第十話 宮殿広場大騒動②
時は大乱闘が始まり、アイリスがカケルの様子を窺った後にまで戻る───
アイリスはカケルと話していたところ、ルイの蹴りをもらってしまい、再び剣撃戦へと場面が移行する。
(カケル、怪我してたし、本当はピンチなんじゃ…)
アイリスの思考にカケルの心配が漂い、離れない。
それもそのはずで、アイリスはカケルがサーラから受けた特訓の内容をほとんど知らない。ただ、姉から聞いたのは、「すこーし、だけ特訓した」という言葉だけだ。
アイリスの思考が少し戦闘から逸れるのを、ルイは見逃さない。
「何か考え事か?懐ガラ空きだぞ?」
「いっ…!」
ルイの右フックがアイリスの腹部に突き刺さる。
──『物理攻撃耐性上昇III』
が、アイリスは優れた瞬発力で咄嗟に『能力上昇』で、ダメージを軽減する。
「…ったいわね!」
「君がいらぬ思考をしてたからだろ?どうせ、あの下民のことでも考えてたに違いないけど」
「…」
アイリスはあまりにも的をいる指摘で何も言い返せなくなる。
ルイの言うことは正しい、戦いの中で他のことに意識を向けるなど自殺行為だからだ。
「もっと私を楽しませろよ?二年前と違って、な!!」
キンッッッ!!
ルイが視界から消え、アイリスの後方から白銀の剣が襲う。
ただ、アイリスもそれは予測していたので、軽く剣で受け流し、反撃でルイを蹴り飛ばす。
「さっきのお返し」
「はっ、そんな脆弱な蹴りで私は倒れたりしないぞ?」
その後も、ルイは攻撃しては『瞬間移動』、そして攻撃と、繰り返しアイリスを痛ぶるように襲いかかる。
徐々にアイリスの綺麗な服にも傷がつき始める。
彼女は、白のハイネックに黒のショートジャケットを羽織っており、ジャケットの縁にあしらわれた白いラインが、全体の印象をキリっと引き締めている。
目を引くのは、鮮やかなロイヤルブルーのミニスカートで、フロントに並んだ金色の飾りボタンが、どこか制服のような気品を漂わせていて高級感があった。
その服に傷がついたことにアイリスは少し顔をしかめる。
これは最近買った服であり、アイリスのお気に入りだったからである。
(こんな戦闘になるなら着てこなきゃよかった…)
ルイの攻撃はそれを感傷に浸ることすら許さない。
「へー、案外耐えるんだね?前は『瞬間移動』に手も足も出なかったのに」
「そうね、私は成長してるから。あなたと違って」
「チっ、あの何もできなかった雑魚が!」
予想外の皮肉が返ってき、ルイの眉根が深く寄る。
実際にルイとアイリスは二年前に戦っている。
その時のアイリスに勝てるものは同世代の者でいなかった、というか年上でも勝てる者は少ない、そのぐらいにアイリスは強かった。
魔王を倒した英雄:サーラ=ルミエールの妹といえば誰もがその強さに納得する、
“才能”があるのだと。
しかし、二年前突然現れた、無名の青年:ルイ=サルバートに成す術なく破れてしまった。
攻撃を一回も当てることすら叶わずに・・・。
しかし、今のアイリスは『瞬間移動』のある“特性“に気づいていた。
瞬間移動する先で、微かに神素力が揺らいでいる──
常人には気づくことができないほどの小さな変化。
それに気づくアイリスの観察眼のセンスが光っていた。
そこにアイリスの強さが現れている。
カケルのように一般人からして見れば、突然消え、どこに現れるのかもわからない相手の攻撃を防がないといけない、という無理難題。
ただ、瞬間移動する場所さえわかれば、対策は練れるというもの。
アイリスはその小さな“揺らぎ”を感知、そして予測して防御、を徹底する。
その戦闘センスで、アイリスはルイとの戦いを成立できていた。
だが──
(だけど、これじゃ私が攻撃できなくてジリ貧で負ける…、)
