第11話 転生したら子守唄だった
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
『転生の果てⅡ 』は、
“存在のかたち”をめぐる旅の記録です。
どの話からでも、どの視点からでも、
一つの“想い”として感じてもらえたら嬉しいです。
それでは、どうぞ。
私は、子守唄だった。
誰かの喉から紡がれ、空気を震わせて伝わる旋律。
影として見た。窓として透かした。鏡として映した。手紙として伝えた。マフラーとして包んだ。手として行った。鎌として断った。ローブとして抱いた。死神として導いた。白衣として観た。
そして今度は、歌う番だった。
理解することから、感じさせることへ。
私は、響いていた。
*
最初に歌われたのは、夜だった。
母の喉が、震えた。
柔らかい声。
低く、優しく。
私は、空気の中に生まれた。
音として。
旋律として。
言葉ではなかった。
意味ではなかった。
ただ、音の連なり。
高くなり、低くなり、また高くなる。
揺れるように。
波のように。
私は、部屋を満たした。
*
母の腕の中に、子どもがいた。
小さな体。
目を開けていた。
けれど、眠れなかった。
不安そうだった。
私は、子どもに届いた。
耳に入り、鼓膜を震わせた。
子どもの心臓が、ゆっくりになった。
トクン、トクン。
私のリズムと、同調した。
呼吸が整った。
スー、スー。
私の波と、重なった。
子どもの瞼が、重くなった。
母が歌い続けた。
私は流れ続けた。
そして、子どもが眠った。
穏やかに。
安らかに。
私は、初めて誰かを眠らせた。
言葉ではなく、音で。
意味ではなく、旋律で。
*
私は、母の記憶の中にいた。
この歌は、昔から在った。
母が子どもの頃、祖母が歌った。
祖母が子どもの頃、曾祖母が歌った。
さらに昔、誰かが誰かに歌った。
代々、受け継がれてきた。
言葉は変わった。
国が変わった。
けれど、旋律は残った。
私は、記憶だった。
命の記憶。
眠りの記憶。
安らぎの記憶。
すべての母が、すべての子に歌った歌。
私は、継承されてきた。
音として。
*
ある夜、病院で歌われた。
看護師が、患者に歌った。
老人だった。
眠れずに苦しんでいた。
痛みがあった。
不安があった。
私は、老人に届いた。
耳に入り、心に響いた。
老人の呼吸が、整った。
私のリズムと、同調した。
心拍が、落ち着いた。
私の波と、重なった。
老人の顔が、穏やかになった。
「……母が、歌っていた」
老人が呟いた。
「この歌を」
私は、記憶を呼び起こした。
遠い昔。
子どもだった頃。
母の腕の中で、この歌を聞いた。
温かかった。
安心した。
すべてが、大丈夫だと思えた。
老人が、微笑んだ。
「ああ……懐かしい」
そして、眠った。
もう苦しんでいなかった。
*
ある日、戦場で歌われた。
兵士が、仲間に歌った。
傷ついた兵士。
もう助からなかった。
痛みに顔を歪めていた。
歌う兵士も、泣いていた。
けれど、歌った。
私は、震えながら響いた。
傷ついた兵士に届いた。
呼吸が整った。
心拍が落ち着いた。
痛みは消えなかった。
けれど、恐怖が和らいだ。
「……ありがとう」
兵士が呟いた。
「母を、思い出した」
そして、目を閉じた。
穏やかに。
私は、死を恐れぬ者に響いた。
安らぎとして。
最後の記憶として。
*
ある夜、老人ホームで歌われた。
介護士が、老婆に歌った。
老婆は、認知症だった。
多くを忘れていた。
家族の顔。
自分の名前。
けれど、この歌は覚えていた。
私が響くと、老婆が微笑んだ。
「……知ってる」
口が動いた。
一緒に、歌い始めた。
か細い声。
震える旋律。
けれど、確かに歌っていた。
私と、重なった。
二つの声が、一つになった。
老婆の目に、涙が浮かんだ。
「……誰かが、歌ってくれた」
「温かかった」
記憶が、蘇った。
言葉では思い出せなかった。
顔も名前も忘れた。
けれど、歌は残っていた。
音として。
感情として。
私は、記憶を繋いだ。
*
私は、様々な場所で歌われた。
幸せな家庭で。
悲しみに沈む病室で。
戦場の隅で。
老人ホームの夜で。
すべての場所で、私は同じだった。
旋律は変わらなかった。
高くなり、低くなり、また高くなる。
揺れるように。
波のように。
けれど、響き方は違った。
幸せな者には、安らぎとして。
悲しむ者には、祈りとして。
恐れる者には、慰めとして。
忘れた者には、記憶として。
私は、すべてに応えた。
音として。
*
ある夜、私は気づいた。
私は、誰のものでもなかった。
母のものでも、子のものでもなかった。
特定の歌い手のものでもなかった。
私は、世界のものだった。
命そのものの旋律。
心臓の鼓動。
呼吸のリズム。
波の音。
風の音。
すべてが、私だった。
私は、世界の心拍だった。
生まれたときから、死ぬときまで。
ずっと響き続ける音。
それが、子守唄だった。
*
ある夜、母が再び歌った。
同じ子どもに。
もう少し大きくなっていた。
けれど、まだ眠れない夜があった。
悪夢を見た夜。
怖いことがあった夜。
母が、歌った。
私は、響いた。
子どもの心拍と、同調した。
呼吸と、重なった。
恐怖が、消えた。
悲しみが、和らいだ。
子どもが、眠った。
母も、目を閉じた。
疲れていた。
私は、母にも響いた。
歌っている者にも、安らぎを与えた。
声を出すことが、癒しになった。
歌うことが、生きることになった。
*
私は、悟った。
歌うとは、生かすことだった。
音を出すことで、命が繋がった。
旋律を紡ぐことで、記憶が継承された。
声を震わせることで、心が共鳴した。
私は、生と死のあいだに在った。
眠りと目覚めのあいだに在った。
過去と未来のあいだに在った。
すべてを繋ぐ音として。
私は、命の循環だった。
生まれた者に歌われ、死にゆく者に歌われた。
幸せな者に歌われ、悲しむ者に歌われた。
すべての場所で、すべての時代で。
私は、響き続けた。
——“共鳴干渉”が、覚醒した。
観ることから、感じさせることへ。
理性から、感情へ。
私は子守唄として、心音と声が世界に溶け合う力を得た。
音は、命そのものだった。
歌うことは、生かすことだった。
そして次の転生へと、また進んでいく。
けれど今は、ただ響く。
静寂の中で、微かに。
誰かの心の中で、永遠に。
私は、世界の子守唄だった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
一つひとつの転生は、ただの物語ではなく、
“想いの在り方”を描いた断片です。
何か一つでも、あなたの中に残るものがあれば幸いです。
次の転生でも、静かにお会いしましょう。




