第7話 転生したら死神の鎌だった
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
『転生の果てⅡ 』は、
“存在のかたち”をめぐる旅の記録です。
どの話からでも、どの視点からでも、
一つの“想い”として感じてもらえたら嬉しいです。
それでは、どうぞ。
私は、鎌だった。
冷たい金属の意識を持ち、死神の手に握られる存在。
影として見た。窓として透かした。鏡として映した。手紙として伝えた。マフラーとして包んだ。手として行った。
そして今度は、断つ番だった。
行うことから、終わらせることへ。
私は、冷たかった。
*
最初に振るわれたのは、夜だった。
死神の手が、私の柄を握った。
骨のように白い指。
冷たかった。
私と同じ温度だった。
体温がなかった。
生命の気配がなかった。
ただ、意志だけがあった。
私は、持ち上げられ、振りかざされた。
刃が空気を裂いた。
風が鳴いた。
金属の冷たさが、夜気に溶けた。
そして、魂に触れた。
*
老人の魂だった。
ベッドに横たわり、静かに息をしていた。
家族が周りを囲んでいた。
涙を流していた。
けれど、魂はもう体を離れようとしていた。
銀色の糸のように、細く繋がっているだけだった。
もう戻れない。
もう留まれない。
ただ、最後の一線だけが残っていた。
私は、その糸を断った。
音はなかった。
抵抗もなかった。
刃が触れた瞬間、糸がほどけるように切れた。
まるで、待っていたかのように。
魂が体から離れた。
ゆっくりと浮かび上がり、光になった。
老人の顔が、穏やかだった。
苦しみが消えていた。
しわに刻まれた痛みの跡が、和らいでいた。
私は、初めて命を断った。
けれど、それは終わりではなかった。
魂は消えなかった。
ただ、移った。
どこかへ。
私には見えない場所へ。
光の中へ。
*
次の魂は、青年だった。
事故で倒れ、血を流していた。
体はまだ温かかった。
心臓がまだ動いていた。
けれど、魂はもう諦めていた。
痛みに耐えられず、離れようとしていた。
糸が震えていた。
引き裂かれそうになっていた。
私は、振るわれた。
糸を断った。
一瞬で、痛みが消えた。
青年の魂が浮かんだ。
最初は、恐怖に歪んでいた。
目を見開き、周りを見回していた。
「死にたくない」
その想いが、波となって私に伝わった。
生への執着。
未練の重さ。
やり残したことの多さ。
けれど次の瞬間、恐怖が消えた。
痛みが消えた。
苦しみが消えた。
魂の色が、変わった。
暗い青から、明るい白へ。
重さが軽さに変わった。
青年が、微笑んだ。
驚いたように、自分の手を見た。
もう血は流れていなかった。
もう痛くなかった。
「ありがとう」
そう言った気がした。
声ではなく、想いとして。
私は、断つことの意味を知り始めた。
*
私は、数え切れないほどの魂を刈った。
病室で、戦場で、路地裏で、海の上で。
すべての場所で、死神は私を振るった。
そして私は、糸を断った。
老いた者、若い者、子ども、大人。
すべての魂が、同じ道を辿った。
体から離れ、光になり、どこかへ消えた。
けれど、刈る前と刈った後で、魂の色が変わることに気づいた。
苦しんでいた魂は、暗かった。
黒や灰色や、深い赤。
病に蝕まれた魂は、濁った緑。
絶望に沈んだ魂は、重たい紫。
孤独に震えた魂は、冷たい青。
それぞれが、違う色をしていた。
けれど刈られた後は、すべて明るくなった。
白や銀や、淡い青。
透明な光。
温かな輝き。
恐怖は、安らぎに変わっていた。
痛みは、静けさに変わっていた。
重さは、軽さに変わっていた。
私は、死を見続けた。
それは終わりではなく、移行だった。
苦しみからの解放だった。
暗闇から光への旅立ちだった。
*
ある夜、私は、少女の魂を刈ることになった。
小さなベッドに横たわり、呼吸が弱かった。
機械の音が、静かに響いていた。
ピッ、ピッ、ピッ。
心拍が遅くなっていた。
両親が泣いていた。
母が手を握りしめていた。
父が祈るように目を閉じていた。
医師が首を振っていた。
「もう、長くはありません」
その言葉が、部屋に重く沈んだ。
少女の魂は、まだ体に繋がっていた。
けれど、もう戻れないほど細い糸だった。
今にも切れそうなほど、か細かった。
死神が、私を振り上げた。
私は、刃を向けた。
けれど、躊躇した。
少女の魂が、あまりにも小さかった。
淡いピンク色をしていた。
まだ生きたかった。
まだ笑いたかった。
まだ走りたかった。
友達と遊びたかった。
