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―転生の果てⅡ―  作者: MOON RAKER 503


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2/16

第1話 転生したら影だった

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

『転生の果てⅡ 』は、

“存在のかたち”をめぐる旅の記録です。


どの話からでも、どの視点からでも、

一つの“想い”として感じてもらえたら嬉しいです。


それでは、どうぞ。


私は、影だった。


それが始まりなのか終わりなのかも、分からなかった。


光が差せば形を得て、消えれば闇に溶ける。声も重さも持たない、ただそこに在るだけの存在。


最初、私は何も分からなかった。


体がない。触れられない。声が出ない。


ただ地面に張り付いて、誰かの形をなぞるだけ。光の角度が変われば、私も変わる。人が動けば、私も動く。


風が吹いても、私には感じられない。雨が降っても、私は濡れない。ただアスファルトの上で、黒い輪郭として存在するだけ。


それ以上のことは、何もできなかった。


けれど、“見る”ことはできた。


私は影として、世界を見つめ続けた。


 *


街を歩く人々の足元に、私はいた。


朝の通勤路。昼の商店街。夕暮れの公園。夜の駅前。


光がある限り、私は存在し続けた。


朝日が昇れば、影は長く西へ伸びる。正午になれば、影は短く足元に縮む。夕日が沈めば、影は再び長く東へ伸びていく。


人が歩けば、影も歩く。


人が立ち止まれば、影も止まる。


誰もが、自分の影を連れていた。


そして私は、その全てを見ていた。


アスファルトの上を滑る黒い輪郭たち。伸びたり縮んだり、濃くなったり薄れたり。太陽の位置によって、影は姿を変えた。


ビルの影、街路樹の影、電柱の影。すべてが地面に映り込んで、世界を二重にしていた。


最初はただの黒だった。


どの影も同じに見えた。


けれど私は、ある時気づいた。


影の色が、それぞれ違うことに。


 *


笑いながら歩く人の影は、淡かった。


黒いはずの影が、どこか軽やかで、透明感を帯びている。地面に落ちた輪郭が、ふわりと揺れる。その人が笑うたび、影も一緒に弾んだ。


まるで影そのものが、笑っているかのように。


泣きながら歩く人の影は、深かった。


濃く、重く、地面に沈み込むように広がっている。その人が足を引きずるたび、影も一緒に歪んだ。影の縁が滲んで、アスファルトに染み込んでいくようだった。


怒りを抱えた人の影は、赤黒かった。


黒の中に、何か熱いものが混ざっている。影の縁が揺らめいて、炎のように揺れた。その人が拳を握りしめるたび、影も一緒に震えた。


迷っている人の影は、滲んでいた。


輪郭がはっきりしない。ぼやけて、揺らいで、どこか定まらない。その人が立ち止まるたび、影も一緒に揺れた。方向が分からず、ただそこに留まっている。


私は、それらを見ていた。


影を通して、人の”心の色”を感じ取っていた。


これが、“視感”の始まりだった。


見ることで、他人の内側に触れる力。


それが私の中に、静かに芽生えていた。


 *


ある朝、ひとりの男性が駅のホームに立っていた。


彼の影は、私の目に焼き付いた。


それは、灰色だった。


黒でも白でもなく、ただ灰色。色がない。温度がない。感情が、凍りついているような影。


彼はスーツを着て、まっすぐ前を見つめていた。表情は穏やかで、何も問題がないように見えた。通勤する人々の中で、彼だけが異様に静かだった。


けれど、彼の影は嘘をつけなかった。


私には見えた。


彼の心が、空っぽになっていくのが。


影の色が、少しずつ薄れていくのが。


まるで、存在そのものが消えていくかのように。


電車が来た。


ホームに風が吹き込み、人々が動いた。


彼は乗り込んだ。


影も、一緒に電車の中へ消えた。


私は、ただ見送ることしかできなかった。


声をかけることも、手を伸ばすこともできない。ただ彼の影が消えていくのを、見守るだけだった。


 *


昼下がり、公園でひとりの少女が座っていた。


彼女の影は、揺れていた。


笑顔を作っているのに、影は深く沈んでいる。友達と話しているのに、影は冷たく固まっている。


彼女は明るく振る舞っていた。


声を弾ませて、笑って、友達の話に相槌を打っていた。


けれど、影は嘘をつけなかった。


私には見えた。


彼女の孤独が、影の底に沈殿しているのが。


笑顔の裏に、悲しみの色が混ざっているのが。


友達が立ち去ったあと、彼女はひとりベンチに座っていた。笑顔が消えて、ため息をついた。


影が、より深く沈んだ。


やがて彼女は立ち上がり、また歩き始めた。


影も、一緒に動いた。


私は、ただ見守ることしかできなかった。


 *


夕暮れ、商店街をひとりの老人が歩いていた。


彼の影は、長く伸びていた。


その影は、温かかった。


黒の中に、淡いオレンジ色が混ざっている。夕日の色ではない。彼自身の”色”だった。


彼はゆっくりと歩いていた。


杖をつきながら、一歩一歩を確かめるように。


時々立ち止まって、空を見上げた。


影も、一緒に止まった。


私には見えた。


彼の心が、静かに満ちているのが。


長い人生の果てに、穏やかさを手に入れたのが。


彼は微笑んで、また歩き始めた。


影も、一緒に動いた。


夕日が彼の背中を照らし、影は長く長く伸びていった。


私は、それを見届けた。


 *


夜が来ると、影は消える。


光がなければ、私は存在できない。


けれど、消える瞬間まで、私は見続けた。


街灯の下を通る人々の影。


月明かりに照らされる建物の影。


車のヘッドライトが作り出す、動く影たち。


すべてが、心の色を映していた。


私は影として、ただ見ることしかできなかった。


触れられない。


語りかけられない。


救うこともできない。


けれど、“見る”ことが、干渉の始まりだと知った。


他人の心を視ること。


それは、誰かに寄り添う最初の一歩だった。


影には手も声もないけれど、見守ることはできる。


それだけで、何かが伝わるかもしれない。


 *


日が沈み、街灯が消えていく。


闇が広がり、影たちが溶けていく。


私も、少しずつ薄れていく。


けれど、消える前に、私は確かに見た。


今日歩いた人々の、心の色を。


笑顔の裏の孤独を。


怒りの奥の悲しみを。


迷いの先の光を。


空っぽになりかけた魂を。


満ち足りた穏やかさを。


私は影として、世界を見つめた。


それが、私にできる唯一の干渉だった。


——“視感”が、芽生えた。


他人の心を視る力が、私の中に宿った。


これから私は、もっと深く、もっと近くへ。


干渉の意味を知るために、次の転生へと進んでいく。


けれど今は、ただ影として。


光と闇の狭間で、誰かを見守り続ける。


それだけで、きっと何かが伝わるはずだから。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

一つひとつの転生は、ただの物語ではなく、

“想いの在り方”を描いた断片です。


何か一つでも、あなたの中に残るものがあれば幸いです。

次の転生でも、静かにお会いしましょう。


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