盃
二〇一五年四月五日
その日、私は直属の上官である第一大隊長、矢田中佐に勉強会に呼ばれていた。なんでも国を憂い行動する陸軍士官の集まりらしかった。訓練を終え、会合場所に指定された陸軍会館の会議室に入るとそこには第一近衛騎兵師団、第一航空団、憲兵隊市ヶ谷屯地の士官達が勢ぞろいしていた。
「来たか、正木。とりあえず空いているところに座ってくれ」
「遅れて申し訳ありません、矢田中佐」
「それじゃあ始めようか。正木大尉は初めてだからこの勉強会の目的と参加者の紹介をしよう。まずこの勉強会だが皇衛会という。この会は昨今の中国の挑発行為、また政府の弱腰な外交を憂い、陸軍内の若手士官が集まってできたものだ。また我々はいやしくも皇軍であり統帥権は陛下にお返しするべきものと考えている。以上がこの会の要旨だ。」
なるほどこんな組織が部内にあったのかと思う私は存外冷静だった。矢田中佐の普段の右翼的な言動からして、今日私が呼ばれたのは「見込まれた」ということなのだろう。この会の思想は極めて危険だ。しかしながら抗いがたい魅力がそこにはあった。私も考えていることは同じようなものだったからだ。
「それじゃあ階級順に参加者の紹介をしよう。」
考え込んでいる私をよそに矢田中佐の話は進んでいく。
「まずこの会の会長の高橋大佐、統合参謀本部で対中国を担当しておられる。それから渡利少佐、君もよく知っている通り我が近衛騎兵師団の第一戦車大隊長だ。それから林憲兵大尉、憲兵隊の市ヶ谷屯地の分隊長だ。」
それから何名か尉官クラスの紹介が続き勉強会と称した過激派の会合は始まった。そこで話されているのは文武両面からの政府転覆計画であった。文官の切り崩しは存外難しいらしく、会の中では武装蜂起が主流派となっていた。私は正直身震いがした。この計画が成功すれば、戦中のような、栄光ある皇軍である帝国陸軍が帰ってくると思えたからだ。私は今すぐにでも蜂起すべきだとさえ思えた。しかしなかなかそうはいかないらしい。それまで黙っていた矢田中佐がやにわに問いかける。
「林大尉、桜田門は最近どんな感じだ?」
「どうも最近は機動隊の銃器対策部隊の増強を加速しているようです。表向きは昨今増えている凶悪犯罪への対応としていますが、潜り込ませた諜報員の話によれば我々の動きに感づいているようで。」
「我々の計画の唯一の障壁は桜田門だ。やはりそこについては綿密な計画が必要になるだろう。」
桜田門・・・警察局の連中は鼻が利くらしく皇衛会は調査対象になっているらしい。最近では機動隊もかなり実戦的な部隊となりつつあるようで機械化歩兵ならまだしもただの歩兵では一掃される可能性すらあるようだ。メモを取りながら思考を巡らせていると高橋大佐がこちらに獅子を思わせるかのような目を向け語りかけてくる。
「正木大尉、君を呼んだのはほかでもない桜田門に対抗するためなんだ。」
高橋大佐の口から出てきた言葉は想定外の言葉だった。
「私を呼んだのが警察局に対抗するためとはどういうことでしょうか?」
「ここにいるメンバー達はほとんど全員公安に監視されているんだ。君は新参だし陸軍内でも評価の高い若手士官だ。しかも桜田門との人事交流で公安に出向した経験もある。我々が公安の、そして桜田門の裏をかくのにまさにうってつけというわけだ。」
「なるほど・・・しかし私は公安では中国のスパイ対策にあたっていたので情報などはありませんが」
「公安のやり口は知っているだろう?監視対象とならないよう、仮に対象となったとしてもその目を欺く、それを求めているんだ」
私はしばし考え込んでしまった。公安のやり口、確かによく知っている。しかしそれはあくまで外国のスパイへの対応方法だ。国内の過激派への対応方法とは似て非なるものだろう。私はこの重責をしっかり果たすことができるだろうか・・・。しかしその考えはすぐに霧散した。この国を変えるにはできるできないではない、やるしかないのだ、と。
「わかりました。この身に変えてもその任務やり遂げます。」
「よし、矢田中佐、正木大尉に時計を」
矢田中佐に渡されたのは銀色の懐中時計だった。鼎の軽重を問う、と裏には刻んであった。
「それは同志の証だ。それじゃあ正木大尉の仲間入りを祝して盃を」
いつの間にか用意された盃を受け取りながら思う。鼎の軽重を問うとは・・・。皇衛会にふさわしい故事ではあるがあまりにも直接的だ。ふと笑いそうになるのを抑えて私は盃を飲み干した。
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