1…拾った女の子は、非日常式爆弾でした。-Part11
いろいろあった16回目の誕生日の次の日の朝。私は日に日にまぶしくなる夏の日差しと、妙な窮屈さで目が覚めた。
「ん……」
昨日はいろいろあったなあ、と半覚醒状態の頭でぼんやり考える。
妙な先輩たちと会って、一緒に屋上でご飯食べて、たくさん流れ星見て、最後の方に天使を拾った。ま、だからといって何かが変わるわけでもなし。いつも通りの日常だ。今日も朝ごはん作って、学校で勉強しないといけない。
さて、がんばろー、と思って布団から起きようとすると、着ている服に何かが引っ掛かって上体を起こせない。
なんだろ? と思って目線を下にやる。……と、1人(1人?)の女の子が私と向かい合うような形で布団で横になり、すう、すう、と寝息を立てていた。
どうも、彼女が私の服にしがみついているらしかった。ていうか、昨日はきちんと別の布団に寝かせたはずだ。どうして私の布団に入ってきてるんだ。
きれいに整った顔立ちと、人のものとは思えない真っ赤な髪。大きな瞳は今はぴったりと閉じられ、息をする口だけが動いている。傍目からは人形、そうでなくても何か作りもののように見えるだろう。それほどまでに綺麗で、そして可愛い女の子だった。
ちなみにこの子の名前は、エルト。人間ではない、私の守護天使様である。昨日拾った。
見た目年齢は14歳程度。実年齢は不明。なんでも、神様なる存在から命令をその身に受け、私、三条星の守護天使として降臨なすったそうだ。
その天使が、私の服の裾を小さな手でつかんでいる。
「んん~……」
と、寝苦しそうな声を上げ、今度は私の右手に抱きついてくる。どうやら離れてほしくないようだ。駄目な子供か。
「ほら、エルト起きて。なんで私の布団にいるの」
「ん、んん~……」
「もう……」
肩をぽんぽん叩いて起こしてやろうとする。と、そこで気付いた。
顔がすごく近い。加えて、完全に真正面から向かい合っている。一歩間違えれば女の子どうしでキスしてしまうという、とんでもない場面に遭遇してしまう。16歳にしてファーストキスを女の子に、しかも天使にささげてしまうなんて嫌だ。人生が終わってしまう。精神的に。
というか、何で朝っぱらからキスのことについて考えないといけないのか。ここは早く守護天使様を起こしてしまおう、と体を揺すぶってやる。それが功を奏したか、ゆっくりとエルトは瞳を開いていく。
「……起きた?」
「ん……星?」
「ほら、早く起きて」
ん~、と目をこすりながら、ゆっくりと体を起こし、
「腹減ったなー……」
そんな事を呟きつつ、ふわ~っと浮かびながらリビングへと出て行った。実際に見れば凄い光景だ。私も頭ではありえない光景だということは理解しているけど、どういうわけか「ふーん、すごーい」程度の認識で収まっている。何が原因だろうか。もしかして私の頭はもう末期なのか。
即座にその考えを否定して起き上がると、隣には律儀にも綺麗に畳まれた布団が置いてあった。昨夜、エルトのためにと押入れをひっくり返して見つけた布団一式だ。
ますます不思議だ。エルトはわざわざ自分用の布団を畳んでまで私の布団に入ってきたことになる。何のために。
朝から自宅にてちょっとしたミステリーに首をかしげつつ、私は朝食の準備をしようと体を起こした。
○
よくよく考えてみれば、朝食も2人分必要なのだ。
これはさて大変だ。まあ単純に考えて分量を2倍にすればいいだけなのだけれど、実際には火の通る時間とか、材料を切る手間とか、いろいろなところで時間を食う。そして、食費も単純に2倍だ。これは先を見据えて考えると、意外と致命的なことかもしれない。
気付いてしまったが故の憂鬱。そんな気分に肩を落としながらも、エルトは私の心中を察してか否か、
「早くしてくれよーっ。ウチ、腹減ったよーっ」
などとのたまっている。殴ってやろうか。
とはいえ、腹減った、と発言するからには、人並みに食事をとるらしい。その辺は人間と一緒のようだ。
今日の朝食はお米と味噌汁、それからおかずが何点か。手抜きにしてはなかなかの量だ。
テレビをつけながらご飯を食べる。
いつも通りの朝だが、私の目の前に座っているエルトが、なんだか新鮮な空気を醸し出している。誰かと一緒の朝ごはんなんて、結構久しぶりだ。
天使と言う割に箸を上手に使ってご飯を口に運ぶエルト。
「んっ。美味いなー、星の料理! んー、んー」
「そ、そう? ありがとね」
「いやー、ホントに美味い。もごもご」
「うん、ありがとう。分かったからご飯食べながらしゃべんないでね」
そんなやりとりをしながら朝食の時間を終え、食器を片付ける。
と、ここで再び疑問。
私は今から学校に行く。なぜなら、私は高校生で、今日は休みの日ではないからだ。
では、エルトはどうするんだろう?
そう尋ねてみると、
「星の守護天使なんだから、家に残るわけねーだろっ!」
と思いっきり怒られた。理不尽だ。まあ天使だけに、存在すら理不尽だから仕方ないか。
「でもさエルト。浮かんでる女の子なんか見られたら、大騒ぎになっちゃうよ?」
「んっ? ああー、その辺は大丈夫」
相変わらずふよふよと浮かびながら説明を始める。
「ウチら天使ってのはさ、普通の人間には見えねーからさっ」
「普通の?」
「ウチらが見えるのは、同じように守護天使を持ってる人間。詳しく言うと『使役者』って奴らだけなんだぜーっ」
とのこと。つまりは、学校に連れて行っても、なんら問題は無いということだ。
「じゃ、学校行くよ?」
「うーい」
私は白の、エルトは紺のブレザーにそれぞれ身を包み、夏の朝を歩きだした。
そんな折、玄関でエルトが不意に尋ねた。
「なー星、ところで『がっこー』ってなんだ?」
「勉強するところ」
「たのしーのか?」
「全然?」
「何でそんなとこ行ってんだよ。つまんねーんだろ?」
「義務だからだよ。行く行かないじゃなくて、行かないといけないの」
「ふーん」
大して興味なさそうに返事をして、エルトは後ろ頭に両手を組んで、浮かびながらついてくる。
こうして、私と守護天使との日常が始まったのだ。
それはそれは、色々な人が絡み合う。
それはそれは、偶然に満ちて。
人と人とを結びつける……文字通り、天使との日常が。