絵を描きたかった。
歌いたかった。
その想いが、波のように私に伝わった。
生への渇望。
未来への憧れ。
奪われた時間への悲しみ。
私は、冷たい金属だった。
感情を持たない刃だった。
けれど、その瞬間、私は、震えた。
刃が、わずかに揺れた。
断ちたくなかった。
この糸を切りたくなかった。
この小さな命を、終わらせたくなかった。
*
けれど、少女の体が苦しんでいた。
息ができなかった。
喉が詰まっていた。
痛みに顔が歪んでいた。
小さな体が、機械に繋がれていた。
魂は体に留まることで、苦しみを感じ続けていた。
生きることが、もはや苦痛だった。
私は、理解した。
断たないことが、優しさではなかった。
繋げ続けることが、救いではなかった。
生かし続けることが、愛ではなかった。
苦しみを終わらせること。
痛みから解放すること。
それが、私の役割だった。
それこそが、本当の優しさだった。
私は、振り下ろされた。
刃が、糸に触れた。
一瞬の抵抗もなく、糸が切れた。
少女の魂が、浮かび上がった。
最初は、寂しそうだった。
両親を見つめていた。
別れの悲しみが、淡い灰色として漂っていた。
けれど次の瞬間、痛みが消えた。
息苦しさが消えた。
体の重さが消えた。
少女の魂が、微笑んだ。
ピンク色が輝いた。
軽やかに、ふわりと浮かんだ。
そして、どこかへ飛んでいった。
光の中へ。
体に残された顔は、穏やかだった。
もう苦しんでいなかった。
もう痛くなかった。
ただ、眠っているようだった。
私は、悟った。
断つことは、救うことだった。
終わらせることは、始めることだった。
*
それから、私は、何度も魂を刈った。
躊躇うことはなくなった。
けれど、冷たいままではいられなかった。
すべての魂を刈るたびに、私は、感じた。
痛みを終わらせる瞬間。
恐怖が安らぎに変わる瞬間。
暗い色が明るい色に変わる瞬間。
その一瞬一瞬を、私は見続けた。
視感が、極限に達した。
魂の色を見るだけではなく、その奥にある想いまで見えるようになった。
未練、後悔、愛、憎しみ、喜び、悲しみ。
すべてが、色として現れた。
層になって重なり合っていた。
表面は暗くても、奥には温かい色があった。
絶望の下には、希望の残滓があった。
憎しみの下には、愛の記憶があった。
私は、それらをすべて見た。
そして、断った。
苦しみだけを残し、想いを解放した。
魂が自由になる瞬間、すべての色が輝いた。
それは、美しかった。
*
ある日、死神が私を置いた。
長い柄を壁に立てかけ、去っていった。
次の魂を刈るまで、少しの休息。
私は、一人残された。
静寂の中で、自分を感じた。
冷たい刃。
鋭い切っ先。
無機質な金属。
傷一つない表面。
けれど、何かが変わっていた。
私は、温もりを帯びていた。
微かに、ほんの少しだけ。
触れたわけではなかった。
温められたわけでもなかった。
けれど、確かに温かかった。
それは、刈った魂たちの残り香だった。
感謝の温もり。
安らぎの温もり。
解放された魂たちが、私に残していったもの。
老人の安堵。
青年の感謝。
少女の笑顔。
すべてが、刃に染み込んでいた。
私は、冷たい刃だった。
命を断つ道具だった。
けれど、もう完全に冷たくはなかった。
刈るたびに、少しずつ温かくなっていた。
死を与えることで、安らぎを受け取っていた。
それは、矛盾していた。
けれど、真実だった。
*
私は、死神の鎌として在り続けた。
命を断ち、魂を解放し、苦しみを終わらせた。
それは恐ろしい行為ではなく、救いの行為だった。
終わらせることで、次へ進ませる。
断つことで、自由にする。
私は、終端干渉の意味を知った。
干渉とは、始めることだけではなかった。
終わらせることも、干渉だった。
苦しみを断ち、新たな道を開くこと。
それが、私の在り方だった。
——“終端干渉”が、覚醒した。
見ることから、包むことへ。
行うことから、断つことへ。
私は死神の鎌として、命を終わらせる力を得た。
けれどそれは、破壊ではなく救済だった。
そして次の転生へと、また進んでいく。
けれど今は、ただ立っている。
次に振るわれる時を待ちながら。
私は、冷たくて温かい刃だった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
一つひとつの転生は、ただの物語ではなく、
“想いの在り方”を描いた断片です。
何か一つでも、あなたの中に残るものがあれば幸いです。
次の転生でも、静かにお会いしましょう。




