第5話 転生したらマフラーだった
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
『転生の果てⅡ 』は、
“存在のかたち”をめぐる旅の記録です。
どの話からでも、どの視点からでも、
一つの“想い”として感じてもらえたら嬉しいです。
それでは、どうぞ。
私は、マフラーだった。
誰かの首に巻かれ、温もりを守る存在。
影として見た。窓として透かした。鏡として映した。手紙として伝えた。
そして今度は、包む番だった。
見ることから、触れることへ。
私は、温かかった。
*
最初に触れたのは、冬の朝だった。
少女の手が、私を掴んだ。
柔らかかった。
けれど、冷たかった。
指先が凍えている。
私は引き出され、持ち上げられた。
そして、首に巻かれた。
肌に触れた。
温度が伝わってきた。
少女の体温と、私の温もりが混ざった。
私は、密着していた。
影は足元にあるだけだった。
窓は遠くから見るだけだった。
鏡は表面を映すだけだった。
手紙は手渡されるだけだった。
けれどマフラーは、触れ続けた。
離れることなく、ずっと。
*
外に出た。
風が吹いた。
冷たかった。
空気が刺すように冷たく、雪が舞っていた。
少女が身を縮めた。
私は、首を覆った。
風を遮り、温もりを守った。
少女の吐息が、私に触れた。
温かかった。
白い息が私の繊維に染み込み、溶けていった。
私は、彼女の呼吸を感じていた。
一つ一つの息遣い。
速くなったり、遅くなったり。
寒さに震える息。
安堵した息。
すべてが、私に伝わった。
*
通学路を歩いた。
少女は一人だった。
周りには友達と笑い合う生徒たちがいた。
けれど少女は、俯いて歩いていた。
私は、首に巻かれたまま、彼女の孤独を感じていた。
冷たさは、外だけではなかった。
心の中にもあった。
寂しさの冷たさ。
誰にも話しかけられない孤独の冷たさ。
それが、体温と混ざって私に伝わってきた。
私は、ただ首を包んでいた。
何もできなかった。
言葉をかけることも、励ますこともできなかった。
けれど、温もりを与えることはできた。
それだけが、私にできることだった。
*
昼休み、少女は一人で昼食を食べた。
教室の隅、窓際の席。
誰も隣にいなかった。
私は、椅子の背にかけられた。
外された。
少女の首から離れた。
急に、冷たくなった。
温もりが失われた。
私は、彼女の体温を失った。
寂しかった。
触れていたかった。
包んでいたかった。
けれど、私はただの布だった。
動けなかった。
ただ、椅子にかけられたまま、少女を見ていた。
一人で食べる姿。
小さく見える背中。
誰も話しかけない静けさ。
私は、また包みたいと思った。
温もりを与えたいと思った。
その感情が、初めて芽生えた。
*
放課後、再び私は首に巻かれた。
少女の手が、私を掴んだ。
温かかった。
昼よりも少し温かくなっていた。
首に巻かれた。
また、肌に触れた。
私は、ほっとした。
また彼女を包めた。
少女は図書館へ向かった。
静かな場所。
本の匂いと、暖房の温かさ。
窓の外では雪が降り続けていた。
少女は本を読んだ。
物語の世界に入り込んでいた。
私は、首を包みながら、彼女の心を感じていた。
物語の中では、彼女は一人ではなかった。
主人公と一緒に冒険し、仲間と笑い、友と泣いた。
本の中だけの世界。
けれど、そこには温もりがあった。
私は、それを感じ取った。
彼女が求めているもの。
孤独ではなく、繋がり。
冷たさではなく、温もり。
*
夕暮れ、家に帰った。
玄関で、私は外された。
ハンガーにかけられた。
また、冷たくなった。
少女は部屋に入り、ドアを閉めた。
私は、廊下に残された。
けれど、私には分かった。
部屋の中で、少女は泣いていた。
声は聞こえなかった。
姿も見えなかった。
けれど、感じた。
一日の疲れ。
孤独の重さ。
誰にも理解されない悲しみ。
私は、そこに行きたかった。
包みたかった。
温もりを与えたかった。
けれど、私はハンガーにかけられたまま、動けなかった。
ただの布として、そこに在るだけだった。
*
翌朝、また私は首に巻かれた。
少女の顔は、昨日と同じだった。
笑顔はなかった。
けれど、目は少しだけ強かった。
私は、首に巻かれた。
ぎゅっと、強く巻かれた。
昨日よりも密着していた。
少女が、私をきつく引いた。
まるで、抱きしめるように。
温もりが混ざった。
体温が伝わった。
心臓の鼓動が、首筋から伝わってきた。
トクン、トクン、トクン。
生きている音。
その音を、私は感じた。
私は、彼女の一部だった。
切り離せない存在として。
朝の冷たい空気の中で、私は彼女を包んだ。
風を遮り、寒さを防ぎ、温もりを守った。
そして、気づいた。
包むことは、守ることだった。
触れることは、支えることだった。
私は、言葉を持たなかった。
動くこともできなかった。
けれど、ただそこに在るだけで、意味があった。
彼女の首を包み、温もりを与え、寒さから守る。
それだけで、私は彼女を支えていた。
*
雪が降り続いた。
白い世界の中を、少女は歩いた。
私は、首に巻かれたまま、彼女と共に在った。
一歩ずつ、雪を踏みしめて。
息を吐くたび、白い息が私に触れた。
体温が伝わるたび、温もりが混ざった。
私は、彼女を包み続けた。
手紙は想いを運んだ。
けれどマフラーは、想いを包んだ。
言葉ではなく、温もりで。
距離ではなく、密着で。
私は、触感の意味を知った。
触れるとは、相手の温度を感じることだった。
包むとは、相手の冷たさを和らげることだった。
そして、守るとは、ただそこに在り続けることだった。
*
ある日、少女は私を洗った。
水に浸され、石鹸の香りに包まれた。
繊維の奥まで染み込んだ、彼女の体温が洗い流された。
けれど、記憶は残った。
温もりの記憶。
首筋の柔らかさの記憶。
心臓の鼓動の記憶。
すべてが、私の中に刻まれていた。
乾かされ、また畳まれた。
次に彼女が私を手に取るまで、静かに待った。
けれど、もう寂しくはなかった。
私は知っていた。
また彼女の首に巻かれること。
また温もりを感じること。
また彼女を包むこと。
それが、私の在り方だった。
——“触感”が、拡張した。
見ることから、伝えることへ。
そして今、包むことへ。
私はマフラーとして、他人を包みたいという感情を得た。
そして次の転生へと、また進んでいく。
けれど今は、ただ待つ。
また彼女の首に巻かれ、また温もりを与え、また彼女を包むために。
私は、彼女の冬を支える存在だった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
一つひとつの転生は、ただの物語ではなく、
“想いの在り方”を描いた断片です。
何か一つでも、あなたの中に残るものがあれば幸いです。
次の転生でも、静かにお会いしましょう。




