第9話 転生したら死神だった
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
『転生の果てⅡ 』は、
“存在のかたち”をめぐる旅の記録です。
どの話からでも、どの視点からでも、
一つの“想い”として感じてもらえたら嬉しいです。
それでは、どうぞ。
私は、死神だった。
命の終わりを見届ける存在として、世界を巡る者。
影として見た。窓として透かした。鏡として映した。手紙として伝えた。マフラーとして包んだ。手として行った。鎌として断った。ローブとして抱いた。
そして今度は、導く番だった。
抱くことから、見届けることへ。
私は、在った。
*
最初に目覚めたのは、薄明の中だった。
私は、立っていた。
骨のような白い体。
長い指。
空洞の眼窩。
右手に、鎌を握っていた。
冷たい金属の感触。
魂を断つ刃。
私は、覚えていた。
糸を切る感覚を。
左肩に、ローブが掛かっていた。
黒い布が風に揺れた。
魂を包む温もり。
私は、覚えていた。
闇の中で安らがせる感覚を。
そして今、私はそのすべてだった。
鎌でもあり、ローブでもあり、そしてそれを司る者。
死神として。
*
最初の魂は、老婆だった。
ベッドに横たわり、家族に囲まれていた。
呼吸が弱まっていた。
私は、部屋に入った。
誰も私を見なかった。
見えないのではなく、見ようとしなかった。
人は皆、私を恐れた。
私は、ベッドに近づいた。
老婆の魂が、体から離れようとしていた。
糸が細く伸びていた。
私は、鎌を振るった。
糸が断たれた。
魂が浮かんだ。
老婆は、私を見た。
恐怖が浮かんだ。
「あなたは……」
私は、何も言わなかった。
ただ、ローブを広げた。
黒い布が、老婆の魂を包んだ。
恐怖が、静まった。
「ああ……」
老婆が微笑んだ。
「温かい」
私は、手を差し伸べた。
白い骨の手。
けれど、冷たくはなかった。
老婆の魂が、私の手を取った。
そして、光へ向かった。
私は、導いた。
*
次の魂は、青年だった。
事故現場で、血を流して倒れていた。
私が近づくと、青年の魂が震えた。
「来るな!」
叫んだ。
恐怖に満ちていた。
「まだ死にたくない!」
私は、立ち止まった。
鎌を握ったまま。
青年の魂が、後ずさった。
「お前が来たら、終わりだ」
私は、首を横に振った。
そして、鎌を振るった。
糸が断たれた。
青年の魂が叫んだ。
「やめろ!」
けれど、痛みが消えた。
苦しみが消えた。
青年が、驚いた顔をした。
「……痛くない」
私は、ローブを広げた。
青年の魂を包んだ。
震えが、止まった。
「なんで……温かいんだ」
私は、手を差し伸べた。
青年が、私を見た。
恐怖はもうなかった。
「お前は、敵じゃないのか」
私は、また首を横に振った。
青年が、私の手を取った。
「そうか……」
光へ向かいながら、青年が呟いた。
「お前は、迎えに来たんだな」
*
私は、無数の魂を導いた。
老いた者、若い者、子ども、大人。
すべての者が、私を恐れた。
最初は。
けれど、鎌が糸を断ち、ローブが魂を包むと、恐怖は消えた。
私は、恐ろしい存在ではなかった。
終わりの使者ではなく、始まりの案内者だった。
死は、終わりではなかった。
次への移行だった。
帰還だった。
私は、それを知っていた。
影として見た世界。
窓として透かした感情。
鏡として映した真実。
手紙として伝えた想い。
マフラーとして包んだ温もり。
手として行った干渉。
鎌として断った苦しみ。
ローブとして抱いた安らぎ。
すべてが、今の私を作っていた。
私は、存在そのものだった。
*
ある夜、少女の魂を導くことになった。
病室で、小さな体が横たわっていた。
もう、長くはなかった。
私が近づくと、少女の魂が目を開けた。
「……あなたが、死神さん?」
私は、頷いた。
少女は、怖がらなかった。
「やっぱり来たんだ」
私は、鎌を握ったまま、立っていた。
少女が、小さく笑った。
「お母さんに、会えるかな」
私は、少女を見た。
魂の色を見た。
淡いピンク色の中に、深い青が混ざっていた。
未練だった。
「お母さん、一人にしちゃうの、寂しいな」
少女が呟いた。
「でも、もう痛いの、嫌だな」
私は、鎌を振り上げた。
少女が、目を閉じた。
糸が断たれた。
魂が浮かんだ。
痛みが消えた。
少女が、目を開けた。
「……軽い」
私は、ローブを広げた。
少女の魂を包んだ。
温もりが、伝わった。
「温かい……」
私は、手を差し伸べた。
少女が、私の手を取った。
その時、私は初めて声を発した。
「行け」
少女が、驚いた顔をした。
「どこに?」
私は、光を指した。
「帰るところへ」
少女が、光を見た。
その先に、何かが見えた気がした。
「お母さん……じゃない、でも」
少女が微笑んだ。
「誰かが、待っててくれる」
私は、頷いた。
「行け」
もう一度告げた。
優しく。
少女が、私の手を離した。
「ありがとう、死神さん」
そして、光の中へ消えた。
もう恐れていなかった。
もう痛くなかった。
ただ、帰っていった。
*
私は、悟った。
死は、未知ではなかった。
恐怖の正体は、未知ではなかった。
未練だった。
この世に残すもの。
やり残したこと。
伝えられなかった想い。
それらが、魂を縛っていた。
けれど、私が鎌で断ち、ローブで包み、手を差し伸べると、魂は理解した。
もう、縛られなくていいことを。
もう、苦しまなくていいことを。
次へ進んでいいことを。
私は、案内者だった。
恐怖ではなく、優しさで。
終わりではなく、帰還として。
*
私は、死神として在り続けた。
鎌を振るい、ローブを纏い、魂を導いた。
すべての命の終わりに立ち会い、すべての魂を見届けた。
それは、悲しいことではなかった。
終わることは、悲しいことではなかった。
帰ることだった。
生まれた場所へ。
安らぎのある場所へ。
私は、その道を照らす存在だった。
——“存在干渉”が、覚醒した。
見ることから、断つことへ。
包むことから、導くことへ。
私は死神として、すべてを見届ける力を得た。
死とは終わりではなく、帰還だった。
そして次の転生へと、また進んでいく。
けれど今は、ただ在る。
次の魂を待ちながら、次の終わりを見届けながら。
私は、優しき案内者だった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
一つひとつの転生は、ただの物語ではなく、
“想いの在り方”を描いた断片です。
何か一つでも、あなたの中に残るものがあれば幸いです。
次の転生でも、静かにお会いしましょう。




