楽しく終われないゲーム
マリオテニスを買ったのは、
長男が中学に入って、テニス部に入ったからだった。
せっかくなら、
みんなで遊べるものを。
ゲームだし、
運動だし、
楽しい時間になるはずだった。
最初は、確かに楽しい。
キャラを選んで、
ラケットを振って、
笑い声が出る。
「そのキャラ、動き早いね」
「今のナイス!」
ここまでは、いい。
問題は、
勝敗が見え始めた頃だ。
夫は、毎回本気だ。
ゲームなのに、ではない。
ゲームだから、だ。
「今のミス、ありえないだろ」
「そこ、前に出る場面だろ」
ダブルスになると、
言葉はさらに増える。
ミスをしたほうが、
原因になる。
長男は、うまい。
部活でやっている分、反応もいい。
でも、負けると拗ねる。
それは、
きっとこの家では自然なことだ。
勝ちにこだわる背中を、
ずっと見てきたから。
最初は楽しかった空気が、
少しずつ、重くなる。
誰かが黙る。
誰かが強くボタンを押す。
キャラには、
性質も、得意不得意もある。
でも、
それを「個性」として受け取る余裕は、
だんだん消えていく。
「なんでそのキャラ選んだ?」
「だから言っただろ」
私は思う。
これはゲームだ。
練習じゃない。
試合でもない。
でも、
この家では、境界線が曖昧だ。
結局、
マリオテニスは、
一人+CPでやるか、
まったくやらないか、
そのどちらかになった。
ダブルスは、しない。
我が家には、向いていなかった。
思えば、
こういうゲームは他にもある。
勝敗がはっきりするもの。
ミスが目立つもの。
誰かのせいにできてしまうもの。
我が家では、
そういうゲームは長続きしない。
向いていないのだ。
楽しむより先に、
勝ちが来てしまうから。
私は思う。
家族で遊ぶのに、
勝ち負けは、そんなに大事だろうか。
楽しめなくなった時点で、
それはもう、
ゲームじゃない気がする。
Switchの棚に、
マリオテニスは今もある。
たまに目に入る。
でも、
起動されることは、ほとんどない。
楽しく終われないゲームは、
いつの間にか、
選ばれなくなる。
それだけのことなのに。




