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死神少女と社畜女  作者: キノハタ
7日目 そして1人がいなくなる

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19/25

7日目 Ⅰ

 目が覚めたときに想い出したのは、いつもの朝。


 いつも、といっても大人になってからの話じゃなくて、子どもの頃のいつもの朝。


 今日何をするんだっけ、明日何をしなきゃいけないんだったけ。


 そんなことも忘れた、何もない朝。


 聞こえるのは小さなの寝息と、少し遠くの海の音。


 かもめの音、波の音。


 不思議と頭はぼーっとしてる。


 ぼーっとしたまま、そっと布団を這い出してカバンからカメラを撮りだした。


 そのまま、窓を開けてふっと息を吸うと、ここちいい風が波の音に紛れてやってくる。


 連射モードを切って一枚だけ、山の向こうからの朝焼けと、それを反射する海を撮った。


 これでもう、朝の写真を撮ることは、二度とない。


 私の人生は今日、終着点なのだから。


 夜、眠りに落ちることも、二度とない。


 朝、目を覚ますことも、二度とない。


 今日が最期の日。


 何枚も撮りたくはなかった、一枚で十分。


 それより今は、窓辺に座ってただこの音を聴いていたい。


 きっともう、こんな気分で音を聴くことも二度とないから。


 波のさざめきがする。


 鳥の声がする。


 風の音がする。


 部屋の中からもぞもぞと布団のこすれる音がする。


 「……ふぁ……、まゆさん。おはよー、ございます」


 少し寝ぼけた私の最期の見届け人は、お気楽に朝の挨拶を口にする。


 私も少し微笑んで、窓辺から離れてゆなのほうに歩いて行った。


 途中で、ついでに寝ぼけた君の写真を一枚。


 こんな姿も今日で最後。


 「おはよ、ゆな」


 こんな些細なやり取りでさえ、もう今日で、最後だ。




 ※




 「まゆさん、まゆさん。何してるのブログの更新? いいね!! どうせだから、目一杯時間かけて編集しよ! あ、でも。うわー、恥ずかし。いや私のことは見えてないんだけど、私の写真ばっかじゃん。折角だから、ゆあの写真もとっとけばよかったねー。まあ、いいや全部あげちゃお! 時間はたっぷりあるんだから」


 「チェックアウト? 気にしない、気にしなーい。連泊しちゃえばいいでしょ、ほらフロントに電話電話。明日は月曜日だから空いてるって」


 「まーゆーさーん、えっちしよ? どうせだし最後に思いっきり楽しもうよ? え? 気絶するくらいするからだめ? どうせ最期の日だからしっかり目覚めていたい?  むむむー……だめじゃー、するんじゃー!」


 「ふー、ご飯はもう旅館の中で済ませちゃいましょー、まだ旅館の温泉もちゃんと堪能してませんしー、私ここの海鮮気に入っちゃったしー」


 「ねえ、まゆさん。これやろ? エステ、エステ。私やったことないんだ、ね、ね、いいでしょ? え? 私は見えないからできない? ……じゃあ、まゆさんの見とく!! やーるのー!!」


 「ルームサービスでおやつも頼めるのか……、こんなのもったいなくて普段は絶対やんないよね……ちら」


 「ねーねー、ブログみてみよーよ。反応来たかなー。いざあげると気になるねー」


 「夕焼けきれー、部屋がベストスポットでよかったね。ね、写真撮ろ?」


 「夕ご飯、おいしーね。昨日とはまた違った味わい、うふふ」


 「ね、まゆ。ごめん、朝したのにもっかいしたちゃくなっちゃった。お願い? してほしいの、ね? 一生のお願いだから」





 「ねえ、まゆ。眠いよ。もう、このまま眠っちゃお?」









 ※





 



