1…拾った女の子は、非日常式爆弾でした。-Part/δ3
「おぉ……さすが天の使いと書くだけはあるにゃ。あっという間に家に着いたにゃ」
「着いたってか、桐葉が家の反対側の道路グルグル回ってただけじゃねーかよ……」
「うるさいにゃ」
そんな言いあいをしながらも、私はなんとか家にたどり着いていた。
というのはもちろん、私の守護天使とのたまう見た目18歳、ふわふわ浮かぶヒエンのおかげにゃ。私が家の近くにあるものを適当に挙げると、
「ああ、それならここに来る途中に見てきたぜよ」
と坂本竜馬のような語尾をつけつつ、ここまで5分とかからずに案内してくれた。
「しかし、天使と言うのは時間も操れるのかにゃー……凄いにゃ」
「だから、あれは桐葉が勝手に裏手の道をグルグルしてただけで……」
「だーもー、うるさいにゃぁ。ベンチの上で寝るようなダメ天使にネチネチそんな事言われたくないにゃ」
「なんだよー。ベンチで寝て何が悪いんだよー」
言い合いながらも、行動は極めていつも通りに。玄関のドアに3種類の鍵を差して回し、指紋を読みこませて扉を開ける。仮にも医者の家なので、カルテとかを保管するために、セキュリティだけは頑丈なのにゃ。
何重ものロックの割に軽い扉を開けると、玄関から延びる廊下は真っ暗。この様子を見ると、家には誰もいないみたいにゃ。
「おじゃましまーす」
間延びした挨拶を無人の家に贈るヒエンは、やはりふよふよと浮かんだまま。
「……どういう仕組みで浮いてるのにゃ? 羽も生えてないし……本当に天使なのかにゃ?」
扉を閉め、ガチャン、と鍵のかかる音を確認しながら、私はヒエンに尋ねてみた。
ヒエンは不思議そうな表情になって、
「天使に羽が生えてる……って、いつの時代の話ぜよ?」
「いや、私の勝手なイメージだけどにゃ」
靴を脱ぎ、とりあえず部屋へと歩きながら、
「そもそも、どうして私の守護天使なるものがあるのにゃ? 私はそんなに特別な人間じゃないにゃ」
「んー……」
腕を組み、真剣な表情で考え込むヒエン。
「あたしもなあ……よくよく考えたら、分からんぜよ。ただ、神様に『桐葉のところへ行け』って……」
「……?」
「それに、どうして浮いてるって言われてもなあ……浮かべるから、としか言いようが……」
「そ、そんなもんかにゃー……?」
「そんなもんぜよ」
うんうん、と何かを納得したようにうなずく。そんなズボラな態度からは、天使と言う神聖さが微塵も感じられない。
「本当に天使なのかにゃ?」
私はもう一度聞いてみた。ヒエンは愉快げに笑いながら、
「じゃあなんに見える?」
「ダメな女子大生。18くらいの」
「なっ……」
グラリ、と浮かんだままでよろけて見せる。器用な事にゃ。
「あ、あたしが18って……そんなに老けて見えるか?」
「老けてって……私だって来年の今頃には18にゃ」
「あ、そっか。桐葉、今は17だもんな」
妙な納得の仕方をしながら、彼女は頷いた。
「そっかー。17かぁ……」
「……さっきから何言ってるのにゃ?」
「ああ、いや。こっちの話ぜよ」
「?」
何か思わせぶりな事を言いながら、ヒエンは照れたように笑った。
○
「とりあえず、桐葉にこれをやるぜ」
私の部屋に入ると、ヒエンはそう言いながらひょいっとこちらに何かを放った。私がそれをなんとかキャッチすると、何かきんぴかのブレスレットみたいなものだと分かった。とても軽くてひんやりしている。そして一部には、何の意味があるのか、緑色で「Ⅲ」の文字が。
「さん……?」
「それは『天使番号』って言われてる、守護天使には必ずついている番号ぜよ」
ふーん……私は納得しながら、それをなんとなく右手首にはめてみる。
「ヒエンは3番なのかにゃ?」
「そーゆーことだな」
くどいようだけど、浮かんだまま彼女は言った。
「その番号はアルカナ――こっちの世界で言うタロットカードになぞられてつけられてるんだ」
「タロット……じゃあ、3番って?」
「『女帝』」
妙に自信たっぷりげに、ヒエンは少し低い声で短く言った。
「まあ、意味としちゃ『母性』とか『優しさ』とか……そういうことだな」
「ほお……ま、確かにこの家まで案内してくれたり、具合が悪かった私の具合を良くしてくれたり――あっ」
私は呟きながら、ふとさっきのことを思い出した。
さっき、私は具合が悪くなって地面にへたり込んでいた。しかし、ヒエンが私の背中に手を当てた途端に、たちまち具合は良くなった。
「あれは、どういう仕組みなのにゃ?」
「ああ、さっきの?」
柔らかく微笑みながら、ヒエンは両手を後ろに組んで、
「あれは、天使の持つ特殊な力ぜよ」
「とくしゅなちから?」
「そ。あたしの場合は、生き物の身体の不調とか怪我とかを治せるんだ」
「へぇー」
素直に納得、そして感動。
「まさしく私の守護天使にふさわしいにゃ!」
「だろ?」
「私、身体が弱いからにゃー。いざとなったら治療してくれるなんて、かなりのハイスペックにゃ!」
「だろー!?」
うんうんうん! と頷き合う私達。気がつけば、私が抱いていた不信感はどこへやら。
まるで久々に再開した姉妹みたいに、私達は打ち解けていた。
○
7月8日。
結局、夜通し語り明かした私達。気がつけば日付は変わり、さわやかな夏の朝日が部屋に差し込んでくる。
「おお、もう朝かにゃ」
「ホントだなー。気付いたら朝……早いもんぜよ」
やっぱりいつの間にか床に胡坐をかいているセーラー服の天使は、窓を見ながらそう呟いた。そして、よいしょと立ち上がり、そのままふわあと浮かび上がって、
「桐葉、学校あんのか?」
「まあ、もちろんにゃ」
「あたしもついていっていいか? このままここにいても暇だしさ」
「もちろん頼むにゃ。また私に何かあったらよろしくにゃー」
たくさん話をして、ヒエンは本当にいい人……いや、人じゃない。いい天使だということが分かった。優しいし、気さくだし、背も高いしスタイルいいし……。
なので、私も安心してそう笑うことが出来た。ヒエンも照れ笑いしながら、
「任せとくぜよー」
と言った。
私は、こうして心強いボディーガードと出会えたのだった。
「……ところで、魅音にそっくりなのは狙ってるからかにゃ?」
「……? なんだそりゃ?」