振り返る。
広い教室の一番後ろの席に、制服姿の原河さんと、巨大な鎌を携えたイロウが並んでこちらを見下ろしていた。
「おおーっ、御琴! 今までどこにいたんだよー?」
エルトが眩しいばかりの笑顔でそう告げると、無表情で何も告げないイロウの代わりと言わんばかりに、原河さんが微笑をたたえながら、
「その辺をふらついていた」
と言った。
「家にいても暇なのでな」
「街にでも出ればいいのに……なんだって学校に、しかも制服で?」
「暇だからだ」
答えになっていない。あとさっき聞いた。
「いや、お前を騙しただけじゃあ、私の腹は満たされなかった訳だ。という訳で、休日の学校を闊歩していた訳だ」
「はぁ」
自信ありげに微笑みながら、原河さんがこちらへ近付いてくる。歩くたびに長い黒髪が揺れて、日光にキラキラと反射するのが綺麗だった。
「なあ、三条」
「はい?」
「お前は、会いたい奴とかいるか?」
「はい? 会いたい人……ですか?」
いきなり何を問うのか、と私はやや混乱したけど、そういやこの人はこういう人だったっけ、とか思うことで自制心を働かせた。
うーん、と私は少し考えて、正直に述べることにした。
「やっぱり家族……ですね。1人暮らしが長いので、しばらく会ってないし」
「家族、か」
「はい、両親はイギリスに仕事に出てるし、兄さんは――いや、従兄弟は東京に引っ越したし」
「ほう?」
と、そこで原河さんは一瞬、目を見開いた。
「奇遇だな。私にも、東京に引っ越した幼馴染がいるんだ」
「おさななじみ?」
そうだ、と原河さんは頷いた。
「お前と榊みたいなものだ。まあ、いい奴だった」
「へぇ……ひょっとして、その2人が知り合いだったりするかもしれませんね」
「そうかもな」
愉快げに原河さんはひとしきり笑って、
「さて、三条。そろそろ帰った方が良いぞ。その服装じゃ目立つだろ? お前が目立ちたいなら、私と一緒にしばらくいてもいいんだが」
「はい、じゃあ目立ちたくないので帰ります」
「じゃーなー、御琴ー」
気をつけろよ、と追いかけるように言われ、私達は休日の学校を後にした。
○
「あー、ホントだ。エルトの心臓の音が聞こえる」
「ホントかー?」
夜。お風呂上がりのエルトの湯気の立ち上る背中に耳を当ててみると、確かにどくん、どくん、という鼓動が聞こえた。どうやら天使には本当に心臓があるらしい。
「へぇー、不思議ー。人間に心臓があるように、天使にも心臓があるんだぁ」
「ど……どーでもいいけどさ。く、くすぐってーから、そろそろ離してくんねーかな」
珍しく不快そうにエルトが呟くので、私は「ごめんごめん」と謝りながらエルトを解放してやった。
エルトはバスタオルを体に巻きつけながら、
「うー、次は星にもさっきみたいに頭ギューってしてやるからなーっ」
「あはは、勘弁してよ」
そんな風に笑いつつ、私は今日のことを思い返していた。
いろいろあったけど――
特に気になったのは、昴の事だ。
秋雨昴。生徒会の書記を務めているらしい彼女は、やっぱりどこか飄々としていて、今思い返してみても変な人だったなあ、と思う。
何より、天使が見えるというのが不思議だ。にも関わらず、彼女の守護天使はいないという。また、世界中に自分みたいな人はいる、と言っていた。
という事は、どういう事か?
きっと天使というのは、私の考えているよりも、ずっと深い存在なのかもしれない。ふわふわと浮かんでいて、人間離れした綺麗な女の子たち。まあ人間じゃないんだけども。
何か、壮大な裏があるんじゃないだろうか……もしかしたら、エルトが私の親族です、なんて可能性も、一概に否定できないのかもしれない。
「おっしゃーっ」
と、奥の部屋からエルトの声が聞こえた。がちゃり、と私の部屋の扉を開け、エルトが片手にバスタオルを持って出てくる。
「どーだ、星? ウチに似合ってるかー?」
そう笑う彼女は、いつもの紺ブレザーではなく、ピンクを基調としたチェック柄のパジャマに身を包んでいた。
「それ、私が昔使ってたやつじゃん。まだ残ってたんだ……」
「へへー。ちょうどピッタリだったからさ。ウチが貰っていいか、この服?」
と、今朝とは真反対の事を言い出した。紺ブレザーで満足していた時の彼女はどこへいったのやら。
しかし、もう私が着れる大きさじゃないし、せっかくピッタリなのだったら……、
「うん、いいよ」
「おっしゃー!」
無邪気にはしゃぐエルトは、やっぱり可愛いと思った。
なんだかもう、天使がどうとかじゃなく、親族であるとかじゃなくて――
エルトは本当に私達の家族なんだなあ、と思った。
ややネタばれですが――
この第3部、重要なキーワードがたくさん出てきてます。
一見、分かりやすいものから、注意して読んでも分かりにくいものまで……。
どれがどうかは、皆さんのご想像のままに。
さて。
この話は、日付的に7月16日の事です。
高校生の星たちには、そろそろアレが迫ってますよね……次回からは、その話に突入します~。