 夜中にふと目を開けた。まあ、元から寝入ってはいなかったんだけど。


 ゆっくりと身体を起こすと隣で生まれたままの姿のゆなが、静かに寝息を立てている。


 暗闇の中、視界を回して、部屋に据え置きのデジタル時計をちらりと見た。


 時間は夜の十一時を過ぎたところだ。


 ゆなを起こさないように、そっと布団から這い出て、布団の脇に脱ぎ散らかした浴衣と帯を一つずつ取って羽織っていく。


 袖に腕を通すのもゆっくりと、衣擦れの音さえ響かないように。


 ゆっくゆっくりと、帯を結び終えて、私はふうと息を吐いて旅館の下駄を履いて部屋を出た。


 下着もつけていないけど、まあいいか。


 どうせ、誰にも知られない夜の独り歩きなのだから。


 明かりがついているけれど、誰もいない旅館の廊下を独り進む。


 からん、ころん、と下駄が木をこする音を鳴らしながら。


 まだぎりぎり人がいるエントランスを抜けて、その先へ。旅館の従業員さんが、こんな夜中に外に向かう私を不思議そうに見た。だけど軽く会釈をしてやり過ごす。


 からん、ころん、と下駄が鳴る。


 足を前に進ませるたび、小気味よく、軽快に、でもどことなく何かを引きずるような。


 そんな音を鳴らしながら。


 からん、ころん、と歩いていく。


 自動ドアを抜けると、夜の風がごうっと私の頬を撫でていく。さすがにこの時間はちょっと肌寒い。


 もう一枚、羽織ってくればよかったかなあ、なんて考えながら、でもそのまま私は、からん、ころんと歩いていく。


 まあ、身体が冷えるほど長い時間いるわけでもないだろうし、大丈夫だ。


 そうやって、人も少ない夜道を歩いてく。


 からん、ころん、からん、ころんってアスファルトを進みながら。


 浴衣と下駄で、たった独り夜の道を歩いてく。


 時々、街路に照らされながら、海への道を、からん、ころん、と進み続ける。


 海辺の坂を登って、土の階段を越えてその先へ。


 そのころには下駄から鳴る音は、ざく、ざくって土を踏みしめる音に変わっていた。


 進む、進む、ざく、ざく。


 たまに石が下駄に当たって、からんと音がなる。


 ざく、ざく、からん。


 ざく、ざく、からん。


 ざく、からん。ざく、ざく、ざく、ざく。


 そうして歩いてたら、階段を上りきって高台の公園にやってきた。


 海の傍の高台の公園、崖の下から波が岩にぶつかる音が、よく聞こえてくる。


 ざく、ざく。ざざーん。ざく、ざく、ざざーん。


 公園の端には木でできた柵が置いてあって、危ないから入っちゃいけないよって子ども向けの看板が立っていた。


 私はその柵の前で立ち止まって。



 両手を添えて、ぴょんってとんだ。



 体育は2が恒例の私だったけど、幸い、難なく飛び越えられて、柵の向こう側に着地する。


 下駄だから少しバランスが崩れかけたけど、どうにか立てて、うむうむ10点と頭の中で自分を褒めてあげる。どうせ最後だし、判定もあまあまなのだ。


 そんなふうにほくそ笑みながら、そっと地面を踏みしめる。


 あと、五歩も前に進んでしまえば、そこはきっと崖の向こう。




 あと、もうちょっとだ。




 長く息を吐いて、目を閉じた。


 波の音がする。


 ざざーん。ざざーん。ざざーん。


 ざざーん。さく、さく。


 ざざーん。さく。さく。ざざーん。


 さく、さく。


 ざざーん。


 さく。さく。


 ざざーん。


 私は少しずつ足を前に出して、ぎりぎりかなってところで腰を下ろした。


 とがった岩が、ちょっとお尻に引っ掛かるのが痛いけど、まあ我慢。そのまま崖の外に足をぷらぷらさせて、待ち人が来るのを待つ。あんまり足を揺らしてると、下駄がすっぽ抜けるかもしれないけど、気にしない。


 さく。さく。


 ざざーん。


 ぎいっと背後で音が鳴って、その後に、ざって誰かが柵を越えて地面に着地した。


 うーん、私よりやっぱり着地の音が綺麗な気がする。見てないから分からないけど。


 その音は、私の隣まで来ると、同じように崖に腰掛けて、隣で一緒に足をぷらぷらしはじめた。



 隣を見ると、暗闇の中、不貞腐れた顔のゆながいた。



 ※

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