1…拾った女の子は、非日常式爆弾でした。-Part/β3
「てか……拳銃だろ? どう使えと」
「わからないの?」
不思議そうにアリィは首をかしげる。
そりゃ、俺だって拳銃の使い方はわかる。銃口を相手に向けて、引き金を引く。小指で引けばなお良い。
俺が問題にしているのはそこじゃなく、
「何を撃てと?」
「桐也にわるいことする人」
「……。……いいかアリィ。よく聞くんだ」
アリィの肩を掴んで、俺はうなだれる。
「え? なに?」
「あのなあ……お前、人殺しはよくないってくらい知ってるよな?」
「そうなの?」
どこまでも純粋に、疑問符の浮かんだ瞳を向けてくる。
……、そうか。こういう、奴なのか。
「とにかくなあ。人殺しは悪いこと。俺は、この年で犯罪者になんかなるつもりはねーぞ」
「殺さなきゃいいのに。足をうつとかさ」
「……」
俺は混乱する。おかしい。天使、だよな? どうしてここまで考え方がバイオレンスなんだろうか。冗談でも笑えない。あの2ndに匹敵するんじゃないだろうか。
とりあえず俺は聖装、とかいう武器のことについては話を切った。これ以上は何かダメだろう。
「で? お前はどうするんだ」
ようやく飲める程度に冷めた煎茶をすすりながら、俺はアリィに尋ねた。アリィもまた、俺と同じようにお茶をすすりながら、
「どうするって、なにを?」
「これからだよ。まさかここに住むとか言い出すか?」
「うーん」
両手で大事なものにするように湯呑みを包みながら、アリィは天井に目を向けた。
「そうだね。他にあてもないし」
「悪いけど無理かもしれない」
「え?」
少し悲しそうにアリィは言った。だが、こればっかりは仕方ない。
俺は星の両親やアパートの管理人に少しずつ助けてもらっているし、アルバイトも少しだがやっている。だが、それでも生活がギリギリなのは変わらないのだ。
ましてこの状態でもう1人同居人が増えるとなれば、生活を支え切れないだろう。天使、とかいうトンデモ存在を働きに出させるのもどうかと思う。こいつが生活費を負担する、とかなれば話は別なんだが……。
「ボクはここに住みたいな」
と、アリィは不意にそう呟いた。
「桐也をまもらないといけないからね」
「守る……ああ、守護天使だからか」
うん、とうなずいたアリィは、どこからどう見ても普通の人間だ。
こんな女の子が2丁拳銃振り回して、それでも俺を守るとか言っている。物騒なこと極まりない。……が、悪くない、とはわずかに感じていた。これで何かと戦う、となれば、その時は俺もこの銃を使って戦うことになるんだろうか。
「あー、わけわからんこといちいち考えても仕方ねえや」
諦めたようにそう言って、俺はソファから立ち上がった。リビングの壁に付けられた窓へと歩み寄り、そこから景色を眺めてみる。
高台から眺める、住宅街のぽつぽつとした光。少し遠くに焦点を合わせると、都市部のビルが爛々と輝いていて、黒いそのシルエットが離れたここからも確認できる。遠目に見えるのは海沿いの工業地帯の光だ。イカでも捕っているのだろうか、大量に白い電球を輝かせる船が見え、その光が海の波紋にゆらゆらと反射する。
何かに迷ったり、イライラしてるときには、こうしてよく夜景を眺めている。昔からの習慣だ。
昔は星と一緒に、近くにある寂れた展望台からよく天体観測をしていた。望遠鏡もなにもなく、ただ「台」だけの場所で、2人で。今のこれは、そのときの名残というわけだ。
ふと気付くと、俺の横にはアリィがいた。ふわふわと浮かびながら、
「わぁ……きれい……」
と、目を輝かせている。……と、そこで気付いた。
冷静になって考えてみれば、俺はアリィにはよく言葉を投げていたような気がする。普段なら、知り合い以外には殆んど口を開かないような俺が、初対面の天使に対して饒舌になっている。
その理由が、今、分かった。
唐突に、分かった。
アリィは、昔の星にそっくりなんだ。
「すごいね、桐也。こんなにきれいな眺め……はじめてかも」
そういって笑うアリィ。俺は、ここでもデジャブを感じていた。
『すごいね、桐也。こんなにきれいな眺め、始めてかも。どう思う?』
初めて2人で天体観測に行った日、星はそんなことを言っていた。今のアリィとそっくり同じ瞳、言葉、表情で。なるほど、どうりで話がはずむわけだ。
今の星は、昔とはまるで違う。
いつも何かを考え込んでいるような、他人に常に遠慮しているような、そんなくぐもった感じがする。それに……と、アリィを見て思う。こういう瞳をしなくなった、と。
なぜか急に懐かしい感覚になった。俺は、右手でアリィの頭をなでてやった。
「ん……どうしたの?」
「ああ、いや」
不思議そうに俺を見上げるアリィに曖昧に笑いかけ、
「ちょっと……さ。昔のことを思い出してな」
「むかしのこと?」
ああ、と俺は頷いて、星のことを少しだけ話してやった。
「妹であり、姉みたいなもんであり……お前に、そっくりな奴だ」
「ボクに……?」
不思議そうに自分に指をさし、アリィは首をかしげる。
「親がいなくなってから、唯一の家族みたいなもんでさ。本当に、良いやつだよ」
「家族……」
と、アリィは不意に何か考え事をしているような表情になった。
そして、目を少しだけ細めて、
「ボクも……家族に、なれるかな?」
「さあ、な。これからのお前次第だ」
なんせ、今日が初対面だ。そう言うしかないだろう。
そんな俺の心中を察してか、アリィは笑みを浮かべながら、
「がんばるよ、ボク。桐也のこと、きっと守りぬいてみせるから」
「ああ、頑張れよ」
「うんっ」
そうした会話のうちに、俺たちは共同生活をすることになった。
○
7月8日。
部屋の奥から引っ張り出してきた2つ目の布団で眠っていたアリィは、どうやら早く起きていたらしい。俺が目を覚ますと、ソファに座ってそわそわとした様子で貧乏ゆすりをしていた。服装は昨夜からずっと白いセーラー服のままだったが、シワの1つもついていないのが不思議だった。さすが天使。
「早いな、アリィ」
俺が声をかけると、アリィはぱあっ、と表情を明るくして、
「おはよう、桐也」
と、笑った。
「……ああ、おはよう」
そうして、天使なる女の子と同居を始めたのだった。
楽しくなりそうだ、と俺は感じていた。生活費のことなんか、すっかり頭から抜けていたのには、その夜気付いた。