第6話 転生したら手だった
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
『転生の果てⅡ 』は、
“存在のかたち”をめぐる旅の記録です。
どの話からでも、どの視点からでも、
一つの“想い”として感じてもらえたら嬉しいです。
それでは、どうぞ。
私は、手だった。
誰かの腕の先に在って、命令に従って動く存在。
影として見た。窓として透かした。鏡として映した。手紙として伝えた。マフラーとして包んだ。
そして今度は、行う番だった。
包むことから、動かすことへ。
私は、生きていた。
*
最初に動いたのは、朝だった。
目覚めのアラームが鳴った。
私は伸びた。
布団を掴み、払い、枕を押しのけた。
指先が冷たい空気に触れた。
掌が毛布の温もりを感じた。
私は、体温を持っていた。
血が通っていた。
脈が打っていた。
私は、生きていた。
*
朝食の時間、私は動いた。
包丁を握った。
刃が冷たかった。柄が固かった。
私は、野菜を切った。
トマトが潰れ、ピーマンが割れ、玉ねぎが層になって剥がれた。
力を込めると、抵抗があった。
力を抜くと、滑った。
私は、圧を学んだ。
強すぎても、弱すぎてもいけない。
ちょうど良い力が、在った。
フライパンを振った。
熱が掌に伝わった。油が跳ねた。
掌が少し痛んだ。
けれど止まらなかった。
卵を割り、混ぜ、焼いた。
黄色が白に変わり、柔らかさが固まっていく。
私は、何かを作っていた。
手が、世界を変えていた。
*
昼、私は、誰かを助けた。
道端で転んだ子どもがいた。
膝を擦りむいて、涙を浮かべている。
私は、差し出された。
子どもの小さな手が、私に触れた。
温かかった。
少し震えていた。
私は力を加えた。
ゆっくりと引き上げた。
子どもが立った。
涙が止まった。
「ありがとう」
その言葉が、掌に染み込んだ。
私は初めて、感謝の重さを知った。
それは、温かかった。
*
午後、私は誰かを撫でた。
疲れた友人が隣に座った。
肩を落とし、息を吐いている。
私はそっと、肩に触れた。
固かった。
筋肉が張り詰めている。
私は優しく、叩いた。
トン、トン、トン。
リズムを刻むように。
友人が少し、息を吐いた。
私は背中を撫でた。
上から下へ、円を描くように。
体温が伝わった。
疲れが、少しだけ和らいだ気がした。
友人が微笑んだ。
「楽になった」
私は、優しさの形を知った。
触れることが、癒しになる。
*
夕方、私は誰かを抱いた。
泣いている人がいた。
声を上げずに、ただ震えている。
私は、伸ばされた。
そして、その人を包んだ。
背中に回され、強く抱きしめた。
体温が混ざった。
心臓の音が聞こえた。
その人の震えが、私に伝わった。
悲しみの重さ、孤独の冷たさ、誰にも言えなかった痛み。
私は、それを受け止めた。
力を込めた。
「大丈夫」
そう言おうとしたけれど、言葉は出なかった。
けれど私は、ただ抱いた。
それだけで良かった。
その人の震えが、少しずつ静まった。
呼吸が整った。
私は、寄り添うことの意味を知った。
*
けれど夜、私は殴った。
誰かが襲われていた。
路地裏で、暗がりで、叫び声が響いた。
私は、振り上げられた。
拳が握られた。
私は固く、強く、熱を持っていた。
そして、叩きつけた。
鈍い音がした。
衝撃が腕を走った。
痛みが掌に響いた。
けれど私は、止まらなかった。
もう一度、殴った。
肉が潰れ、骨が軋んだ。
相手が倒れた。
襲われていた人が逃げた。
私は、救った。
けれど私は、傷つけた。
同じ手で。
同じ掌で。
私は、震えた。
触れることは、優しさだと思っていた。
けれど違った。
触れることは、暴力でもあった。
*
深夜、私は壊した。
古い建物の解体現場。
私は、ハンマーを握った。
振り下ろした。
壁が砕けた。
板が割れた。
ガラスが飛び散った。
私は強く押した。
何度も、何度も。
破壊の音が響いた。
私は、世界を壊していた。
同じ手で、朝は料理を作った。
昼は子どもを助けた。
夕方は誰かを抱いた。
そして今、壊していた。
矛盾していた。
けれど、どちらも私だった。
触れることは、作ることでもあり、壊すことでもあった。
救うことでもあり、傷つけることでもあった。
私は、行為の二面性を知った。
*
翌朝、私は、気づいた。
手は、命令に従うだけの存在ではなかった。
触れる相手を選べなかった。
行為の結果を決められなかった。
けれど、私は感じていた。
すべての行為の、温度を。
撫でるときの温かさ。
殴るときの熱さ。
抱くときの震え。
壊すときの痛み。
私は、すべてを受け止めていた。
触れる者と、触れられる者の間に在って、両方の心を感じ取っていた。
それが、手の役割だった。
行為の媒介者。
想いの通り道。
私は、干渉の意味を理解した。
*
ある日、私は、自分の掌を見た。
いや、正確には見たわけではない。
けれど、感じた。
皺が刻まれていた。
傷が残っていた。
固くなった皮膚、柔らかい指先、温かい血の流れ。
私は、誰かの一部だった。
けれど、私自身でもあった。
影は誰かの足元に在った。
窓は家の一部だった。
鏡は壁に嵌められていた。
手紙は誰かの想いを運んだ。
マフラーは首に巻かれていた。
けれど手は、誰かと共に在った。
一体化していた。
切り離せなかった。
私は、その人の意志で動いた。
けれど、その人の痛みも感じた。
その人の温もりも、冷たさも、すべて共有していた。
私は、触れることの本質を悟った。
触れるとは、心を差し出すことだった。
自分を相手に委ねることだった。
そして相手の痛みを、自分の痛みとして受け取ることだった。
*
私は、手として在り続けた。
朝は料理を作り、昼は誰かを助け、夕方は誰かを抱いた。
時には殴り、時には壊し、時には創った。
すべての行為に、意味があった。
すべての接触に、想いがあった。
私はもう、矛盾を恐れなかった。
優しさと暴力は、同じ手の中に在った。
それは分離できなかった。
けれど、それで良かった。
触れることは、選ぶことではなく、受け入れることだった。
相手の痛みも、喜びも、すべて受け止めることだった。
——“触感”が、完成した。
見ることから、触れることへ。
包むことから、行うことへ。
私は手として、世界に直接干渉する力を得た。
そして次の転生へと、また進んでいく。
けれど今は、ただ動く。
誰かを助け、誰かを支え、誰かと共に在りながら。
私は、触れることを恐れなくなった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
一つひとつの転生は、ただの物語ではなく、
“想いの在り方”を描いた断片です。
何か一つでも、あなたの中に残るものがあれば幸いです。
次の転生でも、静かにお会いしましょう。




