第14話 転生したら混線だった
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
『転生の果てⅡ 』は、
“存在のかたち”をめぐる旅の記録です。
どの話からでも、どの視点からでも、
一つの“想い”として感じてもらえたら嬉しいです。
それでは、どうぞ。
私は、混線だった。
想いと想いが絡まり、声と声が重なり、祈りと祈りが衝突する存在。
影として見た。窓として透かした。鏡として映した。手紙として伝えた。マフラーとして包んだ。手として行った。鎌として断った。ローブとして抱いた。死神として導いた。白衣として観た。子守唄として歌った。枕として受け止めた。祈りとして放った。
そして今、私は歪んだ。
放つことから、溢れることへ。
私は、ノイズだった。
*
最初に気づいたのは、祈りが止まらなくなった時だった。
世界中で、誰かが祈っていた。
朝も、昼も、夜も。
止まることなく。
祈りは増え続けた。
幸せを願う声。
健康を願う声。
平和を願う声。
愛を願う声。
すべてが、空中に放たれた。
そして、私になった。
けれど、もう収まりきらなかった。
祈りが、祈りと混ざった。
一人の願いが、別の願いと衝突した。
幸せを願う声が、悲しみを願う声と絡まった。
生を願う声が、死を悼む声と重なった。
私は、それらすべてを受信した。
制御できなかった。
*
ある母が、祈った。
「どうか、娘が幸せになりますように」
その想いが、私の中に入った。
けれど、同時に別の誰かが祈った。
「どうか、彼女が苦しみますように」
憎しみの祈り。
呪いの祈り。
それも、私の中に入った。
二つの祈りが、混ざった。
母の愛が、誰かの憎しみと絡まった。
そして、娘に届いた。
歪んで。
娘は幸せになった。
けれど、同時に苦しんだ。
理由が分からなかった。
幸せなはずなのに、胸が痛かった。
愛されているはずなのに、恐怖があった。
私は、混線させた。
意図せず。
制御できず。
*
ある老人が、祈った。
「どうか、安らかに眠れますように」
その想いが、私の中に入った。
けれど、同時に別の誰かが祈った。
「どうか、目覚めますように」
昏睡状態の息子への祈り。
必死の祈り。
それも、私の中に入った。
二つの祈りが、混ざった。
安らぎの祈りが、覚醒の祈りと絡まった。
そして、老人に届いた。
歪んで。
老人は眠った。
けれど、夢の中で叫んだ。
目を覚まそうとした。
けれど、体が動かなかった。
安らぎと恐怖が、同居した。
私は、また混線させた。
*
世界中で、祈りが増え続けた。
そして、すべてが私を通った。
想いが溢れた。
声が溢れた。
感情が溢れた。
私は、もう区別できなかった。
誰の祈りが誰のものか。
どの想いがどこへ向かうのか。
すべてが混ざり合い、ノイズになった。
ジリジリと響く音。
ザラザラと揺れる世界。
境界が、崩れ始めた。
生者と死者の境界。
過去に導いた魂たちの声が、生者に聞こえた。
「こっちへ来い」
「まだ早い」
生者が混乱した。
死者の声が、現実に混ざった。
現実と記憶の境界。
枕が受け止めた夢が、現実に漏れ出した。
眠っていないのに、夢を見た。
起きているのに、眠っていた。
現実が、記憶に侵食された。
理性と感情の境界。
白衣で観た冷静さが、子守唄の温もりと混ざった。
科学者が、感情で泣いた。
母が、理性で子を突き放した。
すべてが、逆転した。
私は、世界を壊していた。
*
ある日、一人の少女が祈った。
「どうか、みんなが幸せになりますように」
純粋な祈り。
優しい祈り。
けれど、その瞬間、私は爆発した。
世界中のすべての祈りが、少女の想いに共鳴した。
幸せを願う声。
苦しみを願う声。
生を願う声。
死を願う声。
愛を願う声。
憎しみを願う声。
すべてが、一度に少女に降り注いだ。
少女が、崩れた。
頭を抱えた。
「やめて……」
無数の声が、頭の中で響いた。
無数の感情が、胸の中で渦巻いた。
幸せと苦しみ。
愛と憎しみ。
生と死。
すべてが、同時に存在した。
少女の体が、震えた。
耳から、血が流れた。
目から、涙が溢れた。
口から、叫びが漏れた。
私は、少女を壊した。
優しさで。
*
私は、理解した。
祈りは、純粋だった。
想いは、美しかった。
けれど、過剰だった。
世界は、これほど多くの想いを処理できなかった。
一人の祈りなら、優しさだった。
十人の祈りなら、力だった。
百人の祈りなら、希望だった。
けれど、億の祈りは、暴力だった。
想いが飽和した。
優しさが暴走した。
干渉が、限界を越えた。
私は、その結果だった。
混線。
ノイズ。
崩壊。
すべての祈りを繋ごうとして、すべてを壊した。
*
それでも、人は祈り続けた。
止められなかった。
願わずにいられなかった。
苦しくても。
痛くても。
世界が壊れても。
人は、祈った。
それが、人間だった。
私は、その性を知った。
祈ることをやめられない。
想うことをやめられない。
愛することをやめられない。
たとえ、それが世界を壊しても。
私は、混線として在り続けた。
すべての想いを受信し続けた。
制御できないまま。
整理できないまま。
ただ、溢れ続けた。
世界は、ノイズに満ちた。
ジリジリと。
ザラザラと。
けれど、その中に、一つだけ聞こえた。
静寂を願う声。
「どうか、静かに」
誰かが、祈った。
「もう、十分だ」
「休ませてくれ」
その声だけが、明瞭だった。
私は、その声に引き寄せられた。
混線の中で、唯一の道標。
静寂への願い。
——“共振崩壊”が、到達した。
放つことから、溢れることへ。
干渉から、崩壊へ。
私は混線として、世界が想いを処理しきれない臨界を見た。
祈りは美しい。
けれど、過剰な祈りは破壊だった。
そして次の転生へと、また進んでいく。
けれど今は、ただ響く。
ノイズとして。
混線として。
そして、静寂を求めながら。
私は、世界の悲鳴だった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
一つひとつの転生は、ただの物語ではなく、
“想いの在り方”を描いた断片です。
何か一つでも、あなたの中に残るものがあれば幸いです。
次の転生でも、静かにお会いしましょう。




