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死神少女と社畜女  作者: キノハタ
1日目 命短し走れよ乙女

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6/25

1日目 Ⅲ

 ※



 カメラを買って、ゆながお腹が空いてそうだからハンバーガーショップで二人分を買って出てきた頃のことだった。



 どうにも、人からとってばかりいたから、ちゃんと期待通りのメニューを頼めたことが無かったそうだ。ゆなは自分が選んだメニューに袋を開けて目を輝かせていた。ベンチで食べる準備をしながら、そんな様子に私が苦笑していると。



 ()()()()()()()



 画面を見た。会社からの電話だ。


 心臓が何かに捕まれたみたいに、ぎゅっと萎んでいく。


 さあ、来るとは思っていたけど、とうとう来たか。


 電話の相手は多分、私の上司で。


 考えただけで、思わず指先が震える。


 反射的に、いくつもの罵倒や自己否定がわらわらと頭の内から湧き出してくる。


 ああ、早くとらなきゃ、出て、言わなきゃ。


 いうって何を。


 違う、違うんだ。


 私は、私は。


 もう、ちゃんと辞めるんだから。


 ちゃんと、わがままに生きるって決めたんだから。


 とらなきゃ。


 言わなきゃ。


 震えた指で、通話ボタンを押そうとした。




 押そうとした時、携帯は私の指からすっと抜き取られた。



 「止めときましょ、お姉さん、今、電話に出たら多分引きずり戻されちゃうよ?」



 ゆなはそう私に告げた後、どこか苛立たしげに通話ボタンを乱暴に押した。


 『おい浅上——、「ばーか、全部、お前らのせいだ。


 お前らが気づなかったからだ。


 お前らが体のいいストレスのはけ口にしたからだ。


 お前らが弱さに付けこんだからだ。


 お前らが優しくなかったからだ。だから、――――」


 


 受話器の向こうで上司らしき声が何かを言っていた。


 ただ、それも全部無視して、ゆなは自分の言いたいことだけ言うと、舌打ちしながら電話を切った。


 死神の言葉は、他人には聞こえない。


 だから、さっきの言葉はきっと向こうには届いていない。


 あの上司からすれば、電話が突然つながって突然切られたように聞こえるわけだ。なんだか、随分、おかしな話だ。


 ゆなの言葉は、ゆなの怒りはきっと誰にも知られてない。ここで見てる私以外には。


 それにしてもこの子は、今まで一体、何を見てきたのだろう。


 私のことだっていうのに不思議なくらい怒ってる、まるで自分のことみたいに。


 死神にどういった背景があるのかは、私にはわからないけど。


 きっと、たくさん辛い想いをしてきたんじゃないのかな。


 それで、たくさん怒ってるのかもしれない。


 それで、こんなに優しいのかもしれない。


 ゆなは顔をしかめて、なんでか汚い何かを振り落とすみたいに、ぺっぺと携帯を振っていて、私はそれもおかしくて笑ってしまった。


 「なーに笑ってんすか、お姉さん」


 「んー? ゆなは優しいねって」


 「でしょー、自分でもそう想います」


 「あはは! 自分で言っちゃうかー」



 ※


 

 ゆなは優しいから、全部会社のせいだなんて言ってくれたけど、正直、私はそう思えない。


 それくらいには私は無能で、言われたところで仕方がなかった。


 焦ると簡単に周りが見えなくなった。


 怒られると思うと不安で、仕事の進みが馬鹿みたいに遅くなった。


 上司の顔色を窺って仕事をしていたら、他の人が一時間で終わる仕事が二時間たっても終わらない。そのくせはミスは山盛りで、何度も見直したのに、ボロボロと間違いは溢れてくる。


 何度迷惑をかけて謝って、何度呼び出しを食らって怒られたか。


 どうすればこいつのミスがなくなるか、なんて会議も起こされたことがあった。


 泣いて震えて壊れてしまいそうで、その日は余計にミスをして周りからは呆れの視線ばかり貰っていたっけ。


 なんでこんなやつに給料が出るんだよ、なんて陰口はよく聞いた。


 仕事が遅いと残業代が稼げていいねって言われたから、自分で残業はほとんどつけなくなった、それでもお金はたまったけど。


 どうしてお前はそうなんだと怒鳴られた。怒鳴られるから、怖くて仕事ができませんとは言えなかった。


 言い訳をするなって何度も怒られた。偶にわざと私に仕事を振ってくる人がいた。成長のためだからってみんなは笑っていたけれど、どう考えても処理できないっていうのは分かりきっていた。でも、結局それも私が仕事が遅いせいだから夜遅くまで独りでやっていた。


