外ではうまくやっている夫
夫は、外ではうまくやっている人だ。
少なくとも、そう評価されている。
仕事は真面目で、要領もいい。
無駄を嫌い、効率を重んじる。
周囲より遅く入っても、気づけば仕事は人より早い。
それなりに努力もしてきたし、積み上げてきた自負もある。
だからこそ、他人のできないことが目につく。
遅い人、要領の悪い人、同じミスを繰り返す人。
「なんでこんなこともできないんだ」
そう思ってしまうのも、きっと自然な流れなのだろう。
一人で完結する仕事なら、彼は強い。
自分のペースで進められれば、結果も出せる。
でも現実はチームで動く仕事だ。
自分だけ速くても、待たされる。
人に合わせる必要がある。
その分、負担も増え、ストレスも溜まる。
そしてそのストレスは、家に持ち帰られる。
家では、夫は自分のことしかしない。
自分の基準で、家族の行動を評価する。
運転、家事、遊び、会話。
「普通はこうだろ」
「考えればわかるだろ」
その“普通”は、いつも夫基準だ。
子どもたちが小さい頃は、それでも通用した。
悔しくて泣いたり、空気を読んで黙ったり。
父親の機嫌を伺うことも、いつの間にか覚えていた。
でも、子どもたちは成長した。
当たり前だけど、ちゃんと大きくなった。
理不尽だと思えば反発する。
理由を求める。
不公平には声を上げる。
それを見て、夫は言う。
「生意気になった」
「わかってない」
でも、夫は変わっていない。
変わったのは、周りだ。
家庭は、主従関係じゃない。
勝ち負けを決める場所でもない。
誰かが常に正しくて、誰かが従う場所でもない。
必要なのは、協調すること。
相手を認めること。
自分と違う基準があると知ること。
それは、大人にも子どもにも、外の社会でも家の中でも、同じように必要な力だと思う。
仕事ができることと、
一緒に暮らせることは、
必ずしも同じじゃない。
私は、子どもたちには伝えたい。
勝つことよりも、正しさよりも、
人とどう一緒にいられるかを。
夫には、今日もたぶん伝わらないけれど。




