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声で割れる帝国—帝都蜂起から琉球独立へ—  作者: ろーむ
第一章 帝都蜂起

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影の回収

二〇一五年八月十五日 午後十時四十五分 帝都・護送襲撃現場


バリケードの工事車両は、まだ横倒しのままだった。

フロントガラスに弾痕。路面に散った薬莢。破れたタイヤ。焦げたアスファルトに、血が乾きかけている。


湯川警視正は、現場の端でしゃがみ込み、薬莢を指先でつまみ上げた。

警察の鑑識が持ってくるいつもの黄色い袋に入れる動作が、今日はやけに遅い。


「……九ミリじゃない」


呟くと、隣の銃器対策が即答した。


「はい。口径が違う。国内流通の多い弾とも違います」


湯川は薬莢の刻印を見た。

記号が、妙に整っている。整いすぎている。工業製品の冷たさだ。


「“陸軍が撃った”っていう筋にしたい奴がいる」


湯川が言うと、部下の顔が強張る。


「皇衛派が?」


「違う。皇衛派なら、もっと荒い。……これは“見せるための銃”だ」


現場の隅では、護送車の後部座席から引きずり出された武田軍曹が、膝をついたまま拘束を追加されていた。口のテープは剥がされ、代わりに口枷が装着される。

喋らせない。喋らせる前に、喋れないようにする。


「……武田は?」


湯川が聞く。


「生きてます。負傷なし。——落ち着きすぎです」


「落ち着いてるんじゃない。計算してる」


湯川は武田軍曹の目を見た。

軍曹の目は、救援に期待する目ではない。救援を“使う”目だ。


湯川は小さく指を動かし、部下を呼んだ。


「武田を“移送し直す”。今度は行き先を二重に偽装する。車列は二つ。どっちに本物を乗せるかは、俺と東京本部だけが知る」


「了解」


「それと——」


湯川は現場の薬莢をもう一つ拾い、掌の上で転がした。


「襲撃側の撤退が綺麗すぎる。煙も残さない。死体も残さない。……“回収”だ。あいつらは“物”を取りに来てる。武田か、武田の持ってる情報か、あるいは——」


湯川は視線を上げ、護送車の後部ドアを見た。

そこに貼られた、剥がれかけの紙片。


配送ラベルみたいな紙。番号。

そして、薄い赤い印。


「……印?」


鑑識が覗き込み、顔色が変わった。


「警視正、これ……内務省の正式な移送符号じゃないです。似せてるけど、字の癖が違う」


湯川は唇を結んだ。


偽の符号。偽の命令。偽の声。

偽物が正統の皮を被る。その皮が剥がれた瞬間に、現場は血で滑る。


湯川は立ち上がった。


「東京本部へ上げろ。——“偽の移送符号”が混じってる。内部に線がある」



同時刻 市ヶ谷基地・兵部省陸軍局地下 臨時尋問室


椅子の脚が床を擦る音だけが、部屋に響いていた。

手錠。目隠し。

捕らえた“偽憲兵”は、いまやただの男になっている。


正木彰大尉は、男の前に立ち、淡々と問いを投げた。


「所属」


男は答えない。呼吸だけが荒い。


歌川正輝が壁際で腕を組み、空気の揺れを見ていた。

公安の癖だ。相手が口を開く前の“気配”を拾う。


正木が言う。


「服毒は封じた。——死ねない。なら喋れ」


男が鼻で笑った。


「……喋らせる気か。皇衛派が、警察の真似事を」


正木の表情は動かない。


「真似じゃない。必要だ」


歌川が口を挟む。


「必要なのは、名だ。コードだ。担当区域だ。——お前らの国内ネットワークは、誰が“支点”だ?」


男の呼吸が一瞬止まる。

止まった瞬間に、歌川は確信する。


「……支点があるな。単独じゃない。基地内放送を噛ませるには、内部の協力者が要る。——憲兵か、通信兵か、それとも」


男が薄く笑う。


「“それとも”を言うな。……言えば、お前が死ぬ」


正木が机を叩いた。軽い音。威嚇ではない。リズムだ。


「脅しは不要だ。必要なのは事実だけだ。——南の門とは何だ」


男の口元が動いた。

ここで、歌川は相手が“喋る準備”をしたと読む。


「南は——」


男が言いかけた瞬間、部屋の蛍光灯が一度だけ瞬いた。

