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―転生の果てⅡ―  作者: MOON RAKER 503


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プロローグ

この物語を手に取ってくれたあなたに、心からの感謝を。


これは、“干渉”の記録であり、“祈り”の終焉。


誰かに触れること。

何かを変えようとすること。


それは、優しさであり――時に暴力でもある。


幾度も形を変えながら、私は干渉を続けた。


『転生の果てⅡ』


干渉の果てに、人は何を赦し、何を手放すのか。


これは、祈りの終わりと静寂の始まりを描く、魂の物語。

世界は、静かだった。


あの長い旅を終えてから、ボクは普通の日常を取り戻していた。大学に通い、友人と笑い、朝日を浴びて目覚める。ごく当たり前の、穏やかな日々。


キャンパスの並木道を歩き、講義室で教授の話を聞き、学食で昼を食べる。図書館で本を読み、サークル室で雑談をし、夕暮れの空を見上げる。


何もかもが、普通だった。


それでも、どこか空白があった。


夜、ふと目が覚めると、胸の奥に冷たい何かが残っている。誰かの声が聞こえた気がするのに、そこには誰もいない。夢の中で誰かに呼ばれた気がするのに、思い出せない。


鏡に映る自分の顔を見ても、どこか他人のような気がする。目の奥に、深い疲れが滲んでいる。それがいつからあるのか、思い出せなかった。


ただ、“何か”を失った感覚だけが残っていた。


だからボクは、動き続けた。


児童支援センターで子どもたちに勉強を教え、介護施設で高齢者の話を聞き、募金活動に参加し、献血に通った。誰かのために動いている時だけ、ボクは”生きている”実感を得られた。


子どもが問題を解けたとき、嬉しそうに笑う顔。


老人が昔話を語るとき、遠くを見つめる目。


募金箱にお金を入れてくれる人の、優しい表情。


それらがボクの中に流れ込んできて、心を満たしていく。


優しさは、温かかった。


でも同時に、重かった。


誰かの痛みも、一緒に流れ込んできた。子どもの孤独、老人の喪失感、友人の不安。それら全てがボクの中に蓄積していく。


表情の隙間から、声の震えから、温度の違いから。


ボクは、気づかないうちに他人の感情を”視て”いた。


そしてそれを、自分の中に溜め込んでいた。


 *


ある日、ボクは倒れかけた。


慈善活動の帰り道、駅の階段で足が竦んだ。視界が揺れて、手すりを掴む。冷たい金属の感触が、掌に食い込む。


周囲の音が遠のいた。駅のアナウンス、人々の足音、電車の通過音——すべてが水の中にいるように歪んで聞こえる。


「大丈夫?」


友人が駆け寄ってきた。同じボランティア団体の仲間だ。心配そうな顔で、ボクの肩を支えてくれる。温かい手が、ボクの腕を掴む。


「ちょっと疲れてるだけ」


そう答えたけれど、本当はもっと深い何かが蝕んでいた。


眠っても疲れが取れない。食べても胃が重い。笑っても、どこか遠くで誰かが泣いている気がする。


朝起きると、体が鉛のように重い。講義中に意識が途切れる。夜は眠れず、天井を見つめ続ける。


体調だけじゃない。


心が、他人の感情を吸い込みすぎていた。


ボクは優しさを与えているつもりだった。けれど実際は、他人の痛みを全て引き受けていた。それが毒のように、少しずつボクを侵食していた。


 *


友人が差し出したのは、小さな瓶だった。


「これ、飲んで。栄養ドリンク。最近頑張りすぎだよ」


善意だった。


心からの、優しさだった。


ボクは笑って受け取り、その場で蓋を開けた。甘い香りが鼻をくすぐる。一口飲むと、舌の上で甘さと苦さが混ざり合う。喉を通って、胃に落ちていく。


「ありがとう。助かるよ」


そう言って、ボクは家路についた。


夕暮れの空が、オレンジ色に染まっていた。風が吹いて、街路樹の葉が揺れる。電車の音が遠くで響き、人々が足早に通り過ぎていく。


普通の、日常の風景。


けれど、その日の夜——。


体の中で、何かが溶け始めた。


 *


最初は、温かさだった。


胸の奥が、じんわりと熱を持つ。心地よい眠気が全身を包む。ベッドに横たわりながら、ボクは目を閉じた。


外では風の音が聞こえている。窓ガラスが微かに揺れて、カーテンが揺らめく。部屋の照明は消していたから、闇だけがそこにあった。


でも、すぐに気づいた。


これは、自分の温度じゃない。


誰かの感情が、血の中を流れている。


子どもの寂しさ。


老人の悲しみ。


友人の焦燥。


すべてが混ざり合って、ボクの中で渦を巻いていた。


心臓が、ゆっくりと鼓動を打つ。


その一拍ごとに、他人の感情が全身へ広がっていく。指先まで、足先まで、頭の奥まで。温度が上がり、意識が溶けていく。


痛みではなかった。


むしろ、甘かった。


誰かの想いに包まれて、溶けていくような感覚。優しさと悲しみが混ざり合って、境界が曖昧になる。


ボクは、誰かになっていく。


いや、誰でもなくなっていく。


自分という輪郭が薄れて、他人の感情が流れ込む。それは侵食であり、同時に融合だった。


ボクは優しさに蝕まれていた。


他人を救おうとした行為が、毒となってボクを侵していた。


 *


視界が白く染まった。


天井の照明が滲んで、部屋全体が光に包まれる。いや、照明は消していたはずだ。これは別の光——内側から溢れる、誰かの想いの光。


息が、浅くなる。


心臓が、遠くなる。


けれど、怖くはなかった。


誰かの声が聞こえた。


「見て」


「触れて」


「包んで」


それは懇願でも命令でもなく、ただ静かな呼びかけだった。


ボクは目を閉じた。


光が遠ざかり、闇が優しく包み込む。


体が軽くなって、意識が薄れていく。


でも、消えていくわけじゃなかった。


ボクは、また”始まって”いた。


 *


静寂の中で、ボクは浮かんでいた。


どこでもない場所。いつでもない時間。


ただ、誰かの想いだけが、そこにあった。


干渉——。


その言葉が、ボクの中で響いた。


他人に触れること。他人を見つめること。他人を包むこと。


それは優しさだった。


けれど同時に、毒でもあった。


ボクは他人を救おうとして、自分を失った。


でも、それでいいのかもしれない。


干渉の果てに、何があるのか。


それを知るために、ボクは再び旅を始める。


それは痛みではなく、眠気のようだった。


誰かの想いが、静かにボクの中へ流れ込む。


優しさと悲しみが混ざって、血が甘くなる。


ボクは、また沈んでいく。


——干渉の旅が、始まる。


その先に、“影”が待っていた。

干渉とは、生きるということ。


祈ることも、願うことも、世界への小さな干渉だ。


そのすべてを終えたあと、私は気づいた。


「生きる」とは、触れることではなく、ただ“在る”ことなのだと。


次の転生へ――干渉の旅が、始まる。


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