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1…拾った女の子は、非日常式爆弾でした。-Part/ε2

 僕は、なるべく彼女をびっくりさせないように、あえて普通に、いつも通り――毎日の授業の時みたいに話しかけた。

「そろそろお店を出ないといけない時間なんだよ?」

「えっ?」

 びっくりしたように大きな瞳を丸くする。

「も、もうそんな時間なんですか……?」

「うん、ホラ」

 腕の時計を彼女に見せてやると、少し赤くなっていた頬を「ほんとうだ……」と呟きながら、うつむいて更に真っ赤にした。

「ご、ごめんなさい……迷惑、かけちゃいました」

「大丈夫だから。まずここから出て、夜遅いしさっさと家に帰りなさい」

「うぅ……」

 大きな参考書をぎゅっ、と胸の前に両手で抱えながら、彼女は表情を曇らせる。それはここにいたい、とかいう感情ではなく、何か困り果てているような表情だった。

 僕が尋ねてみると、女の子は小さい細い声で呟いた。

「その……わ、私、家族がいなくて……」

「?」

 更に下へと視線を向け、

「今日、初めてこの町に来て……それで、泊まる場所もなくて、その、ここでしばらく暇をつぶそうと……」

 なんだか取ってつけたような理由だなあ、とは思いつつも、彼女の表情に揺らぎは見られない。おそらくは本当のことなんだろう。

 さて、色々と聞きたいことはあるけれど、

「とりあえずお店を出ようか。これ以上は迷惑だろうしね」

「あっ……は、はい」

 おどおどしながら大事そうに抱えていた参考書を棚に丁寧な動作でしまいこみ、店員さんに頭を下げながら僕とその女の子は本屋を出た。


「ねえ、君はどこから来たの?」

「え……っと。わ、分からないです」

「家族の名前は? 知ってる人でいいから」

「わ、分からないです……」

「うーん……じゃあ、君はどこから来たの?」

「それも……」

「……?」

 そんな事で、僕はその女の子を連れて(とりあえず)大きな駅の方向へ歩いている。歩きつつ、僕は気になったことを尋ねてみたけれど、だいたいこんな感じの受け答えで手がかりらしきものは掴めない。

「弱ったなあ……このままじゃあ君を警察に連れて行かないといけないかも。……そういえば、名前はなんていうの?」

 警察、という言葉に首をかしげた女の子は、少しだけ表情を明るくして、

「私の名前は、クライっていいます」

「……? 外国の子?」

「あ、いえ、そういうわけじゃ……日本語はちゃんと分かります」

 両手をぶんぶんと振って、クライというらしい女の子は言った。

 なんだか、いろいろと変な子だなあ……と思いつつも、僕は最後に確認がてらに質問を投げることにした。

「なんでもいいから、君が知ってることはない? 何をするとか、どこに行くとか」

「あ、はい。えっと、とある人を探して、その人について行きなさいって言われました」

 ようやくまともにしゃべれたのがうれしいのか、妙に饒舌にクライは語った。

「言われた? 誰に?」

「……ちょっと、言っても信じてもらえないと思います」

「……? まあいいや」

 何か妙な事を言いながら、クライは再び曖昧な答えを返した。

「まあいいや。で、そのついていきなさいって、誰について行くように言われたの?」

 僕は、しょんぼりしたようにうつむくクライをみて、なんだか深く追求しない方が良いのかと判断し、次の質問をした。

 するとクライは、「えっと……」と、制服調の服のポケットから、何かの紙を取り出した。

 それに目を走らせながら、


「吉瀬、海吏さん……って読むのかな? そう書いてあります」


「へ? ぼ、僕?」

 いきなり名前を呼ばれたので、少しびっくりした。喉の奥から高いそんな声が出た時、クライはまたしてもびくっ、と肩をふるわせた。

 僕はそんな彼女にごめんねと謝りつつ、さっきの言葉を確かめた。

「吉瀬、海吏って書いてあるの?」

「あ、そうです。えと、知り合いの方ですか? でしたら紹介してくれると嬉しいです」

「いや、知り合いも何も……」

 本人なんだけどなあ。

 しかし、ここで疑問が浮かび上がる。僕はクライとは初めて会ったし、なぜ僕を探しまわる必要があったのだろう。そもそも、誰かに頼まれていたということらしいし……父さんの差し金かな。

 詳しく話すと長くなるけれど、僕のいる吉瀬家は、昔から伝わる『御三家』という3つの名家の1つだ。その家の長男である僕は、現在の当主である父さんから跡を継げとしつこく言われている。面倒くさいからずっと断り続けてきたけど……ついに堪忍出来なくなったかな。

 そんな事をぼんやりと考えていると、

「あの……どうしました?」

 クライが心配そうな目で、僕を上目遣いに見ていた。

「ああ、大丈夫だよ。ちょっと考え事をね」

 取り繕うように僕が言うと、クライは「なら良いですけど」とにこっと笑って見せた。

「それで、あなたは海吏さんとはお知合いなんですか?」

 幾分、和らいできた表情でクライは再度僕に尋ねてきた。ああ、そうだったっけ。

「海吏は僕だよ。僕が吉瀬海吏」

「ええっ?」

 クライは今までで一番大きな声を出して驚いた。ご丁寧に両手で口を覆っている。

「ほ、本当ですか?」

「本当だよ。免許証見せる?」

「い、いえ。大丈夫です……そっかぁ、良かったあ……」

 クライはまるで体中の力を抜いたらこうなるんじゃないかと言う風な表情をして、目を閉じて笑った。

「もっと時間かかると思ってたので、安心しました~」

「そ、そっか……ところでさ、僕ももう1つ聞きたいんだけど」

「?」

 笑みを消して、不思議そうな表情でこちらを見るクライに、僕は思いきって尋ねてみた。

「君はさ、何者なのかな?」

「……、……笑わないでくださいよ?」

「なんで笑うのさ。言ってごらん」

 僕は、そんなふうに心配するクライの方に笑ってしまった。クライはやや赤い顔でうつむき、やがて覚悟を決めたように顔を上げた。

 そして、真剣な表情でこう告げた。


「私は、海吏さんの守護天使です。縁あって、天界から神様の命を受けて、地上(こっち)に降りてきたんです」


 不思議な事に、あまり驚かなかった。むしろ、まあそんな感じかなー、とすら思っていた。

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