助手席という名の教官席
私が運転すると、
夫は必ず助手席に座る。
元・自動車学校の教官。
それはもう二十年も前の話だけど、
その肩書きは、いまだに現役だ。
走り出して、数分もしないうちに言われる。
「こっちの道のほうが早い」
「なんでそっち行った?」
「考えればわかるじゃん」
私はハンドルを握ったまま答える。
「どっちでも着くから」
「そんなに時間変わらないよ」
実際、変わらない。
ゴールにはちゃんとたどり着く。
でも、それでは足りないらしい。
夫は、効率が好きだ。
最短距離。
最短時間。
無駄がないこと。
それが正解で、
それ以外は、間違い。
ウインカーを出す。
「遅い」
ブレーキを踏む。
「遅い」
少し余裕をもって止まる。
「何年運転してるの?」
私は黙る。
反論しても、運転は楽しくならない。
不思議なのは、
夫が道を間違えたときだ。
「間違った」とは、絶対に言わない。
「こっちのほうが混んでなさそう」
「まあ、こういう時があってもいいよね」
すべてが、前向きな言い換えになる。
自分には、優しい。
人には、厳しい。
夫が急ブレーキを踏んだとき、
私は言ったことがある。
「今の、ちょっと急じゃない?」
返ってきたのは、これだ。
「どんな時でも急ブレーキがかかると思え」
……意味は、よくわからない。
私のブレーキは「遅い」。
夫のブレーキは「想定内」。
基準はいつも、
夫の中にしかない。
私は今日も運転する。
ゴールに着く。
事故もない。
違反もない。
それでも、
隣からの評価は低い。
家に着いてエンジンを切ると、
なぜか、どっと疲れる。
運転そのものより、
隣にいる時間に。
助手席は、
一番近くで減点される場所だ。
私は思う。
効率よりも、
正しさよりも、
一番大事なのは、
黙って乗っていられることなんじゃないかと。
でも、それはきっと、
教官には教えない項目だ。