それも現実であった。
攻撃が当たらなければ勝とうにも勝てない。
加えて、攻撃することにアイリスの性分が邪魔をしていた。
大怪我をさせたくない。
アイリスの優しさゆえの思いだろう。
普通に考えて、このルイのアイリスにした暴言や暴力を考慮すれば、ルイを痛い目に合わせてもいいと思うが、アイリスの優しさはそれを許さない。
ルイは本気でアイリスを殺そうとしてないことは、痛みつけて楽しむ様子から容易に分かる。
ただ、アイリスは、本気を出せば勝てる可能性は十分にあると踏んでいた。
それは、もう一つの“特性”に気づいていたからで───
アイリスとルイの攻防が激しさを増していたその時、突然二人の剣が止まった。
カケル達が戦っている方角から、膨大な神素力の乱れを察したからだ。
「あれは…『神素魔法』!?」
細型が展開する魔法陣に驚きを隠せないアイリスが叫ぶ。
「あいつら…あの下民に使うほどでもないだろうに。というかアイツも能力持ちか、だが、あの石ころじゃ死ぬだろうな」
「ルイ!あれを止めて!!このままじゃカケルが死んじゃう!一般人相手に『神素魔法』なんてやりすぎよ!」
「別に死んでも構わないさ、俺にあんな恥をかかせたゴミなど」
「っっ!」
アイリスはルイを無視してカケルの方へと駆け出す。
だが、それをルイが許さない。
「邪魔するのは野暮だろ?私たちは私たちで戦わないと」
アイリスの前に瞬間移動してきたルイが立ちはだかる。
「…どいて、これ以上は見過ごせない」
アイリスの瞳から温度が消える。白銀の剣の腹を指先でなぞれば、そこから爆発的な橙色の炎が噴き出し、刀身を陽炎のように包み込んだ。
アイリスの本気だった。
「やっと本気の目、か」
ルイもまた、その圧に応えるように剣を掲げると、不可視の神素力が刃に収束し、純白の燐光が剣を覆った。
──『移動速度上昇IV』
アイリスは、地を蹴り、全速力でルイへと走り出す。
その速度は、魔獣と戦っていたカケルよりも数倍速い。
「全力でお前を潰す!!一生『英雄のなりぞこない』として生きろ!」
ルイが完全なる勝利をし、アイリスという『才能』を否定するために──
ルイの咆哮。アイリスの刃が届く直前、ルイの姿が掻き消える。
次の瞬間、アイリスの死角――その背後の空間に、ルイが冷笑と共に現れた。
「もらった───は?」
勝利を確信したはずのルイの視界が、赤く染まる。
振り下ろされるはずだったルイの剣より早く、アイリスの炎が彼の胸元を真横に斬り裂いていた。
予想外の痛みに襲われ、地面に膝をつく。
胸元の斬り裂かれた傷から紅の血が地面に滴る。
(フェイント…???)
ルイが今起きたことに気づいた。
前方への突進はフェイント。アイリスは、ルイが「背後を取る」という選択をすること、そしてその「出現位置」を完璧に読み切り、後ろ向きのまま最短の軌道で刃を逆流させたのだ。
全て読まれていた。
「クソ、尼ぁぁ…!!」
威勢も虚しく、地面に倒れ込むルイ。
アイリスは即座にカケルを助けに向かうが・・・一歩遅かった。
「っカケルーー!!」
降り注ぐ光の雨の雫が、カケルを貫いた。
*
そして現在──
透き通るような蒼海色の髪、しなやかに流れるミディアムショートの美青年が、倒れるカケルの前に立ち、広場を見渡すその青い双眸は、宝石のように澄み渡りながらも、鋭い光を宿していた。
その瞬間、世界から音が消えた。
広場にいる全員の動きが止まり、広場に静寂が訪れる。
誰もが、その青髪の青年の圧倒的なオーラに息を呑んだからだ。
「……ひどいな」
青年の、慈愛と静かな怒りが混じり合う声が、静まり返った広場に木霊した。
次回第十一話『始原ノ青』です!
お楽しみに~




