藪の中の桃太郎
# 桃の闇
## 序章
桃太郎が鬼ヶ島から帰還してから、三日後。
村人たちは英雄の凱旋を祝い、宴を開いた。桃太郎は鬼を討ち、財宝を持ち帰ったという。犬、猿、雉もそれぞれ武勇伝を語った。持ち帰った古びた道具や武具が、英雄譚の証拠として飾られた。
だが、七日目の朝。
桃太郎の遺体が、村外れの竹やぶで発見された。背中に深い刺し傷。凶器は見つからず。
犯人は、今もわからない。
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## 一、村長の記録
桃太郎殿の死は、村にとって大きな損失である。
庄屋様は桃太郎殿に、鬼退治の軍資金として三十両を貸されたという。大金である。桃太郎殿は「鬼の財宝を持ち帰れば、倍にして返す」と約束したそうだ。
帰還の際、桃太郎殿が持ち帰ったのは古びた農具や漁具、それに錆びた武器ばかり。「これが鬼の遺した宝だ」と言うが、どう見ても使い古された日用品である。
「財宝は後から運ぶ」と言っていたが、結局何も来なかった。
宴の夜、庄屋様が桃太郎殿を呼んで問いただしたという話を聞いた。桃太郎殿は言葉少なだったそうだ。
翌日、桃太郎殿の母である老婆が、庄屋様のもとを訪れた。何を話したかは、誰も知らない。
二日後、桃太郎殿は死体で発見された。
私は村長として、犬、猿、雉への尋問を開始した。三匹の証言はどれも歯切れが悪い。まるで、何かを隠しているかのようだ。
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## 二、犬の証言(第一回尋問)
......俺が殺したんじゃねえ。
鬼ヶ島のことか?ああ、鬼はいなかった。
いや、詳しいことは覚えてねえ。
......わかった、話す。
島に着いたとき、鬼の洞窟には人間が住んでた。十人ぐらい。
俺たちは、驚いた。桃太郎の旦那が「鬼はどこだ」って聞いても、「いない」って答えるばかり。
それで、旦那は困ってた。どうすればいいかって。
俺は、鬼と戦ってみたかった。自分より強いやつと。
でも、鬼はいなかった。
......それ以上は、猿や雉に聞いてくれ。あいつらの方が、よく喋る。
あの夜のことか?
旦那が竹やぶに行ったのは知ってる。俺は、追いかけなかった。
なぜかって?......怖かったからだ。
島の者が追いかけて来てるんじゃないかって。
それだけだ。
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## 三、猿の証言(第一回尋問)
私が殺したなんて、とんでもない。私は桃太郎の忠実な家来ですよ。
鬼ヶ島?ええ、行きましたとも。犬の言う通り、鬼はいませんでした。人間が住んでいました。
彼らは、鬼が残した道具を使って生活していました。農具、漁具、武具。古びていましたが、まだ使えるものでした。
桃太郎は困惑していました。「財宝がない」と。
それで、私が提案したんです。「この道具を持ち帰りましょう。村人には鬼の宝だと言えば信じます」と。
桃太郎は最初、嫌がっていました。でも、庄屋様への借金のことを考えて、渋々同意しました。
私たちは、島の人々に事情を話して、道具を譲ってもらおうとしました。
でも、彼らは拒否しました。それで......
