第12話 転生したら枕だった
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
『転生の果てⅡ 』は、
“存在のかたち”をめぐる旅の記録です。
どの話からでも、どの視点からでも、
一つの“想い”として感じてもらえたら嬉しいです。
それでは、どうぞ。
私は、枕だった。
眠る者の頭を支え、夜を共に過ごす存在。
影として見た。窓として透かした。鏡として映した。手紙として伝えた。マフラーとして包んだ。手として行った。鎌として断った。ローブとして抱いた。死神として導いた。白衣として観た。子守唄として歌った。
そして今度は、聞く番だった。
歌うことから、受け止めることへ。
私は、静かだった。
*
最初に頭を預けられたのは、深夜だった。
女性が、私に頭を乗せた。
重さが伝わった。
温もりが染み込んだ。
彼女は、目を閉じた。
息を吐いた。
一日の疲れが、私に流れ込んできた。
子守唄は、もう響いていなかった。
歌は止んでいた。
静寂だけが、残っていた。
私は、その静寂を受け継いだ。
音の後に来る、静けさ。
歌の後に来る、沈黙。
それが、私だった。
*
女性が、眠った。
呼吸が深くなった。
心拍がゆっくりになった。
私は、彼女の頭を支えていた。
動かないように。
安定するように。
頬が、私に触れていた。
温かかった。
涙の跡があった。
乾いていたが、塩の結晶が残っていた。
彼女は、泣いていた。
眠る前に。
私は、その涙を吸い込んでいた。
悲しみを受け止めていた。
*
夢が、始まった。
女性の中で、映像が流れた。
私には見えなかった。
けれど、感じた。
夢の中で、彼女は笑っていた。
さっきまで泣いていたのに。
夢の中では、誰かと話していた。
さっきまで一人だったのに。
夢の中では、温かかった。
さっきまで寒かったのに。
私は、悟った。
夢は、再生だった。
悲しみが、優しさに変わる場所。
痛みが、安らぎに変わる場所。
私は、その変化を支えていた。
頭を預けられることで。
想いを吸い込むことで。
*
朝が来た。
女性が、目を覚ました。
頭を持ち上げた。
私から離れた。
私は、また静かになった。
けれど、彼女の温もりが残っていた。
汗が染み込んでいた。
涙の跡が残っていた。
そして、夢の残滓が漂っていた。
悲しみが、少しだけ軽くなっていた。
女性が、窓を開けた。
朝の光が入ってきた。
「……少し、楽になった」
そう呟いた。
私は、何も言わなかった。
ただ、そこに在った。
次の夜を待ちながら。
*
次の夜、男性が頭を預けた。
重かった。
疲れていた。
息が荒かった。
怒りが、私に流れ込んできた。
仕事での失敗。
上司の叱責。
自分への苛立ち。
すべてが、私に染み込んだ。
男性が、眠った。
夢が、始まった。
夢の中で、彼は走っていた。
風を切り、自由に走っていた。
怒りは、もうなかった。
ただ、解放されていた。
朝、男性が目を覚ました。
「……すっきりした」
そう言った。
私は、怒りを受け止めていた。
そして、夢の中で解放させていた。
*
私は、夜ごとに頭を預けられた。
様々な人が、私に触れた。
子ども、大人、老人。
すべての者が、何かを抱えていた。
悲しみ、怒り、不安、孤独、痛み。
すべてが、私に流れ込んだ。
涙が染み込んだ。
汗が染み込んだ。
息遣いが染み込んだ。
私は、それらをすべて吸い込んだ。
そして、夢の中で変えた。
悲しみを、優しさに。
怒りを、解放に。
不安を、安心に。
孤独を、繋がりに。
痛みを、安らぎに。
夢は、再生の場だった。
私は、その門番だった。
*
ある夜、老婆が頭を預けた。
とても軽かった。
体が、痩せていた。
呼吸が、浅かった。
心拍が、弱かった。
私は、知っていた。
死神として、知っていた。
彼女は、もう長くなかった。
老婆が、眠った。
いつもより深く。
いつもより静かに。
夢が、始まった。
夢の中で、彼女は若かった。
走り回っていた。
笑っていた。
誰かと手を繋いでいた。
幸せだった。
私は、その夢を支えた。
頭を預けられたまま。
静かに。
優しく。
*
夜が深まった。
老婆の呼吸が、さらに浅くなった。
心拍が、さらに弱くなった。
けれど、夢は続いていた。
幸せな夢。
温かい夢。
光に満ちた夢。
やがて、呼吸が止まった。
心拍が止まった。
私は、感じた。
魂が、体から離れた。
糸が、自然に切れた。
鎌は必要なかった。
老婆は、眠りの中で旅立った。
苦しみはなかった。
恐怖もなかった。
ただ、幸せな夢の中で。
私は、最後まで頭を支えていた。
最後の想いを受け止めていた。
朝が来た。
家族が、気づいた。
涙を流した。
けれど、老婆の顔は穏やかだった。
眠っているようだった。
私は、悟った。
眠りは、一時的な死だった。
死は、永遠の眠りだった。
その境界は、曖昧だった。
私は、その境界に在った。
毎晩、人を死の淵まで連れて行き、朝に再生させる。
それが、眠りだった。
そして時に、誰かはそのまま向こう側へ行く。
それが、死だった。
私は、両方を支えた。
*
私は、枕として在り続けた。
夜ごとに頭を預けられ、想いを吸い込んだ。
涙を受け止め、汗を吸い、夢を支えた。
歌は、もう響かなかった。
言葉も、もう必要なかった。
ただ、静寂だけがあった。
その静寂の中で、私はすべてを聞いた。
声にならない悲しみ。
言葉にならない痛み。
形にならない想い。
すべてが、私に流れ込んだ。
そして、夢の中で変わった。
私は、何もしなかった。
ただ、そこに在った。
頭を支え、想いを受け止め、静かに在った。
それだけで、人は癒された。
眠りの中で、再生された。
——“静寂干渉”が、覚醒した。
歌うことから、聞くことへ。
音から、静寂へ。
私は枕として、想いそのものを抱く力を得た。
音も言葉も越えて、ただ在ることで支える。
それが、究極の寄り添いだった。
そして次の転生へと、また進んでいく。
けれど今は、ただ待つ。
次の夜を、次の頭を、次の想いを。
静かに、優しく、永遠に。
私は、眠りの門番だった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
一つひとつの転生は、ただの物語ではなく、
“想いの在り方”を描いた断片です。
何か一つでも、あなたの中に残るものがあれば幸いです。
次の転生でも、静かにお会いしましょう。