 段々と朝、仕事に行くのが憂鬱になっていった。


 生理でもないのに、頭痛や腹痛で苦しむ日が増えた。でもそれで休むと電話口からも、叱責とため息が飛んできたから、無理して出社する日ばかりだった。


 親に勧められた企業だったから、両親にも話がいっているみたいで、よく頑張りなさいよ、しっかりしないさよって電話ごしに告げられた。


 盆や正月に帰っても、悪い噂ばかりだけどあんたちゃんと働きなさいよ、他のとこでなんて働けないんだから、雇ってもらってるだけありがたいんだからって、そう言われ続けた。


 昔から、私はどんくさかったから、両親もその話は特に違和感なく信じたみたいで。


 まあ事実なのだから、私には特に言い返すこともできなかったけど。


 結局、私が悪かったのだ。


 無能なのが悪かった、役に立たないのが悪かった、まわりは優しくなかったかもだけど、原因はどう考えても私だった。


 どこにも逃げ場はなかったし、どこにも理解してくれる人なんていなかった。


 まあ、私が悪いのだから。きっと罰みたいなものなのだ。何の罰かと聞かれたら上手くは答えられないけれど。


 だから、わがままになる権利なんて、私にはないんだとそう思ってた。


 だから、ゆなにわがままでいいって言われた時、本当になっていいか、信じられなかった。


 だって、こんな私だよ? もっと、罪滅ぼしとかしないといけないんじゃないって、そう思ってた。


 でも、私より少し背の低い死神さんに、そんなことを言ってしまったら、きっとたくさん怒るんだろうな。


 不思議とそれで怒られるのは、怖くはないのだけれど。


 こんな私のために怒ってくれるゆなは、きっと底抜けに優しいんだ。そして、他人の辛さを理解できてしまうほどには、辛いことをたくさんたくさん繰り返してきたんだろう。それも二度や三度じゃ効かないほど。


 カメラを買った時、試しに一枚、ゆなの写真を撮ってみた。


 私から見れば、その写真のデータには、ちゃんとゆなが映っているのだけど、一緒に見た店員さんにはやっぱり見えていないみたいだった。


 それがちょっと寂しいけど、同時にちょっと楽しかった。


 なんだか秘密の写真みたいだったから。




 「じゃ、お姉さん、いい? 投函しちゃうよ?!」


 「うん、いーよ」


 「あれ?! なんか軽い?! お昼まではあんな神妙な顔してたのに!?」


 「なんかゆなが騒いでるの見てたら、そこまで真剣にならなくてもいいかなって」


 「何ですかそれ?! ま、でもいっか、投函!!」


 散々騒いだゆなの手で、封筒が二つポストの中に投函される。


 片方は会社宛ての退職届。


 片方は鍵とか必要なものを全部添えた、両親への手紙。


 同時に私は、ラインとかの通話アプリを削除して、携帯からSIMカードを引っこ抜いて、思いっきりその場で踏み砕いた。


 これで電話はできないけど、もう誰も私に連絡をすることもできない。


 あれだけ重く縛り付けるように私を引き留めていた鎖たちは、あっけないほど簡単に消えて無くなった。


 それがなんだか、面白い。


 うーん、私ってこんなに、何かを面白がって笑うたちだっけ。


 違ったよねえ。たぶん、全ては昨日、出会ってしまったこの死神のせいなのだ。


 なんてこっそり笑いながら、私はヘルメットをかぶり直す。


 それから、今日の最後の買い物で買った原付のエンジンを、思いっきり吹かす。


 「ていうか、これ私のヘルメット要ります?」


 「かぶっといて、危ないから」


 「ま、そもそも原付で二人乗りが違反だけどねー?」


 「だってゆな警察には見えないじゃん」


 「あはは、お姉さんも段々わがままになってきましたねー」


 バイクの免許は持っていない。親に言われて無理矢理とった普通免許があるだけだから、私が運転できるのは原付まで。


 電車じゃだめなの? って聞かれたけど、風を感じたいから、こっちがいいって言ったら、思いっきり笑ってくれた。


 背中で楽しげに笑うゆなが大声で私に問いかける。


 「で、どこにいくんですか?!」


 「うーん、北!!」


 何も考えないで、アクセルを回す。


 腰にしがみつく死神の少女の体温を感じながら、二人で笑って走り出した。


 意味もなく高らかに、周りから見ておかしいのなんて、もうどうだっていいのだから。


 大きく口を開けて笑いながら、ただ身体に当たる風を感じてた。




 さあ始めよう、人生最期で最高の一週間を。











 私の命は、あと六日。

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