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声で割れる帝国—帝都蜂起から琉球独立へ—  作者: ろーむ
第一章 帝都蜂起

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裂け目の名

二〇一五年八月十六日 午前二時四十五分 帝都・警務庁臨時留置施設(第二戒線外)


確保された“回収班”の男は、驚くほど普通の顔をしていた。

機動隊が押し倒し、腕を捻り、拘束具を締め上げても、悲鳴ひとつ上げない。抵抗しないのではなく、抵抗の仕方が「決まっている」人間のそれだ。


湯川警視正は、男の靴紐を見た。

靴紐が、やけに新しい。新品の均一な黒さ。夜の煤に染まりきっていない。


(現場の人間じゃない。——現場へ“出された”人間だ)


護送された男は、取調室の椅子に座らされ、照明の輪の中に置かれた。

周囲は無言。怒号も殴打もない。今日はそういう時代ではない。

今日の武器は、声と紙と符号だ。


「名前」


湯川が問うと、男は静かに笑った。


「名前が欲しいのか。警察らしい」


「欲しいのは名前じゃない。線だ」


湯川は机の上に、回収した紙束を置いた。

あの筆文字――琉球王国復古。南西の門。帝都の正統は偽り。


「これを誰が書いた」


男の視線が、紙の上を滑る。

一瞬だけ、瞳孔が縮む。——反射だ。読んでしまった人間の反射。


「……よく出来てる」


「質問に答えろ」


男は肩をすくめた。


「答えたら、俺は死ぬ。答えなくても、俺は死ぬ。なら——」


男が口の中を動かした。

噛む動きだ。


取調室の空気が一瞬で張る。

だが湯川は目線だけで合図し、部下が男の顎を押さえた。口元に触れさせない。

今日、帝都は“死に逃げ”を許さない。


男は諦めたように鼻で笑った。


「……用意がいいな」


「用意がいいのはそっちだろ。偽の移送符号、偽の警務庁命令、偽の認証復唱」


湯川は淡々と言った。


「本物に寄せる癖がある。——癖は、組織だ。組織の名を言え」


男は答えない。

答えないが、その沈黙の質が変わった。

(ここから先は“言うな”と言われている沈黙だ)


