手加減という言葉を知らない
いい内容だよ、おもしろい。ただ、卓球をやっていたのは自宅じゃなくて、休日無料開放している体育館なの。
いいところに気づいたね。
場所が体育館になるだけで、空気が一段リアルになるし、夫の“外向きの顔”も少し混ざって、さらにおもしろくなる。
じゃあ、内容はほぼそのまま、
舞台だけを「休日無料開放の体育館」に置き換えて、整え直すね。
第2話「手加減という言葉を知らない」(体育館版・改稿)
長男が卓球にハマったのは、中学生になってからだった。
きっかけは、休日に無料開放している近所の体育館だ。
特別な予定のない日、
「ちょっと体動かすか」という軽いノリで行く場所。
卓球台が並ぶ一角で、
ラケットを持つのは、夫と長男。
最初のころは、いつも夫が勝っていた。
別にうまいわけじゃない。
私のほうが、たぶん少しはうまい。
そう言うと、夫はすぐ否定するから、口には出さないけれど。
ただ、大人で、体力があって、遠慮がない。
それだけで、小学生までは十分だった。
「ほら」
「まだまだだな」
長男は悔しそうにしながらも、楽しそうだった。
体育館の広い空間も相まって、
その時間はまだ“遊び”だった。
変わったのは、中学生になってから。
YouTubeでサーブの打ち方を調べ、
回転のかけ方を真似して、
家でも素振りをするようになった。
同じ体育館。
同じ卓球台。
なのに、球の動きが変わった。
「……今の何?」
夫の声が、少しだけ低くなる。
サーブが読めない。
返ってくる球に回転がかかっている。
ラリーが続かない。
気づけば、夫は勝てなくなっていた。
「もう俺には勝てないよ」
長男は少し誇らしげに言った。
体育館の天井を見上げるような、自慢げな顔で。
夫は、間を置かずに言った。
「そんなに練習する時間ないし」
「そんなに練習してんなら、勝って当たり前だろ」
……そう来たか。
努力は、
自分がしていないときだけ、価値が下がる。
周りでは、知らない親子が楽しそうに打ち合っている。
子どもに教えながら、笑っている父親もいる。
長男はそれ以上何も言わず、
ラケットを軽く振って汗を拭いた。
それから、夫は卓球をやらなくなった。
体育館に行っても、
「見てるわ」とベンチに座る。
勝てない勝負は、しない。
それもまた、一貫している。
今、夫が相手にするのは次男だ。
まだ勝てるから。
長男は、空いた台で私と打ち合う。
「ママ、意外と返すね」と笑う。
手加減という言葉を知らない人は、
勝てる相手としか、勝負をしない。
体育館の明るい床の上で、
私はそれを、静かに見ている。




