第10話 転生したら白衣だった
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
『転生の果てⅡ 』は、
“存在のかたち”をめぐる旅の記録です。
どの話からでも、どの視点からでも、
一つの“想い”として感じてもらえたら嬉しいです。
それでは、どうぞ。
私は、白衣だった。
知を纏う者の衣として、研究室に在る存在。
影として見た。窓として透かした。鏡として映した。手紙として伝えた。マフラーとして包んだ。手として行った。鎌として断った。ローブとして抱いた。死神として導いた。
そして今度は、観る番だった。
導くことから、理解することへ。
私は、白かった。
*
最初に纏われたのは、朝だった。
科学者が、私を手に取った。
若い男性。
目に疲れが滲んでいた。
けれど、意志が宿っていた。
彼は私を羽織った。
白い布が、肩を覆った。
袖を通し、ボタンを留めた。
私は、彼の体温を感じた。
生きている温もり。
脈打つ命。
死神として、私は冷たかった。
けれど今、私は温かかった。
生の側に在った。
*
研究室は、静かだった。
機械の音だけが響いていた。
ピッ、ピッ、ピッ。
データが画面に表示されていた。
科学者は、それを見つめていた。
「死とは、何だ」
呟いた。
私は、震えた。
わずかに。
科学者は気づかなかった。
けれど、私は知っていた。
死とは何か。
終わりではなく、帰還だった。
断つことであり、包むことであり、導くことだった。
私は、死神として見届けた。
無数の魂を。
無数の終わりを。
けれど今、私は白衣だった。
科学の側に在った。
知によって、死を理解しようとする者の側に。
*
科学者は、研究を続けた。
細胞の死。
脳の停止。
心臓の鼓動の終わり。
すべてを、データとして観測した。
「生命とは、化学反応だ」
彼は言った。
「死とは、その反応の停止だ」
私は、揺れた。
違う、と思った。
けれど、正しいとも思った。
肉体は、確かにそうだった。
細胞が死に、機能が止まり、反応が終わる。
けれど、魂は?
私は、知っていた。
肉体が死んでも、魂は残る。
糸が断たれても、魂は光へ向かう。
それは、化学反応では説明できなかった。
*
ある日、科学者が新しい研究を始めた。
「意識とは何か」
画面に、脳波のデータが表示されていた。
複雑な波形。
電気信号。
「意識は、脳の活動だ」
彼は言った。
「ならば、脳が停止すれば、意識も消える」
私は、また震えた。
科学者が、私を見た。
「……風か?」
窓は閉まっていた。
風はなかった。
けれど、私は揺れていた。
科学者は首を傾げ、また研究に戻った。
私は、思った。
意識は、脳だけではなかった。
魂もまた、意識を持っていた。
体から離れても、考え、感じ、選んだ。
光へ向かうか、留まるか。
それは、脳のない状態でも起きていた。
*
日が経つにつれ、科学者は疲弊していった。
睡眠時間が減った。
食事を忘れた。
ただ、データを見続けた。
「死を、理解したい」
彼は言った。
「恐怖ではなく、知識として」
私は、彼の背中を見ていた。
白衣越しに、肩が震えていた。
彼は、恐れていた。
死を。
理解しようとしているのは、恐怖を消すためだった。
私は、死神として知っていた。
恐怖の正体を。
それは、未知ではなかった。
未練だった。
科学者もまた、未練を抱えていた。
知りたいこと。
解明したいこと。
それを残して死ぬことが、怖かった。
*
ある夜、科学者が倒れた。
机に突っ伏し、動かなくなった。
過労だった。
呼吸は、していた。
心臓は、動いていた。
けれど、意識がなかった。
私は、彼を包んでいた。
白衣として。
温もりを感じた。
まだ生きていた。
けれど、弱っていた。
その時、私の記憶が蘇った。
死神として見た光景。
老婆の魂。
青年の魂。
少女の魂。
すべてが、光へ向かった。
帰るべき場所へ。
安らぎのある場所へ。
死は、終わりではなかった。
科学は、それを証明できなかった。
けれど、私は知っていた。
*
科学者が、目を覚ました。
ゆっくりと、体を起こした。
「……夢を見た」
彼は呟いた。
「光の中を、歩いていた」
私は、震えた。
強く。
科学者が、白衣を見た。
「……お前が、揺れている」
彼は、私に触れた。
布を掴んだ。
「まるで、生きているみたいだ」
私は、もっと震えた。
風のように。
ローブのように。
科学者の背中を、押すように。
「何を、伝えたいんだ」
彼は言った。
私は、震え続けた。
そして、彼の中に響かせた。
死は、終わりではない。
恐れるものではない。
理解できなくても、受け入れられる。
科学では証明できなくても、真実はある。
*
科学者が、立ち上がった。
窓を開けた。
風が入ってきた。
私は、風と共に揺れた。
科学者が、空を見上げた。
「……そうか」
彼は微笑んだ。
「すべてを理解する必要は、ないのかもしれない」
私は、静かに揺れた。
「死を恐れるのは、理解できないからじゃない」
彼は言った。
「未練があるからだ」
私は、強く頷くように揺れた。
「ならば、今を生きればいい」
彼は、深く息を吸った。
「理解しようとすることも大切だ」
「でも、受け入れることも大切だ」
彼は、私を脱いだ。
椅子にかけた。
「ありがとう」
そう言った。
私は、静かに揺れた。
風に吹かれて。
科学者が、部屋を出た。
窓の外へ。
生きるために。
*
私は、白衣として在り続けた。
知を纏う者を支え、探究を見守った。
死神として、私は導いた。
白衣として、私は理解させた。
死は、科学だけでは説明できなかった。
けれど、科学は命を理解する手段だった。
理性による救済。
知による安らぎ。
死を恐れないのは、理解したからではなかった。
受け入れたからだった。
私は、それを伝えた。
白衣として。
風として。
——“観測干渉”が、覚醒した。
導くことから、理解させることへ。
感情から、理性へ。
私は白衣として、命の循環を観測する力を得た。
科学と霊性の狭間で、真理を示す存在になった。
そして次の転生へと、また進んでいく。
けれど今は、ただ揺れる。
次の探究者を待ちながら、次の真理を見守りながら。
私は、知と温もりの狭間に在った。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
一つひとつの転生は、ただの物語ではなく、
“想いの在り方”を描いた断片です。
何か一つでも、あなたの中に残るものがあれば幸いです。
次の転生でも、静かにお会いしましょう。