湯川は視線を横にやった。


壁際に立つ男――歌川正輝巡査部長。

本来なら取調室に立つ立場ではない。捕虜であり、敵側の基地から来た男だ。

だが今夜の帝都には、平時の立場など役に立たない。


歌川が一歩出た。声は低い。


「お前、現場慣れしてない。だが符号と手続きには慣れてる。……運用側だな」


男の視線が歌川へ移る。

その移り方が、苛立ちではなく「警戒」だった。


歌川が続ける。


「書類が作れる。制服が用意できる。命令の“声色”が分かる。——内務省か、兵部省か。どっちだ」


男が笑う。


「お前、桜田門の犬のくせに、鼻が利くな」


湯川の眉が僅かに動いた。

“桜田門の犬”。言葉の選び方が、過激派の罵倒ではない。

機関同士の軽蔑だ。内部の言葉だ。


湯川は、机の引き出しから一枚のカードを出した。

回収班の男が落とした身分証――偽装のはずのもの。だが偽装にも“基材”が要る。


カードには、役職名。印影。

そして、微妙に歪んだ活字。


「この印影、正規台帳と一致しない。……“一度正規で押してから、上書きしている”」


男の表情が、初めてほんのわずか崩れた。

崩れたのは恐怖ではない。計算の破綻だ。


湯川は言う。


「内側に印鑑がある。——それも、正規の机の上に」


男は、黙る。

黙るが、黙りきれない呼吸になる。


歌川が追い打ちをかけた。


「お前らの目的は、武田軍曹の奪取じゃない。武田に辿り着く“前”に、こっちの内部洗いを遅らせることだ。回収は時間稼ぎ。——本命は南西だ」


男が吐き捨てる。


「……知ったふうな口を利くな。南西は、もう“民意”だ」


「民意?」


湯川が低く返す。


「民意は紙で作れない。——作れるのは“空気”だけだ。お前らは空気を作ってる」


男は、初めてはっきり言った。


「空気は作れる。帝都で学んだだろ。偽の声一つで、街は割れた。——次は島が割れる。割れたら終わりだ」


湯川は身を乗り出した。


「島の名を言え」


男は一瞬迷い、そして笑った。

笑いながら、わざと優しい声で答えた。


「……琉球」


取調室が冷えた。

言った。言ってしまった。


湯川は即座に命じた。


「録音保存。全文。——よし、今の一言で十分だ」


男が目を細める。


「十分?」


「十分だ」


湯川は立ち上がった。


「お前が“琉球”と言った瞬間、お前の上は動く。動けば尻尾が出る。灰刈りは、火を追うんじゃない。——煙の向きを追う」



午前三時二十分 市ヶ谷基地・兵部省陸軍局 仮設連絡室


正木彰大尉の手元の無線が鳴った。短く二回。

歌川からだ。


『確保した回収班が“琉球”と言った。内側の線が動く。——お前の側も揺れるぞ』


正木は返事をする前に、窓の外の暗闇を見た。

市ヶ谷は要塞だ。だが要塞の内側ほど、裏切りは深い。


「了解」


それだけ返し、受話器を置く。


その瞬間、扉が乱暴に開いた。


入ってきたのは渡利少佐だった。第一戦車大隊長。

顔色が悪い。悪いが、怒りの悪さだ。


「正木! 聞いたぞ。警察と連絡を取っているそうだな」


正木は立ち上がらない。座ったまま言った。


「取っている。必要だからだ」


「必要? 必要なのは武田の奪還だ!」


渡利は机を叩いた。拳が固い。


「武田を握られれば名簿が漏れる。漏れれば皇衛会は終わる。——だから今夜、護送を襲うべきだった」


正木の声は冷たい。


「襲えば、統一戦線の思う壺だ」


「統一戦線、統一戦線……お前は便利な敵を作って、決起の責任を曖昧にしているだけだ!」


渡利が吐き捨てる。


「警察に怯えているのか? それとも、お前の“公安仕込み”が、心まで桜田門に寄ったか?」


その瞬間、正木の目が僅かに鋭くなった。


「怯えているのはお前だ。武田が喋るのが怖い。名簿が漏れるのが怖い。——怖いのは分かる。だが怖いからといって、目を閉じたまま突っ込めば死ぬ」


渡利が一歩詰める。


「ならどうする」


正木は言い切った。


「武田を“奪う”んじゃない。——武田を“生かして、喋らせる場所をこちらが握る”」


「喋らせる? 警察に?」


「違う。統一戦線にも警察にも奪われない場所にだ。——皇衛会の外に」


渡利の顔が歪む。


「外?」


正木は静かに言った。


「……海軍だ」


渡利が息を呑む。


「ふざけるな。海軍は我々を削ぎたい側だ!」


「だからだ」


正木は淡々と続ける。


「海軍は“皇衛会の勝利”を望まない。だが“統一戦線の勝利”も望まない。——三つ巴なら、海軍に預けるのが最も安全だ」


渡利は笑った。笑い声は乾いている。


「お前、狂ってる」


「狂ってるのは、この帝都だ」


正木は椅子から立ち上がり、渡利の目を見た。


「今、皇衛会は一枚岩じゃない。——“勝ちたい奴”と、“正しいまま死にたい奴”と、“利用したい奴”がいる」


渡利の拳が震えた。


「誰が利用したい」


正木は答えない。

答えないことが、答えだった。


渡利は唇を噛み、背を向けた。


「……高橋大佐に報告する。お前のやり方は危険だ」


正木は短く返した。


「報告しろ。——報告されることも計算のうちだ」


渡利が出て行く。

扉が閉まった瞬間、正木は小さく息を吐いた。


(割れ目が、表に出た)


皇衛会は裂け始めている。

裂け目に統一戦線が指を入れれば、そこから簡単に割れる。



午前四時〇五分 軽井沢指揮所


伊地知警務庁長官の前に、新しい録音記録が置かれた。

回収班の男の声。

「琉球」。

その一語だけで、室内の温度が変わる。


佐々木海軍中将が言った。


「南西が本命だな」


総理が呟く。


「帝都が落ち着けば落ち着くほど、南が燃える……」


伊地知は頷いた。


「だから帝都編は終わらない。帝都の“正統”を固定しなければ、琉球王国は正統の空白に立つ」


官房長官が問う。


「固定とは、具体に?」


伊地知は迷わず答えた。


「内通線の摘発。偽符号の根を抜く。——そして、武田軍曹を生かしたまま、どこにも奪わせない」


総理が顔を上げる。


「生かす? 危険では」


「危険です」


伊地知は淡々と言った。


「だからこそ、最も価値がある。武田は皇衛会の名簿であり、統一戦線の餌です。餌をこちらが握れば、釣り糸が見える」


佐々木中将が低く笑った。


「……警務庁は釣りが上手いな」


伊地知は笑わない。


「釣りではありません。——解剖です。帝都という身体から、寄生虫を抜きます」


窓の外が、うっすら白み始めていた。

朝が来る。

だが朝は救いではない。

朝は、昨日の嘘を“事実”にしてしまう。


伊地知は命じた。


「帝都『灰刈り』継続。——次は“根刈り”に移る。内務省内部、兵部省内部、双方を洗う。公安部も刑事部も生安もありとあらゆる部署の残存の捜査員を全部突っ込め」


そして、付言するように言った。


「皇衛会の裂け目が広がる前に、統一戦線の指を折る。——東京を、これ以上割らせない」

お読みいただき、ありがとうございます! 今後の帝都の物語の展開を楽しみにしていただければ嬉しいです。 作品の応援(ブックマーク、評価、レビュー、感想、シェア)は、物語を描き続ける上での大きな力となります。ぜひ、今後ともよろしくお願いいたします。

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