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声で割れる帝国—帝都蜂起から琉球独立へ—  作者: ろーむ
第一章 帝都蜂起

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正統の声

二〇一五年八月十五日 午後七時一〇分 渋谷・放送会館


送出室のスピーカーが沈黙してから、館内は奇妙に静かだった。

銃声も怒号も、壁の向こうへ薄れていく。代わりに聞こえるのは、空調の唸りと、床に散ったガラスを踏む靴音だけ。都市の心臓部を取り返した実感は、拍手ではなく“雑音が消える”形で来た。


湯川警視正は、汗と煤の混じった手で無線機を握り直した。


「東京本部、こちら現地指揮。送出は停止、交換機確保、回線復旧可能。——正規放送に切り替える準備、進める」


返答はすぐ来た。だが、その声がいつもの“東京本部”の声に聞こえない。

ひずみがある。疲労か。混線か。あるいは——。


「現地了解。正規放送は軽井沢より原稿到着次第。認証符号、厳守。繰り返す、認証符号、厳守」


湯川は舌打ちを飲み込んだ。

認証符号。今日ほど、その言葉が重い日はない。偽勅令に踊らされた帝都で、今度は“本物の声”が必要だ。だが本物の声は、偽物が最も真似したい声でもある。


送出室の隅で、顔面蒼白の技術主任が震える指で配線を繋ぎ直していた。放送局員だ。いまこの建物で一番“武器”を持っているのは彼らかもしれない。


「……警視正、これ、行けます。回線、生きてます。ただ——」


「ただ?」


主任が唇を噛んだ。


「送出を戻した瞬間、また乗っ取られる可能性がある。中継点がどこまでやられてるか、全部は確認できてません」


湯川は頷いた。

確認できないなら、前提にするしかない。


「なら、喉を押さえながら喋る。——海軍は?」


背後で青灰色の装具の男が一歩出る。陸戦隊の士官だ。


「屋上と非常電源、確保済み。建物内の不審者は一掃した。——だが外の狙撃はまだいる。送出を戻すなら、こちらも“戻る瞬間”を守る」


「守れ。……その代わり、撃ち合いにするな」


士官は短く頷いた。


「撃ち合いにしたら、こっちの負けだ。理解してる」


理解しているのが怖い。

戦場の理解は、たいてい“遅れてくる正しさ”だからだ。


湯川は、部下に目配せした。


「銃器対策、廊下を固めろ。公安、館内の名簿を押さえろ。——生き残りの工作員がいれば、最初に向かうのは送出だ」


部下が走る。

その背を見送りながら、湯川は思う。


声を取り返す。

それは“戦車を倒す”より難しい。倒した戦車は黙るが、取り返した声は、次の瞬間に誰かの声に化ける。



同時刻 軽井沢指揮所


机の上に置かれた原稿は、薄い紙の束に見えた。だが、実際はもっと重い。

一枚一枚が部隊を止め、街を止め、場合によっては国を割る。


伊地知警務庁長官は、原稿の最上段を指で押さえた。


「読み上げは内閣官房長官でいい。陛下のお言葉は——入れるな」


総理が咳払いをした。


「長官、陛下の承認がある以上、国民に示すべきだ。混乱しているのは国民も同じだ」


伊地知は顔色一つ変えずに言った。


「示す。だが“声”では示さない。声は奪われる。声は利用される。……今日は偽勅令で、それを学んだはずだ」


海軍中将・佐々木康成が短く言う。


「正しい。陛下を電波に乗せれば、皇衛派は“陛下の名”で戦い続ける。——余計な燃料を投げるな」


総理が唇を噛んだ。政治の顔が歪む。だが、ここで顔を守って帝都が焼ければ、顔ごと消える。


官房長官が原稿を受け取り、目だけで内容を追う。声に出す前の目だ。

この目が、今日の帝都を鎮めるか、逆に煽るか。


伊地知は最後に言った。


「認証符号を二段にする。第一は送出側、第二は現地の警務庁指揮官が復唱する。——“確認”の声を挟む。偽物が入り込む隙を潰す」


「間が増える」


佐々木中将が言う。


「間が増えれば、現場はしびれる」


「しびれさせろ」


伊地知が即答した。


「現場がしびれれば、勝手に撃たない。撃たなければ、統一戦線の狙いが死ぬ」


統一戦線。

その言葉が、机の上を滑る。


まだ“確証”ではない。だが、もう“前提”だ。


官房長官が立った。


「……行きます」


原稿を胸に当て、電話の前へ座る。回線が繋がる。渋谷の放送会館へ。

向こうのノイズ越しに、現地の息遣いが聞こえる。


官房長官は、声を整えた。




午後七時二四分 渋谷・放送会館 送出室


技術主任が、湯川の顔を見た。


「切り替え、準備よし。……戻します」


湯川は頷いた。


「やれ」


主任がスイッチを入れる。

ほんの一瞬、送出室の機器が“喉を開く”音を立てた気がした。


スピーカーから、途端に声が流れた。


——「こちら内閣官房長官であります。帝都及び関係地域における混乱収拾のため、帝都治安緊急措置令を公布し、これを周知する——」


湯川は、背筋を伸ばした。

やっと“正規の声”だ。


だが、油断は一秒で死ぬ。


官房長官の声が続く。


——「本令は、内閣の責任において執行され、各省庁及び関係機関は相互に協力し、治安回復に当たるものとする。武装をもって公共の秩序を乱す行為は、反乱と見做し、厳正に対処する——」