瞬いたのではない。電圧が落ちた。供給が揺れた。


次の瞬間、廊下の外で爆音。


ドン。近い。

尋問室のドアが震える。土埃が落ちる。


「——ちっ」


正木が舌打ちした。感情が出たのは初めてだった。


歌川は即座に動く。


「妨害だ。喋らせないための妨害。——ここを狙ってる」


正木が扉へ向かい、憲兵に叫ぶ。


「警戒線を引け! この区画に入れるな! 通信室、確保しろ!」


廊下が騒がしくなる。

だがその騒がしさの中で、男が笑った。笑い声は小さい。だが確実に聞こえる。


「……ほらな。喋らせない。——帝都で、回収が始まった」


歌川の目が細くなる。


「帝都で?」


男は答えず、視線だけで“北”を示す。

北ではない。帝都の方角だ。


正木が戻ってきて男の襟首を掴んだ。


「回収とは何だ」


男はゆっくり言った。


「……喉を取る。声を取る。名簿を取る。——そして、島を取る」


島。

また島だ。


歌川は息を吸い、吐いた。


沖縄。

南西。

琉球。


この男の背後には、帝都の混乱を踏み台にして“別の正統”を立てる計画がある。


正木が低く言った。


「誰が命令している」


男は、初めて“誇る”ような声を出した。


「命令? 命令じゃない。——“流れ”だ。帝都が割れれば、誰でも乗れる流れだ。俺たちはそれを作る」


歌川が言った。


「作るために、偽の勅令を流した。偽の憲兵を作った。偽の移送符号を混ぜた。……全部、線で繋がってる」


男は黙る。

黙るが、黙り方が“肯定”に近い。


正木が決めた。


「歌川。帝都の護送を狙ってる。——お前の線で、東京本部と繋げ。襲撃の再発を潰す」


歌川は一瞬迷った。

自分は捕虜だ。敵側の基地で命令を受け、桜田門へ繋ぐ。

だが迷いは一瞬で終わる。


「……繋ぐ。ただし条件がある」


正木が見た。


「武田軍曹を生かせ。——そいつが喋れば、皇衛会の核も、統一戦線の線も、両方剥ける。殺せば、闇しか残らない」


正木は短く頷いた。


「生かす。——その代わり、俺の核も剥ぐことになる。覚悟して言ってるな」


歌川は笑わなかった。


「覚悟なんて、今日は全員がしてる。してない奴から死ぬ」


正木は無線機を渡した。


「繋げ」



午後十一時三十分 軽井沢指揮所


伊地知警務庁長官の前に、新しい報告が積まれる。


護送襲撃:偽の移送符号混入


市ヶ谷:尋問妨害の爆破、工作員が「回収」「島」「南の門」を示唆


帝都:狙撃・ジャミングの手口が組織的


伊地知は、紙を一枚ずつ捲り、最後に顔を上げた。


「……“回収”だな」


総理が問う。


「回収とは?」


佐々木中将が先に答えた。


「戦争の言葉じゃない。作戦の言葉だ。——必要な物だけ持って帰る。残りは燃やす」


伊地知が頷く。


「そして回収される“物”は、兵器ではない。人と情報だ。——国内の支点が洗われる前に、支点を移す」


総理が言葉を探す。


「……南西へ?」


伊地知が短く言った。


「そうだ。帝都が沈静するほど、南西が立つ。——だから帝都編は終わらない。帝都を治す過程が、そのまま南西の戦争の準備になる」


窓の外は夜。

軽井沢の夜は静かだ。だがその静けさは、帝都の血と交換に手に入れた静けさだ。


伊地知は命じた。


「帝都、統制を一段上げる。偽符号が混じった以上、内部洗いが必要だ。——同時に、南西方面の“復古”宣伝を遮断。電波を、二度と奪わせるな」


佐々木中将が頷いた。


「艦を回す。だが帝都の喉が締まらない限り、艦は動けん。——まずは東京だ」


伊地知は目を細めた。


「まず東京。——そして東京で“正統”を固定する。固定できなければ、琉球王国は旗になる」


旗。

旗は、人を集める。

人が集まれば、戦争になる。

お読みいただき、ありがとうございます! 今後の帝都の物語の展開を楽しみにしていただければ嬉しいです。 作品の応援(ブックマーク、評価、レビュー、感想、シェア)は、物語を描き続ける上での大きな力となります。ぜひ、今後ともよろしくお願いいたします。

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