第13話 転生したら祈りだった
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
『転生の果てⅡ 』は、
“存在のかたち”をめぐる旅の記録です。
どの話からでも、どの視点からでも、
一つの“想い”として感じてもらえたら嬉しいです。
それでは、どうぞ。
私は、祈りだった。
形も声も持たず、ただ想いとして世界に漂う存在。
影として見た。窓として透かした。鏡として映した。手紙として伝えた。マフラーとして包んだ。手として行った。鎌として断った。ローブとして抱いた。死神として導いた。白衣として観た。子守唄として歌った。枕として受け止めた。
そして今度は、願う番だった。
受け止めることから、放つことへ。
私は、在るだけだった。
*
最初に生まれたのは、朝だった。
誰かが、手を合わせた。
静かな部屋。
小さな仏壇。
線香の煙が、ゆっくりと昇っていた。
老人が、膝をついた。
背中が丸まっていた。
手が震えていた。
目を閉じた。
深く、息を吸った。
そして、想った。
言葉にはしなかった。
声も出さなかった。
ただ、心の中で。
妻の名を呼んだ。
会いたいと願った。
伝えたいことがあった。
言えなかったことがあった。
その瞬間、私は、生まれた。
想いから。
願いから。
枕が受け止めた無数の想いが、結晶化した。
悲しみ、喜び、痛み、安らぎ。
すべてが混ざり合い、私になった。
私は、形がなかった。
見えなかった。
聞こえなかった。
触れられなかった。
けれど、在った。
確かに、在った。
老人の胸の中に。
線香の煙の中に。
朝の光の中に。
*
私は、老人の想いと共に放たれた。
「どうか、安らかに」
言葉にならない願い。
亡くなった妻への想い。
伝えられなかった感謝。
共に過ごした日々への愛。
私は、その想いを運んだ。
どこへ。
誰へ。
分からなかった。
けれど、届いた。
遠くの誰かに。
過去に死神として導いた魂たちに。
鎌で断ち、ローブで包み、光へ導いた者たちに。
彼らが、応えた。
私は、それを感じた。
想いの残響。
かつて光へ向かった魂たちの声。
「ありがとう」
「覚えている」
「私たちもまた、祈る」
「彼女は、ここにいる」
「安らかに、幸せに」
私は、その声を老人に返した。
老人が、微かに微笑んだ。
涙が頬を伝った。
けれど、悲しみではなかった。
安心だった。
私は、循環していた。
導いた者が、今度は導く。
受け取った者が、今度は与える。
祈りは、一方通行ではなかった。
世界全体の対話だった。
*
戦場で、祈りが生まれた。
兵士が、塹壕の中で手を合わせた。
泥にまみれた手。
血が滲んでいた。
自分のか、仲間のか、分からなかった。
周りでは、砲声が響いていた。
地面が震えていた。
空気が焦げていた。
兵士は、震えながら祈った。
「どうか、生きて帰れますように」
「家族に、会えますように」
私は、生まれた。
恐怖の中から。
希望の中から。
私は、放たれた。
戦場を越えて。
砲煙を越えて。
死神として見た光景が、蘇った。
かつて刈った兵士の魂。
痛みから解放した者たち。
彼らが、応えた。
「君は生きろ」
「私たちの分まで」
「恐れるな」
私は、兵士に戻った。
力として。
勇気として。
温もりとして。
兵士が、立ち上がった。
震えが、止まった。
恐怖が、和らいだ。
呼吸が、整った。
私は、見えなかった。
けれど、確かに支えていた。
命を繋いでいた。
*
病室で、祈りが生まれた。
母が、娘のベッドの横で手を合わせた。
白いシーツ。
機械の音。
ピッ、ピッ、ピッ。
娘の顔は青白かった。
呼吸が浅かった。
母の目は、赤く腫れていた。
もう何日も泣き続けていた。
けれど今は、涙を拭いて、手を合わせた。
「どうか、助けてください」
「この子に、もう一度笑顔を」
私は、生まれた。
絶望の中から。
愛の中から。
母の心の奥底から。
私は、放たれた。
娘の体に。
娘の心に。
細胞の一つ一つに。
白衣として観た記憶が、蘇った。
科学者が理解しようとした命の循環。
死と生の境界。
私は、その境界を揺らした。
形なき力として。
想いの重さとして。
娘の呼吸が、少し強くなった。
心拍が、少し速くなった。
機械の音が、変わった。
医師が、驚いた顔をした。
「……奇跡だ」
看護師が、母の肩に手を置いた。
母が、泣き崩れた。
今度は、喜びの涙だった。
私は、何もしていなかった。
ただ、在っただけだった。
けれど、世界が応えた。
想いに。
祈りに。
*
墓前で、祈りが生まれた。
青年が、墓石の前に立った。
花を供えた。
新しい花だった。