ああ、それ以上のことは雉の方が詳しいでしょう。あいつが一番喋っていましたから。
あの夜?私は何も知りません。竹やぶには、猿は登りませんからね。
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## 四、雉の証言(第一回尋問)
あぁ、私ですか。私は何も隠していませんよ。全部お話しします。
鬼ヶ島に向かう船の上で、私は皆に言いました。「私は空から攻撃できる。鬼なんて恐れるに足りない」と。
でも、本当は、私は飛ぶのが苦手なんです。高いところが怖くて。
島に着いて、鬼がいないと分かったとき、正直ほっとしました。戦わなくて済むと。
でも、問題は鬼退治の証拠、財宝代わりの道具類でした。
島の人々は、道具を渡したがりませんでした。「これは私たちの生活の糧だ」と。
私は、桃太郎に言いました。「説得しましょう。いや、必要なら力ずくでも」
桃太郎は迷っていました。でも、私が「このままでは村に帰れない」と言うと、彼は頷きました。
それで、私が島の人々を説得しようとしました。いや、説得というより、脅しに近かったかもしれません。
「鬼退治に来た英雄に逆らうのか」と。
彼らは抵抗しました。それで......まあ、多少の小競り合いがありました。
犬が力を使い、猿が知恵を使い、私が口で威圧しました。
桃太郎は、最後まで迷っていましたが。
結局、私たちは道具を手に入れました。
あの夜のことは、よく覚えていません。私は宴の後、すぐに寝ましたので。
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## 五、老婆(桃太郎の母)の証言
もう、全て話します。
あの子は、私の子です。川で拾った子ではありません。
父は、庄屋様です。
三十二年前、私は庄屋様の屋敷で働いていました。若く、愚かでした。
庄屋様には妻がいました。でも、私は身ごもってしまった。
庄屋様は、私を村から追い出そうとしました。でも、村の者たちが噂を立てるのを恐れて、私をある男性と結婚させました。
その男性は、体が弱く、病弱でした。世間並の生活など送れないと諦めていた人でした。だから、妊娠している私を受け入れてくれたのです。
村人には、桃が川から流れてきて、その中から赤ん坊が生まれたと話しました。
村では、本当の父親は誰かという噂がありました。庄屋様ではないか、と。
でも、誰も口には出しませんでした。
夫は、あの子を本当の息子のように愛してくれました。
畑仕事を教え、釣りに連れて行き、夜には昔話を聞かせてくれました。
ただ、夫は自分が病弱で、本当の父でもないことから、あの子には強く、尊敬される人になってほしいと願っていました。だから、厳しく当たることも度々ありました。
あの子は、それでも夫を「父上」と慕っていました。
夫は三年前に亡くなりました。
亡くなる前、夫はあの子に言いました。「お前は、わしの誇りだ。立派な男になれ」
あの子は、夫が生きている頃から、村の噂を聞いていたようです。
でも、あの子は夫に遠慮して、決して確かめようとはしませんでした。
夫が亡くなってから、あの子の様子が変わりました。庄屋様の屋敷の前を、よく通るようになったんです。
そして、鬼退治に行くと言い出しました。
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## 六、犬の証言(第二回尋問)
......わかった。もっと話す。
島で、俺たちは島の人間と揉めた。
雉が、あいつらを脅したんだ。「道具を渡せ」って。
島の者たちは拒否した。男が、雉に掴みかかった。
それで、俺が......止めに入った。
いや、止めるつもりだった。でも、力が強すぎて、男を殴り倒しちまった。
男は、意識を失った。女が泣き叫んでた。「父を返せ」って。
桃太郎の旦那は、震えてた。「こんなはずじゃなかった」って。
でも、もう遅かった。俺たちは、道具を奪って島を出た。
島を出るとき、女が叫んでた。「必ず追いかける。お前たちを許さない」って。
村に帰ってから、旦那はずっと怯えてた。「追いかけてくる」って。
俺も怖かった。俺が殴った男が、死んでるんじゃないかって。
それに、報酬の話もうやむやになってた。旦那は「もう少し待ってくれ」としか言わなかった。
村に帰れば、なんとかなると思ってついてきたのに。
宴の夜、見知らぬ者が村の外をうろついてるって噂があった。島の者じゃないかって、俺たちは青ざめた。
あの夜、旦那が竹やぶに行ったとき、俺は追いかけなかった。追いかけるのが怖かったんだ。
島の者がもう来てるんじゃないかって。
それに、猿と雉が先に行っちまったから。
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## 七、猿の証言(第二回尋問)
犬が話したなら、私も話しましょう。
島で、道具を奪ったのは事実です。
でも、それは私の提案でした。桃太郎は、最後まで迷っていました。
私は、桃太郎に何度も言いました。「このままでは借金が返せない。庄屋様に顔向けできない」と。
桃太郎と私は、方針で何度もぶつかりました。
桃太郎は、「正々堂々と戦いたい」と言いました。私は、「勝てばいい」と言いました。
私は猿の仲間たちに、「人間より賢い」と言っていました。実際に鬼を成敗すれば、群れで尊敬されるはずでした。