その瞬間、湯川の無線が鳴った。


「現地指揮、湯川。確認符号、読み上げる。——“ハクサン、シロカバ、二七”」


湯川は即座に復唱した。


「湯川、復唱。“ハクサン、シロカバ、二七”。以上、正規放送確認」


これが第二段の認証だ。

偽物なら、ここで詰まる。詰まる“間”が、今日の帝都には必要だった。


送出室の技術主任が、涙ぐんだような顔で呟く。


「……戻った」


湯川は答えない。

戻ったのは回線だけじゃない。戻ったのは“正統”の形だ。形が戻れば、人はそれに寄る。寄った人間から、秩序ができる。


だが、寄るべき形を間違えれば、秩序は殺し合いになる。



午後七時三一分 帝都各所


同じ声が、別々の場所で違う意味に聞こえていた。


霞が関の交差点で盾を構えていた機動隊員は、スピーカーの声を聞いて膝をついた。

「やっとだ」と誰かが呻いた。

撃ち合いではなく、命令で止まれるなら止まりたい。人間は、そういう生き物だ。


一方、皇衛派の装甲車の上では、下士官が顔をしかめる。


「官房長官? 陛下は?」


隣の士官が冷たく言う。


「陛下は政治に出ぬ。——だからこそ我らが出た。覚えておけ」


言葉の継ぎ目に、危うい理屈が生まれる。

陛下が出ないなら、自分たちが陛下のために動く。

それは正義にも反乱にもなる。正義と反乱の差は、だいたい“勝った側の証明”で決まる。


そして、第三の場所。


帝都の外れ、河川敷の暗がりで、誰かが小型送信機のダイヤルを回していた。

軍服は着ていない。警察の制服も着ていない。

ただ、手つきが慣れている。情報の手つきだ。


「……正規放送、確認」


男が耳元のイヤホンに囁く。


「次、段階二。——『正統が戻った』と民衆に思わせろ。思わせた瞬間に“裏切り”を見せろ」


耳元の向こうから、別の声。


「了解。南西、予定通り」


男は薄く笑った。

帝都の銃声は、今日の舞台じゃない。舞台は、帝都が“落ち着いた”ときに始まる。



午後八時〇五分 渋谷・放送会館 屋上


陸戦隊の士官が双眼鏡を下ろした。遠方に煙が上がっている。

煙は細い。大火ではない。だが、点が増えている。都市が細く燃え続けるときの煙だ。


「……警視正」


士官が湯川に言う。


「外の狙撃、止んだ」


「止んだ?」


湯川は屋上の風を感じた。確かに音が消えている。

狙撃手が弾を撃ち尽くしたのではない。引いたのだ。


湯川は胸が冷たくなるのを感じた。


「……目的を達したか」


「目的?」


「混乱を起こすのが目的なら、正規放送で一度“沈静”が見えた今、次は——」


湯川は言いかけて、口を閉じた。

次は何だ。

次は“別の場所”だ。軽井沢で伊地知が言っていた通り。


そのとき、東京本部から無線が飛び込んだ。


「東京本部から現地。南西方面、那覇周辺で不明電波。『琉球王国復古』標語の怪文書、複数確認。帝都の偽放送停止と同期して拡散開始——」


湯川は、目を閉じた。


同期。

つまり、帝都の正統が戻った瞬間に、南で“別の正統”が立ち上がる。


それが統一戦線のやり口だ。

正統を一つにせず、二つ、三つと割る。割れた正統同士が争えば、外から刈り取れる。


湯川は短く命じた。


「東京本部。南西の件は警務庁外事へ直送。帝都の現場は、今夜中に“余計な勝手”を止める。——規律を戻す」


無線の向こうが「了解」と返す。

だが湯川は知っている。規律は命令で戻らない。

戻るのは、誰かが“見せしめ”を作ったときだ。


湯川は屋上の縁に立ち、帝都の灯を見下ろした。

灯は、まだ生きている。

だが、生きている灯ほど、誰かの旗に利用されやすい。


「……今夜で終わらせる」


湯川が呟くと、隣の陸戦隊士官が静かに返した。


「今夜で終わるなら、海軍は苦労しない」


その通りだ。


正規の声は戻った。

だが、声が戻っただけで国は戻らない。


帝都は、ようやく呼吸を取り戻した。

そして息を取り戻した帝都の背後で、“南の海”が息を止めよ

お読みいただき、ありがとうございます! 今後の帝都の物語の展開を楽しみにしていただければ嬉しいです。 作品の応援(ブックマーク、評価、レビュー、感想、シェア)は、物語を描き続ける上での大きな力となります。ぜひ、今後ともよろしくお願いいたします。

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