アイテム運が悪いだけ
子どもたちが小学生のころ、
よく家族でマリオカートをやっていた。
Switchをつけるのは、だいたい夕方から夜。
宿題が終わって、お風呂の前。
「ちょっとだけね」と言いながら、
結局、何レースもやる。
コース選びは、いつもランダム。
公平性が大事だから。
そこは夫も譲らない。
「え、不公平だろ」
「同じ条件じゃないと意味ない」
そういうところだけは、やたら正しい。
操作が一番うまいのは、長男だ。
小学生のころから、安定している。
次男は、壁にぶつかり、
私もカーブで落ちる。
笑い声が出る。
その時点では、ちゃんと“家族で遊んでいる”。
問題は、順位が見え始めたとき。
長男が1位。
夫が2位か3位。
「今の赤こうら、ずるくない?」
「アイテム運だろ」
言い訳は、コースじゃない。
アイテムだ。
「俺のとき、全然いいの出ないんだけど」
「スターとか、出すぎじゃない?」
ランダムなのは、
さっきまで“公平”だったはずなのに。
それでもレースは続く。
長男がまた1位。
ガッツポーズ。
「やったー!」
その声が、少しだけ小さくなる。
夫は笑っている。
……ように見える。
でも、次のレースで
自分がミスをすると、空気が変わる。
「あーもう」
「今の絶対おかしいだろ」
言葉が短くなる。
コントローラーを持つ手が強くなる。
私は言う。
「楽しいね」
「いい勝負じゃん」
何度も。
空気が崩れないように。
子どもたちは、
楽しんでいる。
確かに、楽しんでいる。
でも同時に、
夫の顔をちらちら見る。
今は大丈夫か。
今は怒らないか。
誰が一番レースをしているのか、
わからなくなる。
1位を取るレースなのか。
それとも、
機嫌を損ねないレースなのか。
最後のレースが終わると、
夫は言う。
「まあ、アイテム運だな」
明るい声のときもある。
不機嫌な声のときもある。
同じ言葉なのに、
意味は違う。
Switchの電源を切る。
私はなぜか、少し疲れている。
子どもたちは楽しかったと言う。
それは、本当だと思う。
でも、
「またやろうね」の前に、
一瞬、間があく。
その“間”を、
私は何度も、見てきた。
家族で遊ぶには、
ルールよりも、
アイテム運よりも、
もっと大事なものがある。
それはたぶん、
大人の機嫌の扱い方だ。