人間のやり方を学ぶために、桃太郎に従いました。
でも、桃太郎のふがいなさには、正直あきれていました。
島の人々との交渉も、私が主導しました。桃太郎は、交渉が下手でしたから。
いや、正確には、私が交渉の最中に、島の人々の持ち物をいくつか......目を離した隙に、私の荷物に紛れ込ませようとしました。
島の者たちは、それに気づいて怒りました。「盗人め」と。
それで、揉めたんです。
犬が男を殴ったのは、私を守るためでした。私が盗んだせいで。
でも、それは桃太郎のためでもあったんです。手ぶらで帰るわけにはいかなかったから。
村に帰ってからも、何も良いことはありませんでした。
結果が得られず、私は猿の群れに帰れない。
あの夜、私は竹やぶに行きました。
桃太郎の後を、雉が追いかけるのを見たから。
竹やぶに着いたとき、犬もいました。
そして、桃太郎は倒れていました。
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## 八、雉の証言(第二回尋問)
ああ、もう全部話しましょう。
島で、私が人々を襲うようにけしかけたのは事実です。
「道具を奪おう」と言ったのも私です。
島の人々を脅し、威圧し、桃太郎を焚きつけました。
「英雄は、結果を出さなければならない」と。
桃太郎は、何度も私に反対しました。「これは略奪だ」と。
でも、私は言いました。「これは証拠だ。鬼退治の証拠だ」と。
村に帰った宴の後、桃太郎は私に言いました。
「お前のせいだ。お前が、俺を犯罪者にした」
それはあんまりだと思いましたが、私は答えられませんでした。
桃太郎が竹やぶに向かったとき、私は後を追いました。
でも、竹やぶには、すでに誰かがいました。
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## 九、犬の証言(第三回尋問)
竹やぶで、何があったか話す。
俺が着いたとき、桃太郎の旦那と老人が話してた。
老人は、庄屋だった。
庄屋は言ってた。
「私は、お前の父だ。だが、認めることができなかった。許してくれ」
旦那は、泣いてた。
「ありがとうございます。それが聞けて、もう思い残すことはありません」
「いえ、一つだけあります。育ての父上に、顔向けできません」
「血の繋がりなど関係ないと、あの方は教えてくれました。でも、私は血の繋がった父を探してしまいました」
「私は、二人の父を裏切りました」
そして、旦那は懐から刃物を取り出した。
俺は、駆け寄ろうとした。でも、足がすくんで動けなかった。
その時、茂みから誰かが飛び出した。
島の若い女だった。
女は、旦那に近づいた。刃物を持っていたかどうかは、わからねえ。
旦那と女が向き合った。庄屋が止めようとした。
俺も、猿も、雉も、駆け寄った。
でも、何が起きたのか、わからなかった。
気づいたら、旦那は倒れてた。
背中に、刃物が刺さってた。
女は、呆然としてた。何も言わなかった。
庄屋も、震えてた。
猿も雉も、「俺たちじゃない」って。
俺も、「俺じゃねえ」って。
でも、本当に俺じゃないのか?
あの時、俺は旦那の近くにいた。俺の手には、何か温かいものがついてた。
血だったのかもしれない。
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## 十、猿の証言(第三回尋問)
犬の言う通りです。
竹やぶには、桃太郎、庄屋、島の女、そして私たち三匹がいました。
揉み合いになりました。誰が誰を押したのか、わかりません。
桃太郎が倒れたとき、私の手には刃物がありました。
いや、正確には、刃物を拾おうとしていました。
桃太郎が落とした刃物を。
でも、気づいたら、その刃物は桃太郎の背中に刺さっていました。
私が刺したのか?
わかりません。
でも、私の手癖の悪さは、皆知っています。
考えるよりも先に、手が動いてしまうんです。
島でも、つい物を盗ってしまいました。
あの時も、つい刃物に手が伸びてしまったのかもしれません。
桃太郎とは、何度も方針で衝突しました。
桃太郎のふがいなさに、あきれていました。
私は、群れに帰れない。
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## 十一、雉の証言(第三回尋問)
私も、竹やぶにいました。
桃太郎と庄屋が話しているのを、茂みから見ていました。
島の女が飛び出したとき、私も飛び出しました。
止めようと思って。
でも、飛ぶのが苦手な私は、地面を走るしかありませんでした。
遅かった。
揉み合いになったとき、私は誰かを押しました。
それが桃太郎だったのか、女だったのか、庄屋だったのか。
わかりません。
ただ、私が押した誰かが、桃太郎にぶつかりました。
そして、桃太郎は倒れました。
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## 十二、島の女の証言
私は、父の仇を討つために村に来ました。
あいつらが、父を殴り倒して道具を奪ったとき、私は誓いました。「必ず復讐する」と。
父は、あの後、意識を取り戻しましたが、頭を強く打っていて、記憶がおかしくなりました。
私は、あいつらを追いかけました。
村に着いて、あいつの居場所を探しました。
