第15話 転生したらオレだった
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
『転生の果てⅡ』、この物語もいよいよ最後の転生です。
数多のかたちを経て、たどり着く“ひとつの存在”。
どうか、最後まで静かに見届けてください。
朝、七時。
目覚ましが鳴る前に、俺は目を覚ました。
目を開けると、見慣れた天井。自分の部屋。白い壁、カーテン、窓から差し込む光。
すべてが、懐かしかった。
体を起こす。
手がある。五本の指。温もりがある。心臓が鳴っている。
呼吸ができる。空気を吸い、吐く。
肺が膨らみ、胸が上下する。
人間だ。
俺は――人間に戻っていた。
混線として世界を壊し、崩壊させた、あの瞬間の後で。
窓を開ける。
風が吹き込んできた。
その瞬間――
影のように、足元に寄り添う感覚があった。
見ることの記憶。
他人の足元から、感情の濃淡を読み取った、あの視感。
それが、今も目の奥に残っている。
深く息を吸う。
胸の奥に、窓のような透明さがあった。
透かして見ること。
家族の笑顔の裏に沈む色を感じ取った、あの感覚。
それが、今の俺の視界を作っている。
心は――鏡のように、真実を映していた。
外面と内面のズレを理解した記憶。
それが、今の俺の目を研ぎ澄ませている。
鏡の前に立つ。
映るのは、元の自分の顔。
ごく普通の顔。
だが――
目の奥に、何かが宿っていた。
過去の転生が、重なって見える。
影として見た世界。
窓として透かした感情。
鏡として映した真実。
手紙として伝えた想い。
マフラーとして包んだ温もり。
手として行った干渉。
鎌として断った苦しみ。
ローブとして抱いた安らぎ。
死神として導いた魂。
白衣として観た理解。
子守唄として歌った記憶。
枕として受け止めた想い。
祈りとして放った願い。
混線として壊した世界。
そのすべてが、今の俺という人間の中で息づいている。
かつての俺なら――
何も感じずに、ただ生きていただけだった。
他人を見ても、何も思わなかった。
触れても、何も感じなかった。
ただ、自分だけが世界だった。
だが、今は違う。
すべてが、繋がっている。
他人が呼吸している。
俺も、その一部として息をしている。
けれど――
もう、干渉しない。
服を着る。
ボタンを留める指先に、手の記憶が宿る。
助け、撫で、抱き、そして傷つけた、あの日々。
俺は、他人を変えようとした。
触れることで。
行うことで。
けれど、それは暴力にもなった。
鞄を持つ手に、マフラーの記憶が宿る。
包むことで温もりを与えた、あの日々。
俺は、他人を守ろうとした。
包むことで。
支えることで。
けれど、それは束縛にもなった。
玄関を出る。
朝の風が頬を撫でる。
子守唄として歌った記憶が、蘇る。
音で繋がり、記憶を継承した日々。
俺は、他人を癒そうとした。
歌うことで。
響くことで。
けれど、それは押し付けにもなった。
通学路を歩く。
遠くで、母が子どもの手を引いていた。
その光景を見た瞬間――
枕として受け止めた無数の夜が、蘇った。
涙も、汗も、夢も、すべてを吸い込んだ日々。
俺は、他人を支えようとした。
受け止めることで。
寄り添うことで。
けれど、それは重荷にもなった。
ふと、母の手が滑った。
子どもが転びかけた。
俺は、反射的に手を伸ばした――わけではない。
ただ、心の奥で”痛むな”と願った。
その瞬間、風が静まった。
子どもは、転ばなかった。
母は何も気づかず、歩き続けた。
俺の掌に、微かな温もりだけが残った。
それが、俺の干渉だった。
壊さず、触れず、ただ願うだけの力。
もう、救わない。
ただ、痛みを一瞬だけ和らげる。
それで、十分だった。
空を見上げる。
青い空。白い雲。
祈りとして放たれた記憶が、蘇る。
無数の想いを運んだ日々。
俺は、他人を救おうとした。
祈ることで。
願うことで。
けれど、それは暴走した。
そして――
混線として、世界を壊した。
優しさで。
想いで。
干渉の果てに、崩壊があった。
立ち止まる。
信号が青に変わる。
人々が歩き出す。
俺も、歩き出す。
だが――
もう、誰も助けない。
かつての俺なら、走っただろう。
危険を見つければ、飛び込んだだろう。
だが、今は違う。
それは、干渉だ。
他人の人生への、介入だ。
俺が助ければ、その人の運命が変わる。
変わることが、正しいとは限らない。
助けることが、救いとは限らない。
俺は、知っている。
死神として、知った。
