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―転生の果てⅡ―  作者: MOON RAKER 503


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第4話 転生したら手紙だった

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

『転生の果てⅡ 』は、

“存在のかたち”をめぐる旅の記録です。


どの話からでも、どの視点からでも、

一つの“想い”として感じてもらえたら嬉しいです。


それでは、どうぞ。


私は、手紙だった。


白い便箋の上に、黒いインクで言葉を刻まれた存在。


影として見た。窓として透かした。鏡として映した。


そして今度は、言葉として運ばれる。


誰かの想いを、誰かへ届けるために。


 *


私が書かれたのは、小さなアパートの部屋だった。


机の上に広げられた便箋。窓の外は夕暮れで、オレンジ色の光が部屋に差し込んでいた。その上をペン先が滑る。


一文字、また一文字。


インクが紙に染み込み、言葉が形になっていく。


書いているのは、若い男性だった。


彼は何度も手を止めて、天井を見上げた。何を書くべきか、どう書くべきか、迷っているようだった。


やがて、文字が並び始めた。


『母さん、元気ですか。』


筆圧が強い。ペン先が紙に食い込んで、裏側まで凹んでいた。文字が力強く、はっきりとしている。けれどその力強さの中に、どこか焦りが混ざっていた。


『僕は元気です。仕事も順調です。』


次の一文は、筆圧が弱くなった。文字が細く、震えている。ペン先が迷うように紙の上を滑り、線が揺れていた。


私には分かった。


この言葉は、嘘だった。


仕事は順調ではない。彼は元気ではない。


けれど、彼は書いた。


母を心配させないために。


『必ず会いに行きます。待っていてください。』


最後の一文は、また筆圧が強くなった。


文字の一つ一つに、力がこもっていた。


それは嘘ではなかった。


本当に会いたい。本当に行きたい。


けれど、行けない。


その葛藤が、文字の揺れとして残っていた。


彼は便箋を折りたたみ、封筒に入れた。


丁寧に、慎重に。角を揃えて、優しく封をした。宛名を書く手も、震えていた。


私は暗闇の中に閉じ込められた。


けれど、文字の温度は残っていた。


インクの香りと共に、彼の想いが私の中に宿っていた。


 *


私は旅を始めた。


ポストに投函され、集配車に積まれ、郵便局を経由し、別の町へ運ばれる。


トラックの荷台で揺られながら、私は他の手紙たちと共に在った。それぞれが、誰かの想いを運んでいた。


その途中、雨が降った。


配達員のカバンの隙間から、雨粒が染み込んできた。


私は少しずつ、濡れていった。


封筒の端が湿り、便箋の角が柔らかくなった。


そして、文字が滲み始めた。


『母さん』の「さ」が、少し崩れた。


『元気です』の「で」が、にじんだ。


『必ず』の「ず」が、薄れた。


私は形を失っていった。


けれど、温度は残っていた。


滲んだ文字の中にも、彼の想いは宿っていた。


風が吹いた。


私は配達員のカバンの中で揺れた。


折り目が深くなり、紙が擦れて、少し破れた。


それでも、私は運ばれ続けた。


彼の想いを、彼女のもとへ。


 *


やがて、私は病院に着いた。


白い壁、消毒液の匂い、静かな廊下。足音が反響し、遠くで機械の音が聞こえる。


配達員がナースステーションで私を手渡し、看護師が病室まで運んだ。


病室は静かだった。カーテンが半分閉まり、午後の光が斜めに差し込んでいる。ベッドの脇には小さなテーブルがあり、水の入ったコップが置かれていた。


そして、彼女の手に渡された。


入院中の母——彼の母。


彼女はベッドに横たわりながら、私を受け取った。


その手は冷たく、細く、震えていた。


私は初めて、誰かに触れられた。


影は触れられない。窓は触れられない。鏡は触れられない。


けれど手紙は、触れられる。


持たれて、開かれて、読まれる。


彼女の指が封筒の端に触れた。


その瞬間、私は彼女の温度を感じた。


冷たさの奥にある、かすかな温かさ。


弱々しいけれど、確かに生きている温度。


指紋の凹凸が、私の表面をなぞる。それは優しく、慎重な触れ方だった。


彼女は封を切った。


ゆっくりと、慎重に。


便箋を取り出し、広げた。


滲んだ文字が、彼女の目に映る。


『母さん、元気ですか。』


彼女の目が、文字を追った。


『僕は元気です。仕事も順調です。』


彼女は微笑んだ。


けれど、私には分かった。


彼女はこの嘘に気づいている。


母は、息子の嘘を見抜いていた。


それでも、嬉しかった。


『必ず会いに行きます。待っていてください。』


その一文を読んだとき、彼女の目から涙が落ちた。


一粒、また一粒。


ゆっくりと、静かに。


私の上に、涙が落ちた。


温かかった。


彼女の涙は、雨よりも温かかった。体温があり、想いがあり、重さがあった。


文字がさらに滲んだ。


『必ず』の文字が、涙に溶けて広がった。


けれど、想いは消えなかった。


むしろ、はっきりと伝わっていた。


言葉が届いた。


距離を越えて、想いが届いた。


私は手紙として、その瞬間を感じ取った。


 *


彼女は便箋を胸に抱いた。


私は彼女の温度を感じ続けた。


心臓の鼓動が、私に伝わってくる。


ゆっくりとした、けれど確かな鼓動。


彼女は目を閉じた。


そして、小さく呟いた。


「ありがとう」


その声は、私を通して、遠くの彼に届くことはない。


けれど、私は聞いた。


彼女の声を、彼女の想いを。


私は手紙として、二つの想いを繋いだ。


言葉を運ぶことで、心を繋いだ。


触れられない距離の中で、文字が心に触れた。


それが、干渉の第四段階だった。


見ることから、透かすことへ。


映すことから、触れることへ。


視感が完成し、触感が芽生えた。


 *


私は彼女の手の中で、静かに在り続けた。


滲んだ文字も、破れた端も、そのままに。


けれど、それでよかった。


完璧な形ではなくても、想いは届いた。


言葉は伝わった。


彼の温度が、彼女の温度と混ざり合った。


私はその媒介として、二人を繋いだ。


——“触感”が、芽生えた。


触れることで、想いが伝わる。


言葉が、心に触れる。


それは視ることとは違った。影や窓や鏡は、見るだけだった。距離があった。


けれど手紙は、触れる。


手に持たれ、指でなぞられ、涙に濡れる。


物理的な接触を通して、感情が流れ込む。


それが、私の新しい力だった。


夜が来て、病室の灯りが消えた。


窓の外には街の灯りが見える。遠くで救急車のサイレンが鳴っている。


彼女はまだ、私を抱いていた。


枕元に置くこともなく、ベッドの上に置くこともなく、ただ胸に抱いたまま。


私は彼女の温度の中で、溶けていく。


次の転生へと、また進んでいく。


けれど今は、ただここに在る。


彼の想いと、彼女の想いの間に。


私は、届いた。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

一つひとつの転生は、ただの物語ではなく、

“想いの在り方”を描いた断片です。


何か一つでも、あなたの中に残るものがあれば幸いです。

次の転生でも、静かにお会いしましょう。


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