宴の夜、あいつが竹やぶに向かうのを見ました。
私も、後を追いました。
竹やぶに着いたとき、あいつは老人と話していました。
老人は、泣いていました。
あいつも、涙を流していました。
私は、茂みに隠れて、様子を見ていました。
老人が言いました。「私は、お前の父だ」
あいつが答えました。「でも、本当の父は、育ての父でした」
二人は、泣いていました。
私は、混乱しました。
あいつにも、父がいたのだと。
あいつも、父を愛していたのだと。
そして、あいつは刃物を取り出しました。
私は、茂みから飛び出しました。
殺すために来たのです。
あいつを止めようとしたのか、殺そうとしたのか。
自分でも、わかりませんでした。
そのとき、犬、猿、雉も来ました。
混乱しました。
誰かが動いた。誰かが叫んだ。
あいつが倒れました。
背中に、刃物が刺さっていました。
私の手には......何があったのか。
刃物があったのか。
なかったのか。
わかりません。
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## 十三、庄屋の証言
村長殿から、私にも証言するように言われた。
私は、桃太郎の父だ。
だが、それを認めたのは、あの竹やぶでが初めてだった。
三十二年前、私は過ちを犯した。
屋敷で働いていた女性と関係を持ち、子を身ごもらせた。
私には妻がいた。村の名士としての立場もあった。
私は、その女性を村から追い出そうとした。
だが、村人の噂を恐れた私は、病弱な男性と彼女を結婚させた。
桃太郎が生まれてからも、私は彼を認めなかった。
村では、桃太郎の本当の父は誰かという噂があった。
私の名も、囁かれていた。
だが、私は知らぬふりをした。
桃太郎が鬼退治に行くと言い出したとき、私は軍資金を貸した。
貸した金は、返してほしかった。
正直に言えば、内心では別のことも考えていた。
桃太郎がそのまま帰ってこなければ、都合が良い、と。
借金は踏み倒されるが、桃太郎という問題が消える。
しかし、桃太郎が帰ってきたとき、私はほっとしていた。
あの夜、竹やぶで、私は桃太郎に全てを話した。
「私は、お前の父だ。だが、認めることができなかった」
「許してくれ」
桃太郎は、笑って言った。
「ありがとうございます。それが聞けて、父上と呼べます」
「でも、本当の父は、育ての父でした」
「私はその父を裏切って、あなたに認められたいと思ってしまいました」
「二人の父を裏切った私は、もう生きていけません」
そして、彼は懐から刃物を取り出した。
私は、止めようとした。
でも、その瞬間、誰かが飛び出し、誰かが叫び、誰かが動いた。
混乱の中で、桃太郎は倒れた。
私の手には、何があったのか。
刃物があったのか。
なかったのか。
わからない。
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## 十四、村長の最終報告
調査を終えた。
結論として、桃太郎の死因は不明とする。
関係者は六名。犬、猿、雉、島の女、庄屋、そして桃太郎。
全員が、竹やぶにいた。
全員が、桃太郎の死に関与した可能性がある。
犬は、力が強すぎて、誰かを突き飛ばしたかもしれない。
猿は、手癖が悪く、刃物を拾って誤って刺したかもしれない。
雉は、誰かを押して、桃太郎を倒したかもしれない。
島の女は、復讐のために来て、刺したかもしれない。
庄屋は、息子を止めようとして、誤って刺したかもしれない。
桃太郎は、自ら刃物を握って、自害しようとしたかもしれない。
この報告書は、公には公表しない。
桃太郎は、鬼を倒した英雄として語り継がれるべきだ。
犬、猿、雉には、村を出るように言った。彼らも、それを望んでいた。
島の女には、父の元に帰るように言った。彼女は、何も言わず頷いた。
桃太郎が持ち帰った道具は、島に返すことにした。こっそりと。
庄屋様には、もう何も言わない。
真実は、決して明らかにならない。
あの竹やぶで起きたことは、誰にもわからない。
わかるのは、ただ一つ。
桃太郎は、もういない。
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## 終章
村には、新しい伝説が生まれた。
「桃太郎は、鬼を倒した後、鬼の呪いによって命を落とした」
犬、猿、雉は、その伝説を語り継ぎ、やがて村を去った。
三匹は、二度と会うことはなかった。
犬は、遠い山の中で、一人静かに暮らした。
猿は、都会で商人になった。猿の群れには、二度と戻らなかった。
雉は、地を這って生きた。もう、空を飛ぶふりはしなかった。
島の女は、父の元に帰った。父は、記憶を失ったまま、娘の顔も忘れていた。でも、女は父を介護し続けた。
老婆は、息子の墓の前で、毎日祈りを捧げた。
墓には、二つの名前が刻まれていた。
夫の名と、桃太郎と。
庄屋は、その後まもなく病に倒れ、この世を去った。
村人たちは、今日も桃太郎の武勇伝を語り継ぐ。
「桃から生まれた英雄が、鬼を倒した」
その話を聞くたびに、老婆は微笑む。
犬、猿、雉がいた頃は、三匹も微笑んでいた。
庄屋も、微笑んでいた。
ただ、その微笑みの裏には、深い闇があった。
桃の闇が。
永遠に消えない、桃の闇が。
真実は、藪の中に。
そして、桃の闇の中に。
永遠に。
芥川龍之介の「藪の中」を元に、どうしたらいいのだろうかと思いながら。




