兆し
二〇一五年七月二十日
皇衛会に加入して三か月ほど経ち、私は隊内に賛同者を増やしつつあった。
あくまでも「国を憂い、こう考える」という建前で、下士官、兵達に思想を浸透させていく。一方で、現代の若者と形容せざるを得ないような無関心な兵も多かった。だが地道に勉強会と宴会で説き続け、いまや中隊内の大多数の者が皇衛会に理解を示すまでになった。
その夜、勉強会を終えて幹部官舎へ戻る途中、私のスマホが震えた。
画面を見ると高橋大佐からだ。慌てて通話を押す。
「正木大尉、すまないが今すぐ陸軍会館に来てくれ。緊急事態だ」
それだけ告げると、高橋大佐は電話を切った。何が起きたのか見当もつかない。私はタクシーを捕まえ、陸軍会館へ向かった。
会議室へ入ると、電話に怒鳴り散らしている林憲兵大尉の姿と、中央で腕組みをして天を見つめる矢田中佐が目についた。
渡利少佐が寄ってきて、耳元でささやく。
「メンバーの武田軍曹が、公務執行妨害で小岩警察に逮捕された」
私は絶句し、渡利少佐を見つめる。
渡利少佐はさらなる事実を告げた。
「武田軍曹は皇衛会の秘書官役だ。今日も習志野で会合を行って、その帰りだったらしい。恐らく書類や端末も抑えられた。まずいことに、最近は警察の目を避けるため私服で会合に参加していたらしい。それで職質だ」
「なぜそれで逮捕に……」
「私服で拳銃携行。おまけに皇衛会の情報を持っている。荷物を見られるとまずいと思ったんだろう。職質を拒否して警官を振り払った」
林大尉は、受話器の向こうへ怒鳴り散らしていた。
「帝国軍人を逮捕するとは何事か!軍人の身柄は憲兵隊に引き渡すのが筋だろう!今すぐこちらに――!」
高橋大佐が林大尉から受話器を取り、静かな声で警察に告げる。
「統合参謀本部の高橋だ。私服での拳銃携行に公務執行妨害――警察の言い分が最もなのは認める。しかし陸軍にも陸軍の面子がある。悪いようにはしない。ひとまず身柄の引き渡しを……。……うん。うん。承知した」
電話を切った高橋大佐が席へ戻ると、メンバーもそれぞれ手近な席に腰を下ろした。
室内の空気が、さきほどより重い。
「いま小岩警察の刑事課長と話をした。ひとまず本庁に伺いを立てるので時間が欲しいとのことだ。だが武田軍曹は、メンバーの一覧に触れている。ということは――正木大尉がメンバーだということも露呈したはずだ」
私の背筋が冷えた。
公安が正木を監視している、という噂が頭をよぎる。
「我々にはもはや猶予はない。矢田中佐。蜂起計画は始動する。進めてくれ」
「わかりました。隊内で準備を進めます」
「諸君。事ここに至っては致し方ない。我々の理想を実現するには、足を止めてはならない。諸君らの奮励努力に期待する。」
ここに、武装蜂起と警察との対決が決定した。
渡利少佐がぽつりとつぶやいた。
「……しかし、こう急では何の準備もできませんな。我々が即応できるのは二個中隊が限界だ。」
高橋大佐は、答えなかった。
答えられなかったのかもしれない。
私は懐の懐中時計に触れる。
同志の証が、冷たくそこにあった。
――鼎の軽重を問う。
軽重を問うべきは、敵か味方か。
それとも、この国そのものか。
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