1…拾った女の子は、非日常式爆弾でした。-Part/β2
「天使……だぁ?」
俺はアリィの小さな身体に視線を落としながら言った。
別に怪しんでいる訳じゃない。むしろ、まあそれもそうだな、と思ってすらいた。
なんせ、あんなことがあったばかりだ。あんなこと――大量の流れ星。天使、というからには、空から落ちてくるものなのだろう。勝手な想像だが。
加えて、髪や瞳の色が人間離れしている。水色、なんて滅多なことじゃないと、人の体に現れる色じゃないだろう。
だが、
「本当に天使か? 天使、というからには、何か人間離れしたことが出来るのか?」
「うん、まあね」
微笑をたたえながら、アリィは言った。
そして、裸足のままで、コンクリートの床を軽くけった。ぺちっ、と軽い音が響き、アリィの小さい身体が宙に浮く。
……浮く?
「ホラ。人間は、こんなこと、できないでしょ?」
そう言って笑うアリィは、宙に浮かんだままで静止していた。
「ふーん……」
納得した。この子は完全に人間じゃないみたいだ。俺は宙に浮かべないからな。
そんな事を考えていると、アリィは不思議そうに首をかしげ、
「おどろかないの?」
と聞いてきた。俺はそれに即座に答えた。
「驚いたって、何にもならないだろ?」
「え?」
「もし俺がここで思い切り驚いていたとして、どうなる? お前が人間になり下がるわけでもないだろ」
自然と饒舌に語っている自分に内心で少し驚きながら、俺はアリィに対して笑って見せた。
すると、アリィは幼い顔に大人っぽい笑みを重ねて、
「かわった人だね」
「ああ、たまに言われる。でもな」
宙に浮かんでいる少女に俺は言う。
「今のお前よりは、随分と一般的なつもりだよ」
「……ふふっ」
静かに笑いながら、アリィはクスクスと殆んど息のような声を出し、
「おもしろいね、桐也って」
と言った。
「そういう人、好きだよ」
○
外で立ち話も何だし、と俺はアリィを部屋に上げることにした。一応は俺の守護天使と名乗っていたし、特に問題はないと判断した。
玄関からすぐ目の前にあるドアを開くと、やや小さいリビングがある。ソファ、テーブル、テレビ、ノートパソコン……くらいの物しかない。壁にひっそり、とでも言いたげに静かにくっついている襖を開けると、寝室がある。といっても、布団と畳しかない、ただの和室だ。
「なにもないけど、ゆっくりしてくれよ」
ポットでお茶を注ぎながら、俺はアリィに話しかけた。
「ありがと、桐也」
「気にすんな。どうせ1人で暇だったんだからな」
「1人?」
ソファに「女の子座り」しながら、アリィが目を丸くする。
「家族は?」
「いねーよ」
俺にとっては当たり前のことを言った。
俺には両親がいない。
正確には、俺が6歳のころに失踪している。詳しい事情は分からないが、兄弟もいない(だろう。ひょっとしたら知らないだけでいるかも知れない)俺は、こうして1人暮らしをしている。
唯一の救いは星とその家族の人たちだった。小さい頃は料理もなにも出来なかった俺を、毎日世話してくれた。向こうの家に泊まることもたびたびあり、小さい頃なんかはよく一緒の布団で寝たりしていた。最初はただ「誕生日が一緒」という理由だけで知り合ったが、そういった縁もあって、俺と星は実の兄妹も同然の関係だ。
今現在はこのアパートの大家に家賃を半分ほど肩代わりしてもらっていて、学費や生活費はアルバイトと星の両親からの仕送りでなんとか食いつないでいる、という状態なのだ。
「そういうわけで、必要ないものは殆んど売り払っちまってる。人をもてなすようなものはないけど、勘弁してくれな」
「う、うん……」
事情を話すと、アリィは表情を暗くしてうつむいた。自分の前に出された煎茶に手をつけようとして、「ひゃっ、あつい」などと言って手をひっこめたりしている。
俺はアリィの隣に座り込んで、次の話題を切り出した。
「お前さ、俺の守護天使、なんだよな?」
「そうだよ」
「なにから守護してくれるんだ?」
「え?」
アリィはまた目を丸くして、そのあと下を向き、
「う~ん……わ、わかんない……」
「そっか」
うーん、うーんと悩みに悩むアリィに、俺はまた話しかける。
「どうやって守護するんだ? SPみたいに、身を盾にするのか?」
「ううん、それはわかるから」
「?」
そう言うと、アリィは両手の平を自分の膝の上で上に向けた。
次の瞬間、ぽっ、と両手に光が生まれた。
「おっ?」
「えへへ、凄いでしょ?」
照れたようにアリィは笑っているが、俺はその両手に興味を引かれていた。
その光は淡い水色をしている。大きさはテニスボールくらいで、両手に1つずつ、計2つ。球体をとっていて、ふよふよと軽く上下しながら浮遊している。
そして、2つ同時に少しずつ形を変化させていく。
「……ああ、守護。守護な……」
その変形の最中、俺はだいたいの事情を察した。
それと同時に、光がぱしゃん、と消え、アリィの両手にがしゃむとおさまる。
「これがボクの『聖装』だよ」
「物騒な……」
無邪気に笑ってそれを弄ぶアリィに、やや危険臭感じないでもない。
「L」の字をとったような、銀光りするフォルム。2つともほぼ同じ形をしていて、誰もが映画やゲームで見たことあるであろうそのシルエット。
どこからどうみても、それは銃だった。
それも拳銃というサイズではない。あれだ。何かにそっくりだと思ったら、死神様の息子が使ってるあの2丁拳銃とそっくりだ。
「俺に死神様の武器を作れってか」
「?」
ああいや、と俺は適当にごまかした。
しかし、2丁拳銃をふるう守護天使とは……物騒なこった。せめて俺の周りで人殺しなんかしないようにと願いたい。
そんな期待とは裏腹に、我が守護天使は、
「はいコレ」
と、何かをこちらに差し出した。
「それがボクの『蒼穹』の腕輪だよ」
「……?」
何やら大層な名前のそれは、金色の細いブレスレットのようなものらしかった。
全体的に金属質で、それでいて何で出来てるんだ? と思うほど軽い。よく見ると一か所、水色で「ⅤⅠ」と刻まれているところが。
「ろく……? なんだこりゃ」
俺は怪訝にそういうと、アリィは両手の拳銃を右手で右回り、左手で左回りに一回転させながら、
「ボクのもってる『聖装』――天使の武器を、使役するためのものだよ」
この天使様は、俺に人殺しになれとおっしゃっていた。