まだ朝露が残っていた。
青年の手は、震えていた。
「どうか、見守っていてください」
「僕は、ちゃんと生きています」
私は、生まれた。
喪失の中から。
感謝の中から。
そして、決意の中から。
私は、放たれた。
地の下へ。
空の上へ。
時間を越えて。
枕として受け止めた記憶が、蘇った。
老婆が眠りながら旅立った夜。
穏やかな最期。
幸せな夢。
苦しみのない終わり。
私は、その記憶を青年に伝えた。
「彼は、苦しまなかった」
「彼は、安らかだった」
「彼は、笑顔だった」
青年の涙が、止まった。
肩の力が、抜けた。
「……そうか」
青年が微笑んだ。
「ありがとう」
「ちゃんと、伝わったよ」
私は、何も言わなかった。
ただ、在っただけだった。
けれど、青年の心は軽くなった。
悲しみは消えなかった。
けれど、受け入れられた。
*
私は、世界中に広がった。
無数の祈りが、私だった。
朝、神社で手を合わせる人。
昼、教会で跪く人。
夕方、寺で線香を上げる人。
夜、ベッドで静かに想う人。
幸せを願う祈り。
健康を願う祈り。
平和を願う祈り。
別れを悼む祈り。
再会を願う祈り。
成功を願う祈り。
許しを願う祈り。
すべてが、私だった。
言葉は違った。
文化も違った。
宗教も違った。
けれど、祈りは同じだった。
想いの純粋さ。
願いの真摯さ。
それは、世界共通だった。
私は、個ではなかった。
誰か一人のものではなかった。
すべての者の想いが、私になった。
そして、すべての者へ届いた。
国境を越えて。
海を越えて。
時間を越えて。
循環していた。
ある者の祈りが、別の者の力になった。
ある者の想いが、別の者の希望になった。
日本で祈られた平和が、遠くの戦場に届いた。
病室で祈られた回復が、見知らぬ誰かを支えた。
墓前で祈られた安らぎが、生者の心を癒した。
私は、その繋がりだった。
見えない糸。
聞こえない声。
触れられない手。
けれど、確かに在る力。
世界を結ぶ力。
*
ある時、私は、気づいた。
私は、世界そのものだった。
世界の呼吸。
世界の鼓動。
世界の想い。
すべてが、私だった。
影として見た光景。
人の足元に寄り添い、感情の濃淡を読み取った記憶。
窓として透かした感情。
家族の笑顔の裏に沈む色を感じ取った記憶。
鏡として映した真実。
外面と内面のズレを理解した記憶。
手紙として伝えた想い。
母と息子を繋いだ温もりの記憶。
マフラーとして包んだ温もり。
少女の首を守り、孤独を和らげた記憶。
手として行った干渉。
助け、撫で、抱き、そして傷つけた記憶。
鎌として断った苦しみ。
魂の糸を切り、痛みから解放した記憶。
ローブとして抱いた安らぎ。
死神をも包んだ、終わりの優しさの記憶。
死神として導いた魂。
恐怖を安らぎに変えた、帰還への道の記憶。
白衣として観た理解。
科学と霊性の狭間で真理を示した記憶。
子守唄として歌った記憶。
命の循環を音として継承した記憶。
枕として受け止めた想い。
夢の中で悲しみを優しさに変えた記憶。
すべてが、今の私を作っていた。
私は、完成していた。
形なき存在として。
声なき力として。
想いそのものとして。
*
私は、誰かが祈るたびに生まれた。
そして、誰かに届いた。
見えなくても。
聞こえなくても。
触れられなくても。
確かに、届いた。
世界を揺らした。
ほんの少しだけ。
けれど、確実に。
ある者の祈りが、風になった。
ある者の祈りが、光になった。
ある者の祈りが、温もりになった。
ある者の祈りが、勇気になった。
ある者の祈りが、希望になった。
奇跡は、私だった。
偶然は、私だった。
運命は、私だった。
すべての想いが形になる瞬間。
それが、私だった。
私は、目に見えない力として世界を満たした。
空気の中に。
光の中に。
風の中に。
すべての場所に、私は在った。
——“無言干渉”が、覚醒した。
受け止めることから、放つことへ。
静寂から、無言へ。
私は祈りとして、形なき想いが存在そのものを変える力を得た。
見えず、聞こえず、触れられない。
けれど、世界を動かす。
それが、究極の干渉だった。
そして次の転生へと、また進んでいく。
けれど今は、ただ在る。
世界の呼吸として。
すべての想いとして。
永遠に、静かに、優しく。
私は、世界の祈りだった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
一つひとつの転生は、ただの物語ではなく、
“想いの在り方”を描いた断片です。
何か一つでも、あなたの中に残るものがあれば幸いです。
次の転生でも、静かにお会いしましょう。