死は、終わりではない。
助けることが、必ずしも優しさではない。
白衣として、知った。
理解できないことを、受け入れることも大切だ。
すべてを変えようとすることが、暴力になる。
歩き続ける。
人々がすれ違う。
笑っている人。
泣いている人。
怒っている人。
すべてが、そこにいる。
俺は、もう何もしない。
見るだけ。
感じるだけ。
ただ、在るだけ。
それが、俺にできることだった。
公園に着く。
ベンチに座る。
風が吹く。
木々が揺れる。
鳥が鳴く。
隣のベンチに座る老人が、咳き込んだ。
苦しそうだった。
俺は見た。
ただ、見た。
そして、心の中でそっと”楽に”と呟いた。
風が、老人の肩を撫でた。
咳が止まった。
老人は、何事もなかったように空を見上げた。
俺は、微笑んだ。
これが、今の俺の干渉。
“治す”のではなく、“寄り添う”力。
世界を変えずに、痛みの波だけを整える。
世界は、ノイズに満ちていた。
混線の記憶が、まだ残っている。
無数の声。
無数の想い。
無数の祈り。
すべてが、今も響いている。
ジリジリと。
ザラザラと。
だが――
俺は、それを受け入れた。
拒まなかった。
消そうともしなかった。
ノイズもまた、世界の一部だった。
混線もまた、必要だった。
壊すこともまた、在り方の一つだった。
俺は、自分を責めなかった。
世界を壊したことを。
優しさで傷つけたことを。
干渉しすぎたことを。
それもまた、俺だった。
過ちもまた、俺だった。
すべてを含めて、俺だった。
目を閉じる。
暗闇の中で、すべての転生が浮かぶ。
影、窓、鏡、手紙、マフラー、手、鎌、ローブ、死神、白衣、子守唄、枕、祈り、混線。
そして――
今、ここにいる俺。
すべてが、一つになった。
他者を救おうとした日々。
他者を傷つけた日々。
他者を導いた日々。
他者を壊した日々。
すべてが、俺を作った。
だが、もう終わりだ。
他者ではなく、自分を見る。
干渉ではなく、受容を選ぶ。
目を開ける。
世界は、変わっていなかった。
人々は、それぞれの人生を生きていた。
俺が何もしなくても。
俺が干渉しなくても。
世界は、回り続けていた。
それでよかった。
立ち上がる。
ベンチを離れる。
歩き出す。
もう、転生しない。
もう、干渉しない。
ただ、オレとして生きる。
影でも、窓でも、鏡でも、手紙でもなく。
マフラーでも、手でも、鎌でも、ローブでもなく。
死神でも、白衣でも、子守唄でも、枕でもなく。
祈りでも、混線でもなく。
ただ、オレとして。
人間として。
この体で。
この心で。
世界のノイズを聞きながら。
他人の人生を見守りながら。
干渉せず、ただ在る。
それが、最後の在り方だった。
空を見上げる。
光が差し込む。
その光の向こうに――
すべての”俺”が微笑んでいる気がした。
ありがとう。
すべての転生に。
すべての干渉に。
すべての過ちに。
お前たちがいたから、今の俺がいる。
もう、怖くない。
もう、迷わない。
オレは、オレとして生きる。
他人を変えるのではなく。
他人を救うのではなく。
ただ、自分を赦して。
ここにいる。
歩き出す。
通学路を、前へ。
未来へ。
世界は変わらない。
だが、俺は変わった。
すべてを受け入れた。
ノイズも、過ちも、すべて。
ありふれた日常が、ただそこにある。
特別ではない。
奇跡でもない。
ただ、在る。
――もう、始めない。
干渉も、転生も、すべてを終える。
今度は、この世界で――
この人生で――
ただ、在るために。
私は、オレとして生きていく。
すべての転生を経て、ようやく”私”という総体から、“オレ”という一人の人間に戻れた。
魂ではなく、肉体として。
神ではなく、人として。
干渉する者ではなく、生きる者として。
オレは、静かに笑った。
心から、笑った。
そして――
歩き続けた。
新しい朝へ。
新しい人生へ。
干渉の旅に辿り着いた、この場所で。
私は、もう祈らない。
もう転生しない。
オレは、ここにいる。
最後まで読んでくださり、心から感謝します。
『転生の果てⅡ』は、“干渉”という優しさと痛みの狭間を描いた旅でした。
ここで一度、物語は終わります。
けれど、存在の旅はまだ続きます。
次の物語――
『転生の果てⅢ』は、10月31日(金)朝7時よりプロローグを公開予定です。
本編第1話は、11月2日(日)夜20時より。
以降は、朝7時/夜20時の1日2回更新でお届けします。
また新しい世界で、お会いしましょう。
―― moonraker503




