1…拾った女の子は、非日常式爆弾でした。-Part10
「あっ、信じてねーだろっ? ひっでーなー」
と、言われましても。私は驚く前に呆れた。
いきなり綺麗な女の子が目の前に現れて「私はあなたの守護天使です。あなたを守るために来ました。よろしくお願いします」って言われたってね……はっ。
「むーっ。ちゃんと証拠だってあるんだぜー」
そんな私の様子が気に食わないのか、エルトというその女の子はぷっくーとほっぺたを膨らませてそんな事を言った。
「証拠?」
と私が聞き返すと、
「ああ、証拠だ。よっく見てろよなー」
と言って、エルトはトントン、と革靴を履いた足で地面を叩く。そして、不意にトッ、と地面を軽く蹴って、体が浮かび上がった。
これは別に不思議なことじゃない。要は軽くジャンプしているのと同じことだ。
だが、ここでおかしな点がある。
ジャンプして浮かび上がった体は、普通なら重力に従って再び地面に降り立つはずだ。ところが、彼女は、
浮かんだまま、落ちてこない。
「どーだーっ。これで信用しただろ?」
得意げに胸を張りながら、エルトはすいすいと両足を動かさないまま、つまりは浮かんだままでその辺を移動してのける。地に足をつけずについ~っ、と移動していくその姿は、なるほど天使っぽいな、と思った。
そんなとんでもない光景を見て、しかし私はイマイチ現実感がつかめずに、大して驚くようなこともなかった。
まあ、何かあるとは思ってたんだよね。
今日はいろいろとおかしなことがあった。口では否定しつつも、そんなこともあるんじゃないかな……と思っている自分がいたらしい。今回の脳内会議は、そちらの案が採用されているようだった。
「…………まあ、いいや」
なんだか諦めたような声が出た。いいや、もう。なるようになれ。守護天使がなんですか。むしろ、私を守ってくれる……ということなんだろうか? この物騒な世の中、通り魔とかから守ってくれるというのは確かに心強いかもしれない。
そう考えると、なるほどこういう状況も悪くはないと思った。
……と、不意に肌寒い感覚で我に返る。まだ真夏とはいえ、夜ともなると結構寒い。まして私は半袖なので、瞬く間にぶるぶると震えるほどになってしまった。
「ん、星、寒いのか?」
エルトはそんな私の様子を見て、心配そうに尋ねてくれる。なるほど、守護天使と言うだけあって、守護の対処である私に対しての気配りは忘れないらしい。ちょっとした優越感。
「と、とりあえず、私の部屋入ろ。話はそれから、ね」
「おうっ」
元気に返事をした私の守護天使様は、浮かんだままついてきた。夏だし幽霊みたいだな、とは思っても言いますまい。
○
カーペットに正座して天使がお茶をすすっている。
一見して可愛い女の子であるエルトがそれをするとかなり絵になっているのだが、彼女が天使だと知った瞬間にはいかんともしがたいシュールな光景になり果てる。
私はエルトをとりあえず部屋に上げると、「喉かわいたからなんか飲みてー」とのたまう守護天使様にお茶を出してあげた。今はカーペットの上の小さな机にちまん、と正座して、ずずずとお茶をすすっている。
一気に湯呑みをかたむけてお茶を飲み干したエルトは、ゴトリ、と湯呑みをテーブルに置き、最後に左手で胸の前で十字を切った。なんの意味があるんだろうか。
「で、ウチに聞きたいことがあるんだっけ?」
エルトは幼い印象の残る顔に笑顔を乗せて、そう切り出した。
そうなのだ。私はこんな得体の知れない(失礼だけどね)女の子を、理由も聞かずに家に置いておくわけにはいかないのだ。疑問の1つ2つは答えてもらう。
「えーっと、じゃあまず1つ目」
「おう、ドーンっと来い」
「あのさ、私の守護天使って言ったよね?」
「ああ、ウチは星の守護天使だぜ」
自信たっぷりにそう答えるエルト。しかして、その時点で1つ、疑問が浮かぶのだ。
「どうして私なの?」
「ん?」
「だからさ。どうして私のところに来るの?」
別に失礼な意味じゃない。ただ、わざわざ私みたいな一般人を守護するよりは、総理とか、そういう要人を守護するべきじゃなかろうか、と思う。
そんな私の疑問にエルトは再び困った表情を浮かべ、こう言った。
「わっかんねー」
「へ?」
「だから、分かんねーんだよっ。ウチはただ『三条星って人を探して、その人の守護天使として仕えなさい』って言われただけで……」
なんだそりゃ。アバウトな。
「と、ともかく。言われたって、誰に?」
あわてて切り返した私に、エルトはさも当然のように、
「神様に」
「………………………………………………………………」
「……なんだよその顔っ」
だって。
天使がいるなら、その上に神様がいる。……え、これって何? 常識かなんかなの?
「だからウチは、詳しいことなんかなーんも聞かされてねーんだよっ。とりあえず『星を守る』ってことだけははっきりしてるから、それには全力を注いでいくぜー」
「はぁ……」
ため息をつく。
どうやら状況を整理するに、エルトは私の守護天使になる、ということ以外は何も知らないらしい。つまり、これ以上は追及しても意味がないということだ。いくらこちらが聞きたいことでも、尋ねられる側が知らないのならば答えようがない。
と、ここで私は、エルトという女の子のことをさりげなく「天使」というトンデモ存在であることを受け入れている自分に気付いた。
はあ、なんかもう、いちいち気にするのもバカみたいだ。人間は環境に適応する生き物。
しばらくすれば、この状況も「当たり前」になっていくのだろう。
そう考えると、なんだか楽になった。今はいちいち考える必要がないからだ。よし、思考やめ。今日は寝よ。
そう思って立ち上がり、大きく背伸びをする。うっ……立ちくらみ。5秒くらいのクラクラした感覚ののち、私はまずシャワーを浴びようとお風呂場へと向かう。
「ん、星、何するんだー?」
「シャワー浴びて寝るの。……ん? というかエルト、あなたはここで寝泊まりするつもりなの?」
「え? そんなの当然じゃんかーっ。というわけで、しばらくここで世話んなるから、よろしくなー」
制服を脱ぎながら、そんな明朗な声が耳に入る。
はぁ、まあいいか。1人暮らしにも退屈していたし、賑やかになるだろう。ましてやあんなに可愛くて元気いっぱいな女の子なら。
私はそんな事をぼんやり考えて、後は何も考えずにシャワーを浴びた。
こうして、私と天使との邂逅は、あまりにもあっさりと、そして当たり前のように済んだ。
……ていうか眠い。早く布団に入りたいなあ……。