表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
―転生の果てⅡ―  作者: MOON RAKER 503


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/16

第2話 転生したら窓だった

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

『転生の果てⅡ 』は、

“存在のかたち”をめぐる旅の記録です。


どの話からでも、どの視点からでも、

一つの“想い”として感じてもらえたら嬉しいです。


それでは、どうぞ。


私は窓だった。


透明で、硬く、動けない。ただそこに在って、光を通す存在。


影として世界を”見た”次は、窓として世界を”透かす”番だった。


見ることから、透かすことへ。


それが、干渉の次の段階だった。


私はとある家の居間に嵌め込まれていた。木枠に支えられ、外の景色と内の暮らしを隔てる一枚のガラス。


朝日が私を通り抜け、部屋の中を照らす。


風が吹いても、私は揺れない。


雨が降れば、私に当たって流れ落ちる。


私は透明だった。


だから、すべてが見えた。


外の世界も、内の世界も。


外には青い空があり、雲が流れ、鳥が飛んでいた。木々が風に揺れ、人々が行き交い、車が通り過ぎていった。


内には家族の暮らしがあり、声があり、温度があった。


 *


この家には、三人の家族が住んでいた。


父と、母と、小学生くらいの娘。


朝、父が最初にリビングへやってくる。スーツを着て、ネクタイを締めながら、私の向こうの空を見上げる。青く澄んだ空が、私を通して彼の目に映る。


母が朝食を並べる。テーブルに皿が並ぶ音が、私に微かに伝わる。トースト、目玉焼き、コーヒーの湯気が立ち上る。


娘がランドセルを背負って、慌ただしく席につく。髪を結びながら、パンを頬張る。


「いってきます」


三人の声が重なって、玄関のドアが閉まる。


私は、その光景を透かして見ていた。


最初は、温かかった。


朝日が部屋を満たし、笑い声が響き、家族が揃っている。それは穏やかな日常の色だった。


光が私を通り抜けて、部屋中を照らす。テーブルの上、壁、床——すべてが朝の光を受けていた。


けれど、日が傾くにつれて、何かが変わっていった。


 *


昼間、家には母だけがいた。


彼女は洗濯物を畳んだり、掃除機をかけたり、テレビを見たりしていた。窓際で洗濯物を干すとき、私のすぐ近くに立つ。彼女の吐息が、私を曇らせる。すぐに消えるけれど、その一瞬だけ、私は彼女の温度を感じた。


けれど、私には分かった。


彼女の動きが、どこか虚ろだった。


手を動かしているのに、目が遠くを見ている。笑っているのに、温度がない。


私を通り抜ける光は温かいのに、彼女の周りだけが冷たかった。


私は窓として、その温度の違いを感じ取っていた。


外の光は暖かく、明るい。


けれど、内側には何か冷たいものが沈殿していた。


それは影のように黒くはなく、透明なままだった。


けれど、確かに”ある”ものだった。


 *


夕方、娘が帰ってきた。


ランドセルを放り投げて、リビングに駆け込む。


「ただいま!」


明るい声。弾んだ足音。


母が微笑んで、おやつを差し出す。


娘は私の前に座って、外を眺めた。


夕日が私を通り抜けて、彼女の顔を照らす。オレンジ色の光が、彼女の頬を染める。


私には見えた。


彼女の瞳に映る、外の景色。


公園で遊ぶ子どもたち。夕焼けに染まる空。ゆっくりと飛ぶ鳥。誰かが笑っている声が、遠くから聞こえる。


彼女はそれを見ながら、小さくため息をついた。


その息が、私に触れた。


温かくて、少し湿っていて、切なさが混ざっていた。


私は窓として、その温度を受け止めた。


 *


夜、父が帰ってきた。


玄関のドアが開く音。重い足音。廊下を歩く音が、リビングへ近づいてくる。


父はリビングに入ってきて、ソファに座った。


母が夕食を運ぶ。箸が皿に当たる音だけが響く。


娘がテレビを見ている。画面の光が、私に反射する。


三人が揃った。


けれど、朝とは違う何かが、そこにあった。


父は黙ってスマートフォンを見ている。青白い光が、彼の顔を照らす。


母は黙って食器を片付けている。水が流れる音だけが、静寂を破る。


娘は黙ってテレビを見ている。けれど、画面を見ているのではなく、ただ目を向けているだけだった。


誰も、誰とも話さなかった。


私を通り抜ける月明かりは冷たく、部屋の中はもっと冷たかった。


 *


ある夜、父と母が言い争った。


最初は小さな声だった。けれどそれは次第に大きくなり、言葉が激しくなり、私を震わせた。


ガラスは音を伝える。


怒号が、私を通り抜けた。振動が私の表面を走り、部屋全体に響いた。


娘は部屋の隅で、膝を抱えて座っていた。耳を塞いで、目を閉じて、小さく縮こまっている。


私には見えた。


彼女の目から、涙が流れているのが。


その涙が、私を濡らすような錯覚があった。


透明で、動けなくて、ただそこに在るだけ。


けれど、感じていた。


彼女の悲しみを、父の怒りを、母の疲れを。


それらが私を通り抜けて、内と外を行き来していた。


私は透過していた。


ただ光を通すだけではなく、感情を通していた。


家族の想いが、私という透明な存在を揺らしていた。


 *


翌朝、何かが飛んできた。


父が投げたコップだった。


それは回転しながら私に向かって飛び、私に当たった。


私は割れた。


ガラスが砕ける音。


鋭い音が部屋中に響いた。破片が床に落ちて、さらに細かく砕けた。


私は割れながら、すべてを感じた。


衝撃、痛み、そして——透過の完成。


割れた瞬間、私は完全に透明になった。


もう光を遮ることもなく、温度を隔てることもなく、ただすべてを通した。


外の風が、部屋の中へ流れ込んだ。


内の温度が、外へ漏れ出した。


私は割れながら、家族の感情をすべて透かして見た。


父の後悔。


母の諦め。


娘の悲しみ。


そのすべてが、私を通り抜けていった。


 *


夕暮れ、割れた私に夕陽が反射した。


オレンジ色の光が、砕けたガラスの破片に映り込む。大きな破片も、小さな破片も、それぞれが光を受け止めて輝いた。


無数の光が、部屋の中で踊った。


壁に、天井に、床に。光の粒が散らばって、部屋全体が輝いた。


私は窓として、最後に美しい光景を見た。


割れることで、私は完全に透過した。


隔てることをやめて、すべてを通した。


透明であることの意味を、知った。


他人の感情を通して、自分も揺れること。


それが、干渉の第二段階だった。


影として”見る”ことから、窓として”透かす”ことへ。


私は他人の想いを通し、その温度を感じ取った。


痛みも、美しさも、すべて透過して。


——“視感”が、深化した。


他人の心を透かして視る力が、私の中で育っていた。


影として見ることから、窓として透かすことへ。


段階が、一つ進んだ。


透過の意味を、私はようやく知った。


それは隔てることではなく、繋ぐことだった。


外と内を、光と影を、温かさと冷たさを。


受け止めて、通して、揺れること。


私は割れた窓として、静かに夕陽を受け止めた。


破片の一つ一つが、最後の光を映していた。


まるでそれぞれが、一つの記憶のように。


そして次の転生へと、溶けていく。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

一つひとつの転生は、ただの物語ではなく、

“想いの在り方”を描いた断片です。


何か一つでも、あなたの中に残るものがあれば幸いです。

次の転生でも、静かにお会いしましょう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