追いつけないボール
長男がソフトテニスを始めた。
それに合わせて、
夫も「やるか」と言い出した。
スポーツ店に行くと、
なぜか練習着にはこだわる。
ブランド物を手に取り、
「これ、動きやすそうじゃない?」
……たまにしかやらないのに。
ラケットは中古。
靴はアウトレット。
なぜそこだけ現実的なのかは、
よくわからない。
休日に、
2時間だけコートを借りて、
家族でテニスをする。
最初のころは、
長男も夫も、だいたい同じくらいだった。
当たれば返る。
ミスも多い。
笑いも出る。
ちょうどいい、
家族のレベル。
でも、
部活は毎日ある。
指導者がいて、
基礎を叩き込まれて、
同じ動きを何度も繰り返す。
成長は、
驚くほど早かった。
一年もたたないうちに、
長男の球は変わった。
速い。
重い。
角度が違う。
夫が返したとしても、
アウトになる。
長男は嬉しそうだ。
今まで届かなかった場所に、
自分の球が行く。
見返せた、という顔で、
バンバン速い球を打つ。
夫は言う。
「なんで同じとこに入れないんだ」
「こんなの、取れるわけないだろ」
「俺の球だって、取って当たり前だろ」
……まず、走っていない。
それを言うと、
空気が悪くなるから、
私は言わない。
しばらくして、
夫は冬の短期教室に申し込んだ。
週に一回。
仕事終わりの7時から9時。
初心者も歓迎、
と書いてあった。
行ってみれば、
周りはやっぱり、上手い人ばかり。
指導は丁寧だった。
基礎から、ちゃんと。
でも、
夫は不満だった。
「グリップの持ち方を強制される」
「個人に合わせて教えてくれない」
「俺には合わない」
そう言って、
短期教室は終わりになった。
変わったのは、
練習着の数だけ。
長男は、
今も部活に行く。
言われたことを素直にやって、
走って、
打って、
また走る。
夫は、
コートに立つ時間が減った。
追いつけないボールを、
追わなくなった。
私は思う。
年齢の差じゃない。
才能の差でもない。
受け入れるかどうかの差だ。
教えられること。
直されること。
できない自分を見ること。
それを通らないと、
前には進めない。
長男は、
前に進んでいる。
夫は、
立ち止まったまま、
理由を探している。
コートの端で、
私はラケットを持って立つ。
誰の味方でもなく、
ただ、見ている。
成長は、
待ってくれない。
そして、
プライドだけが、
その場に残る。




