1…拾った女の子は、非日常式爆弾でした。-Part/γ3
「どうしたんだ、いきなり。何か悪い事を言ったか?」
さすがに不安になって私が声をかけると、イロウは震える声で、
「私は……天使」
とだけ、小さく細い声で。
「ああ……そうか」
私はなんだか全て分かったような気がして、彼女に言った。
「お前は天使だものな。死神でなく」
こくり、と涙を流しながら頷く。
そうか……あまりに自然な形容詞だと思ったのだが、彼女にとっては傷つく言葉だったらしい。
「悪かったな」
なんだかきまりが悪くなって、私は頭を下げた。
「不用意にお前を傷つけてしまったな」
ふるふる、と首を振る。
「御琴は悪くない。私にも、悪いところはある」
がしゃん、と傍らの鎌を振りあげ、
「こんなの持ってるから」
悲しげな目で刃を見て、まるで泣きじゃくる子供をあやすようにそれを手で優しく撫でる。
「……」
なんだか、そんな仕草からは天使の神聖さ、があまり感じられない。
「その鎌は、大切なものなのか?」
こくり。私の問いに、またしても無言でうなずく。
「これが好き」
「……どの辺がだ?」
しばし無言で固まった後、すうっと右手の人差し指を立てて、
「ここ」
と、流線形の刃の先端――鋭角な、まさしく何かを刈り取るような部分を指さす。
「…………」
私は彼女に負けぬほど無言で、その言葉を聞いていた。
今までにいろんな人間を見てきたつもりでいる。自分で言うのもなんだが、私には知り合いは多い方だろう。特に親しくしている、と言われれば、現在は結弦と桐葉くらいだ。
だが……これはさすがに、どうかと思う。いくら私でも、引く。
「……こんな、私だから」
ふと、イロウが目を伏せて呟く。目尻にはうっすらと涙が残り、目の周りは赤く腫れている。
「『死神』なんて言われても、しかたない」
「……」
「それに――これが、私の使命だから」
「使命?」
唐突に出てきた仰々しい単語に、私は思わず首をかしげる。
「それは、私を守ることじゃないのか?」
ふるふる、と首を振る。
「ほかのこと」
「では何だ? なにかヒントがあれば考えが浮かぶかも知れんが」
「タロットカード」
タロットカード? 一見してつながりの見つけられない言葉に、私の頭に疑問符が浮かぶ。ここまで混乱している私は、傍からはまれに見る珍しさだろう。桐葉が見たら笑い転げそうだ。
まあ、相手は人間じゃない。今まで通りの私が通じないのも、仕方ないだろう。
話を戻し。私は思考を再開した。
「タロットとは、アレか? 占いによく使う22枚の」
こくり。
「それが、お前の使命か? 地上で占い師の修行でもするのか?」
ふるふる。占い師にはなりたくないらしい。
「では、何が――」
と、ここでふと気付いた。
私の左手首に引っかかっている金色の腕輪。そこに刻まれた「ⅩⅢ」の黒い文字。
13と死神……というのは、
「タロットの番号、か」
こくり。一瞬だが、頷くのにためらいがあった様な気がした。
なるほど……つまり、まとめるとこういうことか。
おそらく、天使と言うのはイロウ1人ではないのだろう。タロットが22枚あり、それぞれにタロットカードになぞられたモチーフ……イロウの言葉を借りるなら、使命、が充てられているのだろう。
イロウの場合は、それが『死神』――13番、という訳だ。彼女は、それが嫌なのだろう。
「神様がきめたこと。逆らえない」
静かな、しかし力のこもった声で彼女は呟いた。まるで、納得いかないことを無理やりに理解しようとしているように。
見ると、彼女の瞳は、また少しずつ潤み始めていた。
「……」
私はそんなイロウの様子に見かねて座布団から立ち上がり、彼女のもとへ歩み寄って座りこむ。
そして、左手で彼女の頭を撫でてやった。13の刻まれた腕輪の引っかかる、左手で。
「なあ、イロウ」
私の声に、彼女はゆっくりとこちらを見る。
「女なら、誰しも嫌なことの1つ2つ、あるものだ」
「?」
何を言っているんだろう、と言いたげに、瞳の中に疑問符を浮かべるイロウに、私は構わず続けた。
「私だって、そうだ。何がとは言わないが、自分が嫌だと感じることはある」
何がとは言わないが。何がとは、言わないが。言いたくないが。
「問題はな――それを、どう受け止めるかだ」
「っ……?」
びっくりしたように、イロウは瞳を大きく見開く。
「今さらそのコンプレックスを悔いたところで、それは変わらない。だったら、それから逃げるのは、決して悪いことじゃない」
「……」
「私は、そうだ。人に言われるまで、いちいちそれを気にしたことなんてなかった。人生なんて、そんなものだ。お前は人間じゃないが」
「……」
「だから、お前は誇りを持て。この私の、『守護天使』であるということに」
私は、気がつけばつらつらと話していた。1年後くらいに反復すれば、さすがの私でも恥ずかしいかもしれない。
しかし、イロウはそんな私の心境を察してか否か、
「……うん」
と、初めて声を発しながら頷いた。
私はそんな彼女に笑いかけながら、
「しっかりやれよ、私のボディーガード。任せたからな、守護天使」
「……」
イロウは恥ずかしいのかやや顔を赤らめながら、こくり、と頷いた。
氷のような無表情に、天使のような美しい微笑を浮かべながら。
○
7月8日。
布団から目を覚ますと、隣の布団ではイロウが眠っていた。寝返りも打たず、すうすう、という小さな寝息が聞こえてくる。
私が何気なく見たその寝顔は、幼い印象を残しつつも整っていて、綺麗だった。
「……天使、か」
私は改めて、その言葉の意味を反芻しつつ、彼女を起こそうと布団の上から体を軽く揺さぶり――彼女の傍らの、巨大な鎌が目に入った。薄く入り込む朝日を反射し、きらきらと、形状とは裏腹の輝きを放っている。
「……天使、か……」
改めて、その言葉の意味を反芻した。
天の使い――お前は、私に何をもたらしてくれるんだろうな。
私と天使の日常は、天使であり、死神という矛盾点を抱えてスタートを切ったのだ。
私の中に残っていたのは……ほんの少しの恐怖と、得体の知れない、期待感だけだった。