2…拾い上げた爆弾には、スイッチもタイマーもありません。-Part2
「しゅんかんいどう?」
エルトが怪訝そうに尋ね、並行作業で首をかしげた。対してアリィはいつも通りの余裕を含んだ笑みで、
「そうだよ」
と答えるだけ。
その笑顔には、どこか得体の知れぬ自信が満ち溢れているような感じがして、「うっそだぁー」という感情を全く相手に与えないような雰囲気がある。私もまた、すごいなあ……と正直に感嘆してしまった。
そしてエルトは、まるで8歳くらいの子供みたいに瞳をきらきらと輝かせて、
「なあなあ、どうやるんだ? 早くみせてくれよーっ」
と、好奇心の塊みたいな台詞を言った。アリィは見た目よりも大人っぽく、しれっとした表情で、
「よくみててね?」
呟くようにそう言って――顔から一瞬だけ、笑みを消した。
ひゅむ。と音がして。
瞬きよりも早く、アリィの姿は虚空へ消え失せていた。
「どう?」
「うぉあ!?」
後ろからいきなりアリィの声がして、思わず喉の奥から妙な声を発しながら私が振り返ると、そこにはついさっきまで私の目の前にいたはずのアリィがいた。白セーラーを夏の強力日光に眩しく反射させながら、
「すごいでしょ。ボクはこんなこともできるんだよ」
にこ、と笑って、再びひゅん。
今度は今の彼女にとっての定位置なのだろう、桐也の隣に現れてふわふわと浮かんでいる。そんな様子を見た幼馴染の表情は、驚きに満ちていた。
「……天使というのは、本当に万能なんだな」
「えへへ……そ、そうでもないよ? ボクなら、この力だけじゃ、なにもできないしね」
否定的な言葉と裏腹に、照れたように笑うアリィ。
「す、すげー! もう一回見してくれー!」
私の隣では、エルトが思い切り感動しながらそう言って、アリィはそれにうんうん、と頷いて。
1分もすると、普通の高校よりは広い教室の中をひゅん、ひゅんと瞬間移動し続ける天使と、すげーすげーなー、と感動の声をもらし続ける天使という、何かとんでもなくシュールな光景が目の前で繰り広げられていた。
「なんだろうね、この世界って」
私はふと呟いてみた。隣で並んで座りながら、桐也が返す。
「何が?」
「なんかこう、普通じゃなくなっていくよね」
「じゃあさ。そもそも『普通』って何か、って言われたら、答えられるか?」
少し相手を嘲るように笑いながら、桐也は言った。
どうせ、私は言い返せないと思っているんだろう。言い返せないけど。
「人生なんて、そんなもんなんだよ。俺達は物理的にたとえると、『液体』であるべきなんだ。流れ流れて、それぞれの居場所に適応していくのが、人間のあるべき姿であり、進化し続けられた理由なのさ」
「良く喋るね」
ここぞ、とばかりに私は返してやった。桐也は案の定、面食らったように少し切れ長の目を見開いた。
私はようやくこいつをやり込められるかも、と思いつつ、さらに追い打ちをかけてやった。
「アリィと一緒になってからかな。それより前の桐也よりも、ずっと饒舌だよね」
「そうか? 前からこんなんじゃなかったか?」
「桐也も環境に適応してるってことだね。天使がいる、この環境にさ」
うらやましい、と言い残して、私は会話を切った。日本には、逃げるが勝ち、という格言があるのだ。私の座右の銘に加えようかな。
桐也の表情をうかがうと、なんだか部活の大会で全力を出した末、理不尽な結果で負けたみたいな、落ち込んでいるともとれる苦笑いをこぼしていた。そんなに言い負かされたのがショックだったのか。幼馴染がどれだけ普段の私を過小評価しているか、よく見てとれた昼下がり。
○
「やっほーい。学食最前線からご帰還であるー」
しばらくそうして過ごしていると、結弦が帰ってきた。その頃になると、エルトもアリィも疲れたのかなんなのか、瞬間移動ごっこ(ごっこ?)をやめておとなしくなっていた。
しかしまあ……、
「およよ? およよよよよよよよ? これはこれにありきで、この教えの部屋におらせられる人員相当、やや釣り合わない程度には不釣り合いなんじゃなかろうかにー。あれだけにあらしてあれだけの人に人々は、どこへとえすけーぷ、してたまわったのかねぇ、結弦ん?」
そんなふうに謎の言語を介するスーパーハイテンションエンジェル、ラミラミは私達の姿を見つけるなりそんなふうにまくしたてる。まさしくまくしたてた。
結弦はどうやらこの1週間過ごすことでその言葉を理解まではいかなくとも会話はできるようで、
「みんな帰っちゃったんだよ、ラミぃ」
「かえる? かえる? げこー。どこに帰ってさらわれたまわったんだい? ここから強制的に立ち去りきーぷあうてぃんぐ、しないといけなきたる事象にあらせるのたりかね?」
必要以上に長ったらしい台詞なので、正直聞いているのもだるい。ただ、やや早口なのと、それでも一字一句はっきりと相手の耳に通す声が、全く間延びした不快感を与えない。だからと言って、聞いていて気持ちのいい物でもないけれど。
そんなラミラミと私との間には、何故かは知らないが、親しい柄があったりする。
「ねーねーねねねー。姉さんはー、ここにうぇいてぃんぐ、しつつ何に思案にふけたもうていることなかれ?」
気付いただろうか。
ラミラミはなぜか私のことを、「姉さん」と呼んでいる。桐也の事は「桐也」と呼び捨て、結弦もやや語尾が訛っているものの、「結弦ん」と名前で呼んでいる。
そんな中で、私だけが「姉さん」なのだ。言うまでもないが、私に天使の親族などいない。
「私は暇だから待ってたの」
ラミラミの言葉に適当にそう返しながら、結弦をちょいちょい、と指で呼ぶ。結弦はにこやかに「何だい?」と尋ねてくる。
私はかねてよりの疑問を、結弦と桐也にぶつけてみることに。今となっては貴重な、人間相談会。
「なんで私、姉さん、なのかな……」
「え、妹だからとか、慕われてるからとか……そんな感じだよねぇ?」
「まー、確かに妙な懐きようだしな」
「それに、見た目も似てるじゃない? 金髪だし、目の色も青と碧色ってさ」
「要するに見た目ってこと?」
私の問いはやや率直すぎたかもしれない、といらぬ後悔をしたのちに私は議論に戻る。
「まあ、見た目で合ってるかもね。今の世の中、実際に姉妹じゃなくても『お姉さま』は普通だし」
「そうなの?」
「うん、まあね」
「へえー……最近TVあんまり見てないからなあ」
「おいおいおいおい。中二病患者の言うことを当てにするなって」
「うん、分かってるから心配しないで」
「こーらこらこら! そこまで言われたら結弦さん、怒っちゃうよ?」
「すんませーん」
「ごめんなさーい」
「うんうん、分かればよろし」
なんだかよくわからないままで議論は終わった。見て、聞いてみれば、何やら天使たちは天使たちで盛り上がっているご様子。
「だからさー、星の料理はすんげー美味いんだって。あんな料理毎日食べられるなんて、ウチは幸せもんだぜ-」
「ほんと? こんど、ボクもおそわろうかな……桐也になにかしてあげたいし……」
「私は私にあって、結弦んがあんまり料理したまわらいからにてー。ぜひにぜひ、てぃーちんぐ、求み求め求めるのだよー」
なるほど。天使といえど、本質は女の子なのだろうか。料理の話で盛り上がるなんて、なかなかに興味深い。
そんなふうに何気なしに耳を傾けていると、結弦がそういえば、と声をかけてきた。
「星ってさ、本当に料理上手いよね。何かコツとかあるの?」
「んー。私の場合は1人暮らしが長いのもあるけど……やっぱり、料理に興味を持つのが一番かな」
「へー。じゃあ誰かから教わったりしたの?」
少し身を乗り出して、結弦はそう尋ねた。私は記憶の中から素早くその回答をサーチして、
「うん、私の兄さん――、ああいや、兄じゃなくて従兄弟なんだけどね? その人が元々料理が得意で、そこから影響されて私も始めたの」
「へぇー。いいなあ、従兄弟。私、いないんだもん」
少しだけさみしそうな表情をして、
「小さい頃から、遊ぶって言ったらもっぱら姉さんとでさ。両親と姉さん以外に、水嶋家はいないんだもん」
「そうなんだ……そのお姉さんって、どういう人なの?」
「う……」
ぴきり、という効果音が似合いそうなほどに結弦は凍りつき、その表情のままで器用にしゃべって見せた。
「……あんまり思い出したくないなあ」
「……?」
私は首をかしげた。前にも話してたけど、結弦は何かと「姉さん」の事を話すときはいつも嫌そうにするか、そもそも話そうとしない。その「姉さん」という人がどういう人なのか――甚だ、疑問なのだ。
まあ、誰であろうと家庭の事情はあるものだ。桐也なんかがいい例だろう。桐也の場合はあんまり明るく話せる話題じゃないけど、事例としては似たようなものだろう。
「ん? 思い出したくない、ってことは、その姉さんとやらは今は家にいないのか?」
ふと桐也について考えていたためか、桐也が何気なしにそんな事を言っただけでドキッとしてしまった。
桐也の質問に、結弦はうん、と頷いて、
「今は東京で仕事に出てるの」
「へぇ……どんな仕事だ?」
「う~ん……」
他愛もない話にいちいち悩みこむ結弦。そこまで姉さんとやらの話をしたくないのだろうか。
結弦はしばし苦しげな表情で考え込んだ後、
「分かんないんだよね」
と呟いて、続けた。
「電話とかでも、何回か話したんだけどさ。仕事って何? って聞くたびに、帰ってくる答えは一緒なんだよ」
そこで一瞬言葉を切って、その人の言葉を思い出してか少しだけ顔を歪めて、
「『ごめんね、人には言えないの』……ってさ」